066 『弱小領主のダメ息子、西へ向かう(3)』

 ————翌日、ベルはデルニの街へ出て自らもヤンアルの行方ゆくえを捜していた。

 

 

 しかし、ヤンアルが好みそうな店や場所を夕方まで回ってみたが、一向に手掛かりは見つからなかった。

 

 見事に空振りに終わったベルは広場のベンチに座って虚空を見つめる。

 

(……ヤンアルの容姿は目立つし、このくらいの規模の街ならすぐに何かしらの手掛かりが見つかると思ってたんだが、もしかして変装でもしてたのか……? いや、だったらこの街で目撃されたという情報はいったい……?)

 

 ここ一月ひとつきほどであった変わったことと言えば、数件の金持ちの家で窃盗被害があったことくらいらしい。ベルはハッとして立ち上がった。

 

(————まさか、ヤンアルが路銀に困って……⁉︎)

 

 思わず立ち上がってしまったベルだったが、すぐに思い直してストンと腰を下ろした。

 

(……馬鹿か、俺は。いくらカネに困ってもヤンアルがそんなことをするわけがないだろう)

 

 こじらせたベルがそんなあられもないことを考えている時、『ゴーン』という夕暮れの鐘の音が鳴り響いた。

 

「……今日は戻るか……」

 

 力ない口ぶりでベルはゆっくりと腰を上げた。

 

 

           ◇

 

 

 ガックリと肩を落としたベルがバルディ家のやしきに戻ると、玄関を開けるなり男の大声が出迎えた。

 

「おお、ベル殿! 成果の方はどうだったかな⁉︎」

「……バルディ卿。この表情かおをご覧ください……」

「ハハハ! まあ、そう肩を落とすでない! 貴公に良い知らせがある!」

「良い知らせ?」

 

 バルディ卿はベルの両肩をガッシリと掴んで破顔する。

 

「実はな! 黒髪褐色美女の目撃情報が入ったのだ!」

「————ど、どこでですか⁉︎」

 

 今度はベルがバルディ卿の両肩を掴み返した。

 

「うむ! 南通りにある『ラヴァンダ』という酒場で————」

「————南通りのラヴァンダですね⁉︎ ありがとうございます!」

 

 言うが早いかベルは閉めたばかりの玄関を開けて出て行ってしまった。

 

 

        ◇ ◇

 

 

 ————急いで南通りまでやってきたベルは通り掛かる住民へ場所を訊いて、ヤンアルが目撃されたという場所へたどり着いた。

 

「……ここが『ラヴァンダ』か」

 

 外観から見る限りでは一般大衆向けというよりは、もう少し客層が上の高級店のように思える。

 

 ベルが入り口に近付くと、脇に控えていた黒服がズイッと立ち塞がった。

 

「バルディ卿の紹介で来たんだが、何かマズかったかな?」

「……一応、ボディチェックを……」

「危ない物なんて持ってないよ」

 

 ベルは『どうぞ』という風に両手を上げて見せた。

 

「ホラ、何も出ないだろう?」

「…………」

 

 ボディチェックを終えた黒服は改めてベルの姿をジロジロと眺める。身なりも整っていて、物腰からも金持ち特有の胡散臭さと柔らかさが感じられる。ある程度のカネは持っているだろうと判断した黒服は無言で身を避けた。

 

「ありがとう」

 

 ベルは礼を言って店内に入った。

 

 

 店内はいわゆる大衆酒場のような喧騒とは無縁で、中央奥のステージではピアノの生演奏が心地良いメロディを奏でている。先客は皆裕福そうな様子で、落ち着いて音楽と飲酒を楽しんでいるようだった。

 

「なかなか良い店だな。さてと……」

 

 カウンターに座ったベルは手を上げてバーテンダーに声を掛ける。

 

「少し訊きたいんだが、この一月ひとつきくらいの間に黒髪の褐色美女がこの店に来なかったかな?」

「……さあ、どうでしたかね」

 

 バーテンダーはコップを拭きながら素っ気なく答えた。その様子にベルは苦笑いを浮かべる。

 

「……これは失礼。それじゃあ、何かオススメをいただけるかな」

「かしこまりました」

 

 用意された琥珀色の酒を口に含んでベルは再びバーテンダーに話し掛ける。

 

「質問に答えてもらえると嬉しいんだが」

「黒髪の褐色の美しいお客様ですか……ええ、お見えになられましたよ」

「————本当か⁉︎ いつだ⁉︎」

 

 血相を変えてベルが立ち上がったが、バーテンダーは落ち着いたものである。

 

「……二週間ほど前でしたかね。真っ赤なシルクドレスを着用された20代くらいの女性のお客様がお一人でご来店されました」

「その女性の容貌は⁉︎ 綺麗なひとだったか⁉︎」

「ええ。スラリとしたお姿で思わず見惚れてしまうほどでしたね。黒髪で褐色の肌の方は珍しいので印象に残っていました」

 

 バーテンダーの返事を聞いたベルの眼が輝き出す。

 

(————ヤンアルだ……! 間違いない……‼︎)

 

 胸の高鳴りを覚えたベルは深呼吸をして再び席についた。

 

「……そ、それで、その女性は酒を飲んで何か言っていなかったか?」

「……そうですねえ……」

 

 バーテンダーの口がまたにごり出した。ベルは一気にグラスを空けて声を荒げる。

 

「————おかわりだッ!」

「その女性はお客様と同じものを一杯召し上がられた後、『ステージで踊らせてほしい』とおっしゃられました」

「……お、踊らせてほしい、だって……⁉︎」

「ええ」

 

 バーテンダーの言葉にベルは眼を丸くした。

 

「……そ、それでどうしたんだ……⁉︎」

「本来はそういった飛び込み営業はお断りしているんですが、その女性が余りにも魅力的でしたので特別に許可しました」

「…………!」

 

(……ステージで踊りたい……⁉︎ まさか、ダンスにハマったヤンアルが日銭稼ぎに……⁉︎)

 

 ベルは二杯目に口をつけながら再び質問をする。

 

「……その後はどうなったんだ……?」

「女性のダンスがとても素晴らしくて、その場にいらっしゃったお客様にも好評でしたので、その後2回ほど来てもらいました」

 

(……昼間の聞き込みで何も手掛かりが見つからなかったわけだ。ヤンアルは夜に行動していたのか……)

 

 残りの酒をグイッと飲み干すと、ベルはグラスをバーテンダーに突き返した。

 

「最後の質問だ。その女性はどこに行くとか言っていなかったか?」

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