第14章 〜Ti amo〜
053 『弱小領主のダメ息子、一世一代の告白をする(1)
カステリーニ家で開かれたパーティーはダンスタイムの途中で長男・ジャンマルコが謎の
◇
————パーティーの翌朝、サンドラの実家であるヴィレッティ家の食堂では一同が話に花を咲かせていた。
「お兄様とヤンアルのダンス、そんなに素晴らしかったんですの?」
パーティーに参加できなかったレベイアが興奮気味に声を上げると、バリアントがうなずいた。
「うむ、あまりの見事さに私やアレッサンドラを含めた全員が眼を奪われていたよ」
「……そうだったかしら……?」
素直に認めたくないのか、サンドラは眼を逸らせて答えた。しかし、ダンスに厳しい母親のこの反応から嘘はないとレベイアは判断した。
「お母様に認められるなんてスゴいですわね、お兄様! ヤンアル!」
レベイアは眼を輝かせて二人に顔を向けるが、
「あ、ああ……」
「……そうだな」
「…………?」
当の本人たちの反応は
「————ところで、ヤンアル。カステリーニの御子息は大丈夫なんでしょうね?」
「ああ、サンドラ。ミキやカレンの時よりも少し強めにしたが、一日も経てば自力で動けるようになるはずだ」
この説明を聞いたレベイアの顔色が変わった。
「……まさか、カレンの動きを止めたあの不思議な技をカステリーニ家の方に使ったんですの⁉︎」
「いや違うんだ、レベイア。あれはジャンという奴が悪いんだよ。ヤンアルは自らの身を守っただけだ」
「どういうことですの……?」
「それは、その……」
ベルが言い淀んでいると、向かいの席に座ったヤンアルが代わりに口を開いた。
「あのジャンという輩が私の身体に許可なく触れてきたから少し
「————女性の身体を断りもなく触るなんて最低の殿方ですわね! ヤンアルの対応は当然の行為ですわ! ねえ、お兄様!」
「あ、ああ……そうだな」
「…………?」
てっきり兄は自分の意見に賛同してくれるものと思っていたレベイアだったが、ベルの反応はやはり鈍い。不思議に思ったレベイアが問い
「あら、もういいのヤンアル? 今日の朝食は口に合わなかったかしら?」
「いや、サンドラ。この家の食事はとても美味しいが、少し食欲がないんだ。昨夜慣れないパーティーに出たから疲れが残っているのかも知れない」
「そう……、トリアーナに帰るのは明後日だったわね。それまでウチでゆっくり体調を整えなさい」
「ありがとう。ではその言葉に甘えさせてもらう」
ヤンアルはそう言って食堂を後にした。扉が閉められた後、レベイアが心配そうに独りごちる。
「……ヤンアル、大丈夫かしら……。きっと身体を触られたショックもあるんだわ……」
「それもあるでしょうけど、私が思うにあなたの隣の席に座った小心者に言われた言葉の方がショックだったんじゃないかしら……」
「隣の席……?」
レベイアが隣に顔を向けると、ベルがサッと顔を逸らせた。
「お兄様……? ヤンアルに何をおっしゃられたの?」
「…………」
「自分の口から言えないのなら、私が代わりに言ってあげましょうか。そこの顔だけハンサムの小心者はね、ヤンアルを婚約者かと訊かれて言うに事欠いて『大切な友人』と
「…………」
サンドラの話にベルは沈黙を続ける。この場合の沈黙は肯定を意味していた。
「な、なんですの、友人って……⁉︎」
「……事実、俺とヤンアルは婚約などしていないんだ。友人としか言いようがないだろう」
「本気でおっしゃられていますの、お兄様……⁉︎」
「……そうだ」
ベルの返事にレベイアは信じられないといった風に首を横に振る。
「無駄よ、レベイア。この小心者は普段は口がよく回るくせに、肝心なところで女心がちっとも分かってないんだから」
「————小心者、小心者って、さっきからなんなのですか、母上!」
たまらずベルは立ち上がってサンドラに声を荒げた。しかし、サンドラは優雅に紅茶を一口啜ってようやく口を開いた。
「分かっていないようだから教えてあげるわ。いいこと? 女性はね、好意を持っていない殿方とはダンスを踊ったりはしないものなの」
「……ですが、ヤンアルはジャンと……」
「小心者の上に頭の回転も鈍くなったようね。あなたが止めてくれるのを期待していたのに、そうしてくれなかったからショックを受けていたのよ、ヤンアルはね」
「…………!」
「
この言葉にバリアントは何か思い出したように左の頬をさすった。
「……しかし、俺たちは……」
「せめて『大切な
「…………」
再び席に着いて黙り込むベルにレベイアが問い掛ける。
「————お兄様。お兄様はヤンアルのことをどう思っていますの? 本当にただの友人と思っていらっしゃるの?」
「……俺は————」
◇ ◇
————ひとり、食堂を後にしたヤンアルは廊下で立ち止まって何事かを思案していた。
(……何故だろう、昨夜から何やら胸の奥がモヤモヤする……)
ヤンアルはフラフラとした足取りで窓際へ進んで壁にもたれ掛かった。
(私はあの時、ベルになんと言って欲しかったんだろう……? いや……、それ以前に私はベルのことをどう思っているんだ……?)
自らの気持ちを確かめるようにヤンアルは胸に手を当てた。
(……私はベルが好きだ。だが、この気持ちは果たして恋愛感情というものなんだろうか……?)
その時、ヤンアルの脳裏にある男の姿が蘇った。しかし思い出せるのは後ろ姿だけで、その顔はボヤけたままである。
「————ううっ……、お前は……いったい…………」
ヤンアルは痛む頭を押さえて問い掛けるが、答える者は誰もいなかった。
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