069 『弱小領主のダメ息子、褐色の美女と出会う(3)』
アリーヤの突然すぎる申し出にベルは困惑する。
「な……何を言ってるんだ、キミは……?」
「————だから、あたしもヤンアルさんを捜すのを手伝うって言ってるの」
「そんなことを訊いているんじゃない。どうして今日初めて会ったキミが手伝うのかと訊いているんだ」
ベルに問い詰められたアリーヤは何か面白いモノを見るような眼でベルに視線を送った後、ようやく口を開いた。
「……あたしもヤンアルさんに会ってみたくなったの」
「ヤンアルに?」
「自慢じゃないけど、あたしダンスと同じくらい自分の容姿に自信があるの。それが今夜アンタにはダンスを見切られ、美人度でも負けと言われた。あたしのプライドはもうズタズタよ。こうなったら直接ヤンアルさんに会って自分の眼で確かめるしかないでしょ」
「…………」
なんという理屈だとベルは思ったが、自分の容姿に絶対の自信を持つ女性ならではの思考だと考えれば分からないでもない。
「……そうか。それじゃあ、もう好きにしてくれ。俺は行くよ」
「何言ってるの。一緒に行くって言ってるでしょ」
「本気で言っているのか?」
「最初からそう言ってるじゃない。二人で一緒に捜した方が効率がいいと思わない?」
「そうは思わないな」
「あら、そう? だったらあたしが先にヤンアルさんを捜し当てても、アンタには居場所を教えてあげない」
「…………!」
まさにああ言えばこう言う状態である。ベルも口は回る方だが、このアリーヤという女性が相手だとペースが一向に握れない。ベルは困った顔をカウンターへ向けた。
「————カーラ。キミは彼女の友人なんだろう? キミからも説得してくれないか?」
「残念だけど、私と彼女は友人ってほどの間柄じゃないわ」
「へ?」
「一週前に『店のステージで踊らせてほしい』って言ってきたアリーヤに会うのは今日で2回目よ」
「…………」
カーラの返事にベルは言葉を失った。先ほどまでの話ぶりからは長年の友人のように思われたが、その実、たった2回面識があっただけだったとは。
「そうそう。あたしダンスで日銭を稼いでる根無草なの。特に予定もないから全然問題ないわ————あっ、でも身持ちは固いから変な誤解はしないでよね⁉︎」
「……身持ちが固い女性は名前しか知らない男にホイホイ付いていかないと思うがね」
ベルの皮肉にもアリーヤはどこ吹く風といった様子である。
「大丈夫、大丈夫。あたし、これでも人を見る眼はあるの。アンタはそうねえ……、どこかの小領地の領主の長男って感じかな?」
「————!」
アリーヤに指摘されたベルは眼を見開いて黙り込んだ。その様子にアリーヤはクスリと笑みを漏らす。
「……当たりみたいね。いくらあたしでも得体の知れない男には付いていかないから安心して」
「…………」
ベルは溜め息をついてアリーヤに背を向けた。
「ベル、どこに行くのよ?」
「……宿に帰る」
「待ってよ! カーラ、それじゃあね!」
————ガッカリとした足取りで夜道を歩くベルの後ろに褐色の女性が追いついた。
「……付いてこないでくれないか?」
「別にいいでしょ? 天下の往来をあたしがどう歩こうが」
「…………」
「また黙った! 男って言い負かされるとすぐ黙るよね!」
さすがにイラついたベルは振り返ってアリーヤに指を突きつけた。
「————いい加減にしてくれ! 迷惑だって言ってるのが分からないのか!」
「……な、何よ。痛いところ突かれたからって急に怒鳴って。そんなだから愛しの彼女に見捨てられるのよ」
「————!」
アリーヤの買い言葉を聞いたベルの表情が悲痛なものに変わった。その様子を見たアリーヤが慌てて頭を下げる。
「……ご、ごめんなさい。言いすぎたわ」
「……いや、キミの言う通りだ。もう俺のことは放っておいてくれ……」
ベルは力なく答えて再び歩き出したが、アリーヤはもう追いかけることはしなかった。
◇
————翌日、宿を出たベルは再び聞き込みを
————夕方、ベルは公園のベンチに座って今後のことを考え込む。
(……これ以上ここで闇雲に聞き込みを続けてもしょうがないかもな。そもそも西に来たのもアリーヤの目撃情報を信じてのことだったし、ヤンアルも西に向かったとは限らない————いや! ここはロセリアの人種のるつぼと言われる街だ。もう一日、ここで粘ってダメならその時考えよう)
立ち上がったベルは気合いを入れるために自らの両頬を叩いた。
————夜、聞き込みを終えたベルは宿へ戻っていた。得られた情報と言えば、やはりアリーヤに関するものともう一つ。
(……変わったことと言えば、ここ数日で金持ちの家を狙った連続窃盗事件があったことくらいか……。でも、これはヤンアルとは関係がなさそう————ん? なんか
ベッドの上で頭をひねると、不意に閃くものがあった。
(————そうだ……! デルニの街でも同じような話を聞いたぞ。これはただの偶然なのか……?)
その時、窓の外に人の気配を感じたベルは、気付いていないフリをしてベッドから立ち上がった。
「……ダメだ。考えがまとまらない。外の空気でも吸うか」
自然を装って部屋の窓を開けたベルは空気を吸い込むと見せて外を見回した。すると、建物の屋根伝いに黒っぽい何かが逃げるように遠ざかって行くのが見えた。
(ここは3階だぞ……? どう考えても普通の人間がすることじゃないな)
にわかに興味を覚えたベルは腕まくりをして窓の
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