第17章 〜Ballerina〜
067 『弱小領主のダメ息子、褐色の美女と出会う(1)』
————翌朝、ベルが朝食の前にバルディ卿の居室を訪れると、まだパジャマ姿のバルディ卿が眼を擦りながら応対する。
「……今朝はベル殿がモーニングコールか……?」
「このような早朝に申し訳ございません、バルディ卿」
旅支度を整えたベルが頭を下げる。
「朝食をご一緒出来ず誠に残念ですが、これにてお
「おお……、もしや昨夜の酒場で何か手掛かりが……?」
「はい。その件で一つお伺いしたいのですが、
「……そうだな……。ここから西に30キロほど行った先にパルミナ州のベリーシャという港街がある。この辺りでは一番栄えている街だ」
「ベリーシャ……」
ベルがつぶやくと、すっかり眼を覚ましたバルディ卿が質問する。
「お連れの女性がそこに向かったと?」
「いえ、ラヴァンダのバーテンダーの話では褐色の女性は『もう少し大きな街に行く』と言っていたそうです」
「ふむ……。しかし、それでは本当にベリーシャに向かったのかは分からんな」
「ええ。ですが他に手掛かりはありませんし、可能性が少しでもあるのなら賭けてみたいと思います」
「そうか。だが、ベリーシャはアンヘリーノに並ぶほどの都会だ。それに港町だけあって多人種が入り乱れている。気をつけてな」
「はい」
返事をしたベルは佇まいを正して正式な礼を取った。
「————今までお
「…………」
バルディ卿はウンウンとうなずいてベルの肩を叩いた。
「なに、そう気にされるな、ベル殿! 礼なら無事彼女を見つけて、また二人の素晴らしいダンスを観せてくれれば良い!」
「————はい! 失礼いたします!」
ベルは再び深く頭を下げて、ビアンコと共にバルディ家を後にした。
◇
————とっぷりと陽が暮れた頃、ベルとビアンコは海岸に隣接するように造られた街へとたどり着いた。
「……あれがベリーシャか。確かにデルニより栄えているようだな」
デルニやガラテーアでは陽が落ちると同時に閉める店もあったが、視線の先には昼と
(……この街にヤンアルがいるのかも知れない……!)
ベリーシャの全景を眺めるベルに対して、ビアンコが馬首を返してつぶらな瞳を向けた。それは何かを訴えているようであった。
「……分かったよ。ここまで頑張ってくれたもんな。まずは宿を探そう」
ベルは優しげに微笑んでビアンコのたてがみを撫でた。
街の中に入ってみると、やはり夜でも多くの人が出歩いており、馬を引いて進むにも人にぶつからないように一苦労するほどである。
「これは……、バルディ卿のおっしゃられていた通りだな。
すれ違う人に眼を向ければ確かに色んな人種がこの街に集まっているのが分かる。ベルは期待に胸を膨らませつつ空いている宿を探した。
◇ ◇
————一時間後、なんとか街外れにある小さな宿を探し当てたベルはビアンコを預けて自分は散策に繰り出した。
(さて……どこから捜す……? やっぱりデルニと同じく酒場からかな)
時刻はとっくに夕食時だが店に入って食事を取るのももどかしく、ベルは手頃な屋台で買ったパニーニを急いで胃に押し込んで街の中心部へ足を運んだ。
通行人にお高めの
しかし、5軒目までの答えはいずれも同じであった。
『————そんな女性は見てないねえ』
店のバーテンダーに質問するたびに一杯あおらされたベルは酔いが回り始め、足取りが
「……次の店はここだな……」
店の看板には『ルビーノ』とあり、その名の通りルビー色に塗装された外壁が眼を引く。ベルは壁に手を突きながらドアを開いた。
店内に入ると、やはり所々にルビー色の装飾が施されており、しっかりとしたコンセプトで作られた店だと察せられた。
(……ここでヤンアルが真っ赤なドレスを着て踊ったら本当に綺麗だろうな……)
酔いが回ったことで感傷的になったベルだったが、気を取り直してカウンターに腰を下ろす。この店のバーテンダーは珍しく女性であった。
「オススメを一杯もらえるかな?」
「随分お飲みになられているようですが、よろしいのですか?」
気遣いを感じられる女性バーテンダーの言葉にベルは相好を崩した。
「ああ、でもいくつか質問をさせてもらいたくてね」
「それでは、ミネラルウォーターなどはいかがでしょうか?」
「ありがとう。では、それをいただくよ」
「かしこまりました」
女性バーテンダーからグラスを受け取ったベルは一気に飲み干して質問を開始する。
「それじゃあ早速訊きたいんだが、この店に黒髪で褐色の肌の女性が踊りに来たりはしてないかな?」
「…………プッ、アハハハハ!」
ベルに質問された女性バーテンダーは少し驚いた様子で栗色の眼を丸くした後、急に吹き出してしまった。
「ど、どうかしたかい⁉︎」
「……いえ、てっきり口説かれると思ったものだから。自意識過剰だったわね」
女性バーテンダーが笑いながら答え、ベルは慌てて手を振った。
「————す、すまない! 思わせぶりな言い方をしてしまった! 許してほしい!」
「いえ、いいの。お探しなのは黒髪で褐色の肌の女性だったわね。だったらグッドタイミングよ」
「え?」
女性バーテンダーが指差した先をベルが振り返ると、そこにはステージがあった。次いで店内の照明が暗くなり、ステージがスポットライトに照らされる。
————そこには、褐色の肌を真紅のドレスに包んだ黒髪の女性の姿があった。
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