057 『弱小領主のダメ息子、一世一代の告白をする(5)』
男の口から出た言葉をヤンアルは繰り返す。
「————カステリーニ家の人間に雇われただと……⁉︎」
「そ、そうだ……! ここまで話したんだから早く身体を動くようにしてくれ」
「…………」
男が懇願するがヤンアルは何やら考え込んでいる様子で答えない。
「お、おい! 聞いてんのか⁉︎ 正直に話しただろ!」
「……訊くが、まさかこれから残りの報酬を受け取りに行くつもりではないだろうな?」
「し、質問はさっきのが最後って……!」
「いいから答えろ」
「……そうだよ! 前金で半分だけしかもらってねえ!」
「お前のために忠告してやるが、それは
「な、なんでだよ……⁉︎」
ヤンアルの言葉を不思議に思った男が訊き返した。
「行けば十中八九、お前は連中に口封じされるだろう」
「……な……‼︎」
「権力を持った人間の考えることは大体同じだ。自らの手は汚さず、禍根は残さない。金で殺しを請け負う人間の命など安いということだな」
「…………‼︎」
逡巡している男の胸をトンッとヤンアルの指が突いた。すると硬直していた男の身体が自由を取り戻した。
「————おおっ、身体がっ!」
「最後にもう一つ訊こう」
「……本当に最後だろうな……⁉︎」
「お前の利き手はどっちだ?」
何を訊かれるか警戒していた男だったが、拍子抜けしたように右手を上げて見せた。
「右だよ、右。それが、どう————」
ヤンアルが腕を払った次の瞬間、男の右腕から感覚というものが消え去った。
「————う、腕が! 右腕が動かねえっ⁉︎」
「ベルを刺した罰は受けてもらう。今後は真っ当に働くんだな」
「ひぃいいいいいいいっ!」
男は動かなくなった右腕を押さえて走り去って行ったが、ヤンアルは構わずカステリーニ家の方角へ顔を向けた。
(……貴様らにもしっかりと罰を受けてもらうぞ……‼︎)
◇
————その頃、ラトレの泉の広場にはベルが重傷を負ったと知らされたミキとファビオが駆けつけていた。
「————ベルティカ様‼︎」
血相を変えてミキが声を掛けるが、横たわるベルは何も答えない。
「ベルティカ様! どうか眼を開けてください‼︎」
「……ミケーレ殿。申し訳ないが声を抑えていただきたい……」
普段ほとんど喋らないファビオが口を開くと、ミキは驚いた様子で返事をする。
「ファビオ殿……⁉︎」
「…………」
しかし、ファビオは無言のままベルの胸に耳を当て、首筋の脈を取った。
(……心音・脈共に微弱。この出血量からして生きていること自体が奇跡……)
続いてファビオは出血の出どころと思われる左胸を
(……刺傷された傷が塞がった跡がある……。心臓を刺されたとなると即死に近い状態のはず……。いったい何が……⁉︎)
無言で考え込むファビオにミキが恐る恐る声を掛ける。
「……ファビオ殿、ベルティカ様は大丈夫なのですか……⁉︎」
「……傷は塞がっています」
「では————」
「……あとは、ベルティカ様の生命力次第としか申し上げられない……」
「そんな……‼︎」
絶句するミキにギャラリーの女性が興奮した様子で声を掛けてきた。
「————本当に凄かったんですよ! お連れの褐色の女性が掌をかざしたら、その方の身体が光に包まれてみるみるうちに傷が塞がってしまったんです! あんな凄い回復魔法を見たのは初めてでしたよ!」
「ヤンアルが————そうだ、ヤンアルは⁉︎」
「そこからもっと凄いことが起きたんです! なんとその女性の背中から真っ赤な透明な翼が生えたんです! あの人は絶対にサン・エミリオ教会の天使様ですよ! 街の人間の危機に天から降りてきてくださったんですよ、きっと!」
「————翼が……⁉︎ その女性はどこに行ったんですか⁉︎」
「わ、分かりません……。空を飛んで向こうの方へ行ってしまいました。何人かは追いかけて行きましたけど……」
女性は東の方角を指差しながら答えた。それを聞いたミキの顔が青ざめる。
(……マズい……! こんな大勢の人間にヤンアルのことがバレてしまってはもう隠しようが無いぞ……いや、それよりヤンアルはベルを置いてどこに行って————)
考え込むミキの肩にファビオが手を掛けた。
「……ミケーレ殿。今はベルティカ様をお運びすることが先決……」
「————は、はい!」
ファビオに促されベルを担ぎ上げたミキは、ヤンアルが飛んで行った空へ顔を向けた。
(ヤンアル……! 早くベルの元へ戻って来てくれ————!)
◇ ◇
————カステリーニ家の一室では天蓋のついたベッドに金髪の若者が横たわっており、ややくすんだ金髪の紳士がベッド脇の豪華な椅子に腰掛けながら話しかける。
「————身体の調子はどうだ?」
「……ええ、ようやく少しずつですが動くようになって来ました」
「そうか。明日はもっと良い医者を呼んできてやるからな。もう少しの辛抱だ」
「ありがとうございます————父上、それでお願いしていた件は……?」
金髪の若者————ジャンが尋ねると、カステリーニ家・当主ロベルトはワインを
「……ああ。ガレリオ卿の御子息は今頃
「……クク……、それはなんとも運の悪い……!」
返事を聞いたジャンの口角も父親に負けじと持ち上がる。
「ところで、父上。その
「————心配するな。報酬の残りを受け取りに来た時に始末するよう
「さすが父上です。抜かりがありませんね」
「フフ……、カネで人を殺すような下賤の者など信用ならんからな。消えてもらうに越したことはない」
「ええ、そうですね」
首尾良く事が運んだと思ったジャンは嬉しそうに虚空を見つめた。
「……ベルとか言っていたな、あのダメ息子。俺に舐めた口を利きやがった罰だ、いい気味だぜ……!」
「ジャン、言葉遣いに気を付けなさい」
「————おっと、失礼いたしました」
ジャンはわざとらしく口を塞いだ後、唾液まみれの舌を蛇のようにチロチロと伸ばした。
「……あとは、あの移民の女ですね……」
「本当にあの女が気に入ったようだな。分かった、分かった。また別の
「ありがとうございます。飽きたら父上にもお譲りしますので」
「おいおい、私がお前のお下がりか?」
ロベルトは愉悦にまみれた顔でもう一つのグラスにワインを注いだ。
「飲めるか? 前祝いといこう」
「いえ、ガレリオ卿を悼んで————」
「ハハハ。悪い奴だ、お前は————」
カステリーニ親子が祝杯を挙げた時、窓のカーテンが揺らめいた。
『————誰だ⁉︎』
敏感に感じ取ったジャンとロベルトの声が重なり、二人は同時に常人の二倍はあろうかという大窓へ視線を向けた。
すると、突然窓が勢いよく開かれ『ビュウッ』っと夜風が部屋の中に吹き込まれた。思わず眼をつぶった二人がゆっくりとまぶたを開くと、そこには真紅の翼を携えた褐色の女の美しくも妖しげな姿があった。
「…………下衆どもめ。貴様らに明日の朝陽を浴びる資格はない……‼︎」
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