051 『伝説の竜姫、パーティーに招待される(9)』

 カステリーニ家の長男・ジャンマルコことジャンと固い握手を交わしたベルは宣戦布告とも取れる不敵な笑みを浮かべた。

 

(どんな手を打ってくるか知らないが、絶対にヤンアルを守ってやる……!)

 

 いつもより力強く相手の手を握りしめベルはようやく手を離した。

 

「……ベル殿————」

「『殿』は結構です。ベルと呼んでください」

「そうですか。それでは私のこともジャンでいいですよ」

 

 二人はまたしても作り笑いを浮かべあった。ジャンはそれを維持したまま口を開く。

 

「————ところでベル。少し前にカディナの町で褐色の肌を持った東洋風の女性が竜の魔物を退治したと耳にしたのですが、何か心当たりはありませんか?」

(……どうせ、裏は取っているんだろう? 認めるところは認めてやるさ)

 

 ベルもまた作り笑いを維持して応じる。

 

「ああ、その件でしたら解決したのは私です」

「ほう? 貴方あなたが?」

「正確に言うと、私と私の使用人と彼女です」

 

 ベルはそう言ってヤンアルへ手を伸ばした。ジャンはわざとらしく驚いて見せる。

 

「ご冗談を! このような美しいご婦人が魔物退治ですと⁉︎」

「本当ですよ。彼女————ヤンアルは東洋に伝わる武術の使い手です。おそらく御家中ごかちゅうのどなたよりも腕が立つかと……」

 

 このベルの挑発にロベルトとジャンの顔色が一瞬変わった。バリアントも別の意味で変わったが。

 

「……それは素晴らしい。是非、その腕前を見せてもらいたいものですね」

「それは構いませんが、ヤンアルもこのような格好ドレスですし何より今日は祝いの場です。やはりまたの機会にいたしましょう」

「……そうですね。それではもう一つお訊きしたいのですが、カディナの魔物を退治した女性の背中からあかい翼が生えていたという目撃情報についてはどうお考えですか?」

(どう訊かれようと答えは同じさ)

 

 ベルは大袈裟に腕を開いて答える。

 

「あんなものは三流ゴシップ誌がでっち上げたデマカセですよ! 大方部数を伸ばすための苦肉の策でしょう。あんな記事を信じるだなんて『自分は馬鹿です』と宣伝しているようなものです。そうは思いませんか⁉︎」

「……ええ、その通りですね……!」

 

 ロベルトとジャンの作り笑いはすでに8割方消失していた。バリアントの顔色も青くなっていたが、ベルは構わず捲し立てる。

 

「————ですが、このまま根も葉もない噂で彼女があらぬ疑いを掛けられるのも面倒です。よろしければ証拠をお見せしましょう。ヤンアル」

「なんだ……ですか? ベル」

「すまないが後ろを向いてくれないか?」

「……分かりました」

 

 ベルの意図を察したヤンアルはゆっくりと一同に背中を向けた。男たちの視線が乙女のなめらかな背に集中する。大胆に開かれたドレスの隙間から見える褐色の肌には翼の跡どころかシミ一つ見当たらない。

 

「いかがでしょうか? 翼の跡はおろか、シミや出来物一つ見当たらないでしょう⁉︎」

「…………むう……、確かに……」

「……べ、ベル。もういいでしょうか……?」

 

 さすがに至近距離で複数の男から背中をマジマジと見られるのは気持ちが良いものではないようで、ヤンアルは恥ずかしそうに申し出た。

 

「ああ、すまない。もう大丈夫だよ」

 

 許しを得たヤンアルはサッとベルの背中に逃げ込んだ。ベルはカステリーニ親子へ勝ち誇ったような笑みをこれでもかと見せつける。

 

「————さあ、これでお分かりでしょう! まだ他に確認なさりたいことはございますか?」

「……いえ、結構。それでは私たちはパーティーの進行がありますので、また後ほど————」

 

 カステリーニ親子は先ほどの笑顔はどこへやら、まるで感情のこもっていない表情できびすを返して行った。二人が遠ざかって行くのを確認してバリアントがようやく口を開く。

 

「……心臓が止まりそうだったぞ、ベルティカ」

「申し訳ありません、父上。何故だか挑発する言葉が口をついて出てしまいまして」

「……全く、お前はヤンアルのこととなると気が大きくなるな。……まあ、気持ちは分からないではないがな」

「今後は気を付けます!」

 

 ベルが勢いよく返事をすると、右手の袖が何かに引っ張られた。

 

「ん? どうしたんだい、ヤンアル?」

「……ベル。さっきのはさすがの私でも恥ずかしかったぞ……!」

 

 拗ねたような表情のヤンアルが上目遣いで睨んでくる。

 

「あ、ああ……ゴメン。ああでもしないと連中が納得しないと思ったんだ。でも、キミに断りもなくやらせてしまって申し訳なかった」

「…………」

 

 ベルは頭を下げて謝ったが、ヤンアルは無言で背中を向けてしまった。

 

「ヤンアル……」

「————取り分けてくれ」

「……え?」

「もう一度、料理を取り分けてくれたら許してもいい」

「……あ、ああ! もちろん! 何皿でも取り分けてあげるよ!」

 

 ベルとヤンアルが料理を選びに行くと、入れ替わるようにサンドラが一人残されたバリアントの元に戻ってきた。

 

「もういいのかね?」

「ええ、つまらない見栄の張り合いに辟易したから抜けてきたの」

「そうか。ところで、小腹が空いたのだが一緒に食べないか?」

 

 バリアントの言葉にサンドラは少し考え込んで答える。

 

「あなたが取り分けてくださるの?」

「もちろんだとも」

 

 サンドラの返事にバリアントは穏やかにうなずいた。

 

 

              ◇

 

 

 ————ベルたちと別れたカステリーニ親子はパーティー会場の脇にある小部屋に足を運んでいた。

 

 鮮血のような真紅のワインが注がれたグラスを揺らしながらロベルトが口を開く。

 

「……トリアーナ如き小領地の小倅こせがれが舐めた口を利きおって……!」

「父上、どうかお気をしずめてください。元よりガレリオなどという小物に用はありません」

 

 ジャンに促され、ロベルトは持っていたワインを口に含んだ。

 

「……そうだな。しかし、あの東洋女はパーティーの余興程度に考えていたが……」

「ええ。正直なところ『伝説の騎士』などは信じておりませんでしたが、私はあのヤンアルという女が気に入りました」

「おいおい、お前には許嫁がいるのだぞ……?」

「もちろん心得ておりますとも。妻は妻、遊びは遊びです」

「フフフ……、一体誰に似たのやら……」

「それは父上が一番ご存知でしょう?」

 

 カステリーニ親子は下卑た笑みを貼り付け、ワイングラスを高らかに掲げた。

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