076 『弱小領主のダメ息子、ギルドに加入する(3)』

「————はい。登録料もいただきましたので、これでガレリオさんのギルド登録が完了しました」

 

 受付嬢から免許証を受け取ったベルはマジマジと眺める。

 

「へえー、これがギルドライセンスか。えーと……これは『Dランク』ってことなのかな?」

「えっ? 『D』? 『E』の間違いじゃないの?」

 

 横から覗き込んだアリーヤが驚いたような声を上げた。

 

「いや、『D』って書かれてるな」

「あまりないことですが、ガレリオさんは飛び級で『Dランク』からのスタートになります」

「それはどうして?」

「あまりにガレリオさんの戦闘技術が新人離れしていたので、特例ということです」

「はあ……」

 

 特に実感がないのかベルが軽く返事をすると、その背中がバシッと叩かれた。

 

「————良かったじゃない! 試験官三人を開始十秒で床ペロさせた甲斐があったわね!」

「シー! 声が大きいよ、アリーヤ!」

「あ……」

 

 ベルにやられた試験官たちが複雑な表情でこっちを見ている。その視線に気付いたアリーヤはパッと顔を逸らして話を続ける。

 

「————と、とにかく! これで最初からワリのいい魔物退治とか、素材集めの仕事が受けられるわよ!」

「そうなのか?」

「そうよ! 新人の『Eランク』は逃げたペット捜しとか掃除とか買い物代行とかの雑用しか受けられないの。その雑用を十数回こなしてやっと『Dランク』に上がれるのよ」

「そうか! それじゃあ、早速何かの依頼クエストを受けてみよう!」

「ガレリオさん、その前に注意事項です。クエストはご自分のランクの一つ上のランクのものまで受けられますが、ランクが上がる分だけ報酬と合わせて危険度も増しますので、よくよく考えられてからクエストを受注してください」

「ありがとう。気を付けるよ」

 

 ベルは受付嬢に礼を言って依頼書が貼り付けられたボードへ向かった。

 

 

          ◇

 

 

 ————そこから五日間、ベルは近場の魔物退治を7件ほど無事にこなしてみせた。

 

「はい、確かに『バイコーンのツノ』に間違いありませんね。それではこれが今回の『Cランク依頼クエスト・バイコーン退治』の報酬、15000リブラになります」

「ありがとう」

 

 魔物退治の証となる素材と引き換えに報酬を受け取ったベルがきびすを返そうとしたところ、受付嬢に呼び止められた。

 

「待ってください、ガレリオさん」

「はい、なにか?」

「おめでとうございます。今回の依頼を完了されたことでガレリオさんのギルドランクが『D』から『C』にランクアップとなりました」

「『Cランク』に……」

「はい。これからは『Bランク』の仕事も受けられますが、生憎あいにくこの辺りですと『Cランク』の依頼が多数で『B』の依頼はまれになりますので、安定した稼ぎをお求めでしたら別の街へ行かれた方がよろしいかも知れません」

「ご丁寧にありがとう。考えてみるよ」

 

 ベルが笑みを浮かべて礼を言うと、それまでどこか機械的だった受付嬢も口角を上げて応えてくれた。

 

「————いいぞーっ! アリーヤちゃーん!」

 

 その時、ギルドに併設されている酒場の方から冒険者の野太い声が聞こえてきた。声のした方へベルが顔を向けると、酒場内を妖艶に踊りながらねり歩くアリーヤの姿があった。

 

 アリーヤは隙あらばタッチしてくる男たちの手を巧みに躱しながら、チップだけを器用に懐にねじ込んでいく。

 

「みんな、ありがとう! 今夜はこれでおしまいね! 飲み過ぎには気を付けてねーっ!」

 

 踊りを終えたアリーヤがお辞儀をして手を振ると、男たちのブーイングが乱れ飛ぶ。

 

「えーっ⁉︎ もう終わり⁉︎」

「そりゃあないぜ、アリーヤちゃーん!」

「ちょっとくらい触らせろー!」

 

 営業スマイルを収めたアリーヤは、上着を羽織ってベルの元へ歩み寄った。

 

「お疲れ様! 依頼はどうだったの?」

「キミこそお疲れ様。仕事は無事に終わったよ」

「良かったわね。あたし、お腹が空いちゃったわ。どこか食べに行きましょ」

「それはいいけど、わざわざ場所を変えなくても、ここで食べればいいんじゃないか?」

「……ここだと、ちょっとね……」

 

 アリーヤは困ったような顔を背後へ向けた。ベルが視線の先を追うと、アリーヤのダンスに魅了された冒険者たちの姿が見えた。中には眼を血走らせて今にも飛び掛からんとする者もいる。身の危険を感じたベルはクルリと入り口の方へ向き直った。

 

「————そうだね。やっぱり別の店に行こうか」

 

 

         ◇ ◇

 

 

 二人は近くに見つけたリストランテへ席を取った。

 

「————へえー。『Cランク』に上がったんだ?」

「ああ。なんだかよく分からないうちにね」

「良かったじゃない。それじゃあ、お祝いをしなきゃね!」

「別にいいよ————って、おいおい、そんなに一気に飲んで大丈夫かい?」

 

 アリーヤは料理もそこそこにシャンパンを次々とあおっていく。

 

「だーいじょーぶ! お優しいアリーヤさんがアンタにとっておきのプレゼントをあげちゃうわ!」

「プレゼント?」

 

 ベルが訊き返すと、早くも酔いが回り始めたアリーヤがシャンパングラスを掲げた。

 

「————なんと! アンタの愛しのヤンアルちゃんの目撃情報をゲットしちゃいましたーっ!」

「なんだって⁉︎」

 

 思わず立ち上がったベルは周りの視線に気付いて、すぐに座り直す。

 

「……今の話は本当か、アリーヤ?」

「信じるか信じないかはアナタ次第です!」

「もう飲むのをやめてくれ! こっちは真面目に訊いてるんだ!」

 

 ヤンアルのこととなると冗談が通じなくなるベルがグラスを引ったくった。

 

「あーもう、なにすんのよ!」

「続きを話してくれればいくらでも飲ませてあげるさ」

「……分かったわよ。あたし、ギルドの酒場で昼間はウェイトレスのバイトしてたでしょ? その時、接客した冒険者があたしの姿を見て言ったのよ。ちょっと前にあたしにソックリな黒髪褐色美女を見かけたって」

「…………‼︎」

 

 ベルの双眸が輝きを増したが、すぐに警戒の色を帯びた。

 

「……確認するが、それは黒髪黒眼で二十代前半の女性で間違いないのか?」

「疑り深いわねえ……。アンタに散々覚えさせられたんだからその特徴で間違いないわよ!」

「……そ、その冒険者はどこで見たと言っていたんだ……⁉︎」

「首都・ロムルスの近くですって。アンタのママの情報とも違ってないわね」

「……やっぱりヤンアルは首都の方へ……! そうだ! その冒険者は今どこに————」

「残念だけど、急ぐからってもうとっくに行っちゃったわ。それにチラッと見ただけって言ってたから、これ以上の情報はないわ」

「……そうか……でも、これは大きな手掛かりに間違いない……!」

「感謝しなさいよ。あたしには高貴な方々とは違う情報網があるって言ったでしょ?」

 

 挑発するようにアリーヤが指を突き出したが、ベルはその手をガシッと掴んで頭を下げた。

 

「————ありがとう、アリーヤ! キミにはいくら感謝してもしきれない!」

「……フン。まだ見つかってもないのに気が早いわよ」

 

 アリーヤは不機嫌そうにベルの手を払うと、再びシャンパンを喉に流し込んだ。

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