065 『弱小領主のダメ息子、西へ向かう(2)』
デルニの街に着いたベルはビアンコの背から降りて、街の入り口から通りを見渡した。通りを歩く人や店の数から、カディナ以上ガラテーア未満の規模といったところだと思われる。
「……さてと、着いたはいいが、これからどうしたものかな」
道ゆく人々に『ヤンアルという褐色の美女を見ませんでしたか?』と訊いて回ってもいいが、さすがにそれは効率が悪すぎる。
「————となれば、あまり気が進まないが
◇
————15分後、ベルの姿はデルニ付近を治める領主の
「いやあ、よくぞ参られましたな! ガレリオ卿!」
応接間のソファーに腰掛けた初老の男がカプチーノを飲みながら声を上げた。
「いえ、お約束もなく突然お伺いしてしまい申し訳ありません。バルディ卿」
向かいの席に座ったベルが頭を下げると、バルディ卿は構わんとばかりに手を振った。
「なあに! ちょうど話し相手を探しておったところです! ささ、遠慮せず飲んでくだされ!」
「では、お言葉に甘えて……」
ベルはカプチーノに口をつけながら眼前のバルディ卿を観察した。歳は父・バリアントと同じくらいで良く整えられた口ヒゲを生やしており、身体も大きければ声も大きく、そして良く笑う。その屈託の無い笑顔には裏がなさそうにベルには見えた。何よりも彼は例の
ベルはカプチーノで喉を潤してから切り出した。
「————バルディ卿、あのパーティー以来ですね。私のパートナーがカステリーニ卿に誤解を受けた時に助け舟を出していただいたこと、ずっと感謝申し上げておりました」
「なんの、なんの! ガレリオ卿とあのお連れ女性のダンスにいたく感動しましてな! 横からほんの少し口を出しただけのこと! どうかお気になさらず!」
「ありがとうございます。ですが、バルディ卿。私はまだガレリオ家の跡も継いでいない若輩者です。よろしければベルとお呼びください。敬語も無用に願います」
ベルの丁寧かつ親しげな言い回しにバルディ卿はますます好感を持ったようで満面に笑みを浮かべた。
「そうか、そうか! ではベル殿と呼ばせてもらおう!」
豪快に笑ったバルディ卿だったが、突然真顔になり口ひげに指を当てた。
「……時にベル殿。相変わらずの美男子だが、短い間になんだか様子が変わられたな?」
「美男子などと、よしてください。髪を短くしたからではないでしょうか?」
「いや、確かにそれもあるが、その左眼だな。それに精悍さも増したように見える」
バルディ卿は豪放磊落なようで流石に領主を務めるだけはあり、よく人を見ているようである。
「……ええ。実はパーティーの後、アンヘリーノで暴漢に襲われて大怪我をしてしまいまして……その影響もあるかも知れません」
「————なんと! それは
自分のことのように怒り出したバルディ卿にベルの方も好感を持った。
「いえ。残念ながら……」
「むう……。しかし、アンヘリーノではカステリーニ卿と御子息も亡くなられてしまった。何か大きな陰謀でも渦巻いているのか……⁉︎」
「……痛ましいことですが、カステリーニ卿とジャン殿は心臓発作と伺っています」
「そうだな。いかん、いかん! ワシは推理小説を読むのが趣味でな! どうもすぐに陰謀論と結びつけてしまうのだ! 許されよ、ベル殿!」
バルディ卿はひとしきり笑った後、再び真顔になった。
「……ところで、今日ここに来たのは何かワシに頼みたいことがあるのではないかな?」
「————さすがお鋭い。不躾ながら、是非バルディ卿にお願いしたきことがございます」
「なんなりと申されよ。ワシにできることなら、カネ以外ならなんでもしよう」
そう言ってバルディ卿はまたしても大笑いした。ベルも笑みを浮かべて口を開く。
「————実はパーティーの時の私の連れなんですが……」
「あの黒髪に褐色の肌の美しい女性がどうされた?」
「……言いにくいのですが、彼女を怒らせてしまいまして……。その……恥ずかしながら逃げられてしまったのです……」
ベルの言葉にピンと来た様子のバルディ卿は、意味深な笑みを浮かべて小指を立てて見せた。
「……
「…………」
眼を伏せながらベルがうなずくと、バルディ卿は身を乗り出してベルの肩をバンバンと叩いた。
「気にするな、ベル殿! こんな醜男のワシですら若い頃には火遊びをして妻を怒らせたものだ! 貴公のような美男子であれば女性からの誘いも多かろう! 一時の気の迷いは誰にでもあること。要は最後に愛する者のところへ戻れば良いのだ!」
「……はい。ありがとうございます」
ベルが頭を下げると、バルディ卿は自慢の口ヒゲをしごいて見せる。
「フフン。つまりワシに失踪した彼女を探す手伝いをして欲しいと、こういうことかな?」
「はい。私の方でも彼女の
「なるほど……」
バルディ卿はカプチーノをグイッと飲み干すと、豪快にテーブルに置いた。
「————よかろう! ワシは貴公が気に入った! ワシの方でも探してみるので、彼女が見つかるまでこの邸に逗留されるがよい!」
「ありがとうございます! バルディ卿!」
ベルは立ち上がって拳と掌を合わせて見せた。
◇ ◇
————客間に通されたベルは荷物を置いてベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。
「ふう……。昨日は野宿だったから柔らかいベッドがありがたいな」
ゴロンと仰向けになったベルは手を頭の後ろで組んで枕にする。
「……他力本願にも程があるって……?」
天井に施された模様を見ながらベルが独りごちる。
「他力本願で結構。惚れた女にもう一度会うためなら、領主特権なんかいくらでも使うし、泥水だって
心中の葛藤に折り合いをつけたベルは眼を閉じて眠りについた。
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