059 『弱小領主のダメ息子、一世一代の告白をする(7)』

 ————翌朝レベイアが目撃したものは、並んだ椅子の上で眠るミキとカレンの姿と、ベッドに横たわるベルの周りに残されたおびただしい血痕であった。

 

「な、なんですの、これは……⁉︎」

 

 この恐ろしい光景に一瞬、頭が真っ白になったレベイアだったが、すぐに我に返り兄の元へ駆け寄った。ベルは規則正しく呼吸をしており、心なしか顔色も昨夜より良いように見えた。

 

 想像していた最悪の事態は免れレベイアはホッと息をついた。

 

「……良かった……! ————そうだわ、カレンとミケーレは⁉︎」

 

 レベイアは続いてカレンとミキへ向き直るが、こちらもただ眠っているようで特に外傷などは見当たらない。

 

「……二人ともただ眠っているだけ……? でも、それではお兄様の周りに血痕はいったい……⁉︎」

 

 一人で考えていても答えが見つからないと思ったレベイアはカレンとミキを起こそうと揺すってみたところ、やがてミキが先に眼を覚ました。

 

「……レベイア様……?」

「ミケーレ! いったい何があったの⁉︎」

「……確か、昨夜————」

 

 ここまで話すとミキは血相を変えて椅子から立ち上がった。

 

「————ヤンアル! ヤンアルは⁉︎」

「ヤンアル? ヤンアルはまだ帰ってきていませんわよ?」

「違います! 昨夜、あの後すぐにヤンアルが窓から部屋に入って来たんです!」

「えっ⁉︎ 窓から……⁉︎」

 

 レベイアが驚いているとカレンも眼を覚まして口を開く。

 

「……ヤンアルはいったい何を……?」

『…………』

 

 三人は揃って考え込むが、いくら頭をひねっても答えは出そうにない。

 

「————お父様たちもお呼びしましょう」

 

 

            ◇

 

 

 ————早速バリアントとサンドラ、それにファビオが駆けつけ、昨夜この部屋で何が起こったのかを検証することになった。

 

「……つまり、私たちが自室に戻ってすぐにヤンアルが戻ってきたと?」

「はい、旦那様。しかし、ヤンアルは何故か窓から侵入してきて、戸惑うカレンと私を眠らせてしまったのです……」

「むう……、ヤンアルが何故そのような暴挙に……? 何か変わった様子はなかったか、ミケーレ?」

「そうですね……そう言えば、初めてヤンアルがやしきに来た時のような様子に近かったような————あっ!」

 

 突然、ミキが思い出したように声を上げた。

 

「どうしたの、ミケーレ?」

「はい、奥様。ヤンアルが唯一言い残したことを思い出しました」

「なんて言っていたの……?」

 

 サンドラに尋ねられたミキは言いにくそうにゆっくりと口を開いた。

 

「……ヤンアルは『ベルが眼を覚ましたら、私のことは忘れるように伝えてくれ』とだけ……!」

「…………‼︎」

「————嘘ですわ! ヤンアルがお兄様にそんなことを言うわけがありませんわ‼︎」

「レベイア様……」

 

 一同が押し黙る中、血痕が付いて取り替えられたシーツを検分していたファビオが沈黙を破った。

 

「……お嬢様。恐らくこの血痕はヤンアル様のものと思われます……」

「ファビオ。どうして分かるのです?」

「…………」

 

 ファビオは無言でベルに近付いて、その左腕を手に取った。

 

「……やはり……」

「ファビオ! 一人で納得していないで答えなさい!」

「……はい。ベルティカ様の手首をご覧ください……」

 

 一同の視線がベルの左手首に向けられる。そこには薄っすらではあるが、一度切り裂かれてその後塞がれたような痕が見えた。

 

「なんですの、この傷痕は……? お兄様の手首にこんな傷は無かったはずですのに……⁉︎」

「……これは恐らく『輸血』の痕です……」

『————輸血……⁉︎』

 

 聞き慣れない言葉に一同の声が重なった。

 

「……輸血とはその名の通り、他者に自らの血液を送ることです……」

「自らの血液を送る……? そんなことが出来るのか……?」

 

 バリアントがつぶやくとファビオがうなずいて見せる。

 

「……いまだ実現には至っていないようですが、近い将来には必ず為し得られる医療技術だそうです……」

「それをヤンアルがベルティカに行ったというのか……?」

「……はい。たった一晩でベルティカ様に血色がお戻りになられているのが何よりの証左かと……」

「しかし……、まだ確立されていない技術をヤンアルはどうやって……⁉︎」

「……恐らくですが、ヤンアル様の持つ東洋の技術体系によるとしか考えられません……」

『…………‼︎』

 

 再び一同が言葉を詰まらせたが、今度はレベイアが沈黙を破る。

 

「……で、でも、ヤンアルはお兄様の命を救ったのに、どうしていなくなってしまったの……⁉︎」

『…………』

 

 その質問に答えられる者は誰もいない。その時————、

 

「————お嬢様! 大変でございます!」

 

 ヴィレッティ家の使用人が焦った様子で部屋に駆け込んで来た。

 

「なんですか、騒々しい! 取り込んでいるのが分からないの⁉︎ 後になさい!」

「で、ですが……、カステリーニ卿が……」

「……カステリーニ卿が、どうなさったの……⁉︎」

「は、はい……、カステリーニ卿が今朝おやしきで亡くなっているのが発見されたと……‼︎」

「————なんですって⁉︎」

 

 あまりの衝撃に一同が言葉を失う中、使用人は報告を続ける。

 

「……それだけではございません。御子息のジャンマルコ様も同じ部屋で亡くなっていたそうです……‼︎」

「…………‼︎」

 

 サンドラが絶句すると、代わりにバリアントが口を開く。

 

「……お二人が同時に亡くなられただと……? まさか賊に襲われたのか……⁉︎」

「いえ……、お邸に荒らされた形跡などは無かったそうです。お二人とも目立った外傷なども見当たらず、検死した医師によると心臓発作によるものではないかとのことだそうです」

「心臓発作だと……⁉︎ カステリーニ卿にそんな持病は無かったはずだが……それにお若いジャン殿まで……⁉︎」

 

 

 ————結局、ベルを刺した犯人とヤンアルがベルの前から姿を消した理由、そしてカステリーニ親子の不審死の真相、この三つの謎は一同がいくら考えても答えは見つからなかった。

 

 

             ◇ ◇

 

 

 バリアントは病死とされたカステリーニ親子の葬儀に出席したため、当初の予定より二日遅れでミキとカレンと共にトリアーナへ帰って行った。

 

 

 一方、ベルはヤンアルの輸血によって血色が戻ったものの事件から一週間経っても意識は戻らず、いまだヴィレッティ家の一室で眠りについたままだった————。




————————————————————————

いつも読んでいただいている方、本当にありがとうございます!

一応ここで第一部終了という感じです。

すぐに第二部を始める予定ですが、評価や感想などいただけますと大変励みになります!

何卒よろしくお願いいたします!

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