068 『弱小領主のダメ息子、褐色の美女と出会う(2)』

 全身にスポットライトを浴びて妖艶に踊る褐色の女性にベルの視線は釘付けになった。

 

(……ヤンアル————じゃない……‼︎)

 

 ステージ上で店内の客全員の視線を一手に惹き付けるその女性は確かに艶のある黒髪に褐色の肌といったヤンアルと同じ特徴を持っていたが、そのカラスの濡れ羽色の髪は緩やかにウェーブが掛かっており、瞳の色は透き通るようなスカイブルーであった。誰もが振り返るような美女ではあるが、黒髪黒眼のヤンアルとは全くの別人である。

 

 ようやく探し求めていた最愛のひとと再会出来ると思っていたベルの落胆ぶりは計り知れない。

 

(……なんてこった……! 確かに黒髪褐色のとんでもない美女だが、ヤンアルじゃなかった……‼︎)

 

 ショックのあまりベルはステージから視線を切って、カウンターの女性バーテンダーに向き直った。

 

「……とびきり強いヤツをくれないか……?」

「どうしたの? あのを捜していたんじゃなかったの?」

 

 ベルの様子を不思議に思った女性バーテンダーが問い掛けると、ベルはやさぐれ感満載で答える。

 

「……ああ、いや、どうやら人違いだったようだ。今夜は酔い潰れたい気分だよ……」

「それは残念だったわね。強いお酒ね。分かったわ」

 

 グラスを受け取ったベルは女性バーテンダーに尋ねる。

 

「キミ、名前は?」

「カーラよ」

「カーラ、カーラか。いい名前だね。俺はベルティカ。親しい者からはベルと呼ばれてる」

「ありがとう、あなたもいい名前ね。ベル、私も飲ませてもらってもいいかしら?」

「いいよ。俺のヤケ酒に付き合ってくれるならね」

「ええ。いくらでも付き合ってあげるわ」

「それじゃあ、カーラとの出会いに乾杯サルーテ

「はい、ベルとの出会いに乾杯」

 

 

 ————酒を飲みながらベルがカーラに愚痴をこぼしていると、突然隣の席に座る者が現れた。他にも席は空いているのにも関わらずである。怪訝けげんに思ったベルが顔を向けると、至近距離に先ほどまでステージで踊っていた褐色の女の顔があった。しかも、その表情はこれでもかというほどの見事なしかめっ面であった。

 

「な……何か……?」

「どういうつもり……⁉︎」

「は?」

「アンタ、あたしのダンスを途中で観るのをやめたでしょう! どういうつもりだって訊いてるのよ!」

「…………」

 

 どうやら褐色の女は自分のダンスから眼を切られたことがプライドに障ったらしい。理解したベルは素直に頭を下げた。

 

「あ、ああ、すまない。気に障ったのなら謝るよ」

「謝ってほしいだなんて言ってないわ。理由を訊いてるの」

「そう言われても……」

 

 ベルが言い淀んでいると、褐色の女はますます顔を近づけてまくし立てる。

 

「いい⁉︎ あたしがステージに立つとね、みんなあたしのダンスから眼を離せなくなるの。それなのによくも開始早々に眼を切ってくれたわね! 屈辱だわ! 納得できる理由を聞かせてもらうまで逃さないわよ!」

「い、いや、キミのダンスは充分魅力的だったよ」

「じゃあ、どうして観るのをやめたのか答えなさい!」

「そ、それは……」

 

 褐色の女の剣幕に圧倒されたベルが口ごもると、見かねたカーラが助け舟を出す。

 

「落ち着いて、アリーヤ。この人はね、愛しの彼女を捜していたのよ。悪気があったわけじゃないわ」

「……どういうことよ。カーラ?」

 

 恋バナの匂いを嗅ぎ取った褐色の女————アリーヤがカウンターに身を乗り出す。

 

「この人————ベルのね、逃げられた彼女があなたと同じ黒髪褐色なんですって。その特徴を頼りにわざわざアンヘリーノから来たのに、いざ見つけたと思ったら全くの別人だったからショックを受けちゃったのよ。許してあげて?」

「ふーん……」

 

 カーラから説明を受けたアリーヤは先ほどまでの怒気はどこへやら、満面に笑みを浮かべて肘でベルの腕を突っついた。

 

「どうして彼女に逃げられたのよ?」

「……見ての通りだ。俺があまりにダメ息子なもので嫌気が差したんだろう」

 

 やっとヤンアルに会えると思っていたところに見事にスカを食ったことと、酒に酔ったことでベルのネガティブな部分がまたしても顔を覗かせた。

 

「ダメ息子? アンタ、もしかしてどこかの貴族の息子か何かなの?」

「確かにね。着てる服もいい物みたいだし、物腰も上流階級って感じ」

 

 女子二人に詰め寄られたベルはハッとして首を振った。

 

「いや、そんなんじゃないさ。ただのダメ息子だよ」

「あ、そう。それじゃあ、逃げられた彼女の名前はなんて言うの?」

「…………」

 

 家名を出すことははばかられたベルであったが、依然としてヤンアルの捜索は続行中である。

 

「……ヤンアル」

「ヤンアルだって。聞いたことある? カーラ」

「いえ、ないわね。名前の響きから生粋のロセリア人じゃなさそうだけど」

「ああ、ヤンアルは移民なんだ」

「ふーん。あたしと一緒だ。あたしも移民なの」

 

 いつの間にか酒を手にしたアリーヤが手を上げた。

 

「あたしと同じ移民で褐色の肌に黒髪か……。ねえ、ベル。ヤンアルさんて美人なの?」

「ヤンアルが美人でなければ、この世に美人なんか存在しないことになるね」

「へえー……」

 

 ベルの返事を聞いたアリーヤは挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「……それじゃあ、ヤンアルさんとあたし————どっちが綺麗?」

「えっ?」

 

 思いも寄らぬ質問にベルは驚きの声を上げた。

 

「やめてあげなさいよ、アリーヤ。ベルが困ってるじゃない」

「カーラはちょっと黙ってて」

「…………」

 

 ベルは無言で考え込んだ。

 

 ヤンアルとはタイプが違うがアリーヤもとてつもない美人である。この美貌と、しなやかな肢体を存分に用いた情熱的なダンスを見せつけられれば、どんな堅物の男もコロッと落ちてしまうことだろう。

 

 今までのベルであれば『キミの方が綺麗だよ』とか口をついて出ていたかも知れない。しかし、現在いまのベルは違う。ベルは隣に座るアリーヤに向き直って、そのスカイブルーの瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「……キミには申し訳ないが、ヤンアルの方が美人だ。いや、たとえヤンアルが美人でなかろうと、俺はもう彼女のことしか見えない」

「————!」

 

 ベルの表情と口調は誠実そのもので、先ほどまでの愚痴をこぼしていた情けない姿とはまるで別人であった。

 

「……すまない、カーラ。やっぱり今夜はこれで失礼させてもらうよ」

「え? ええ……」

 

 ベルは自分とカーラとアリーヤの飲み代を置いて席を立った。

 

「————待ちなさいよ」

「……まだ俺に何か用かい……?」

 

 アリーヤに呼び止められたベルがゆっくりと振り返ると、返ってきた言葉はまたしても思いも寄らぬものであった。

 

「ヤンアルさんを捜すの、あたしも手伝ってあげる」

 

 そう言って褐色の美女は妖艶な笑みを浮かべた。



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下記のリンク先からアリーヤのイラストへ飛びます。

https://kakuyomu.jp/users/tmk24/news/16818093085841319707

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