050 『伝説の竜姫、パーティーに招待される(8)』

 ドレスアップしたヤンアルがパーティー会場に姿を現すと、今まで談笑に興じていた参加者(の主に男性)が色めきだった。

 

 全方向からギラついた視線を感じたヤンアルは不安そうな表情でベルのジャケットの裾を引っ張った。

 

「……ベル。何か妙な視線を感じないか……?」

「そ、そうかい?」

(……くそ。コイツら、ヤンアルをジロジロと舐め回すように見やがって……)

「あっ、あそこ料理が並んでるよ! 行こう!」

「あ、ああ……」

 

 ベルはヤンアルを男どもの視線から遠ざけるようにビュッフェコーナーへいざなった。

 

 そこには肉・魚・野菜・果物・パスタ・ケーキなど様々な料理が並んでおり、どれも美味しそうではある。ベルはヤンアルの好きそうなものを取り分け差し出した。

 

「はい、どうぞ!」

「ありがとう、ベル」

 

 皿を受け取ったヤンアルは美味しそうに口いっぱいに頬張った。その様子にベルが眼を細めた時、後ろから女性の声が聞こえてきた。

 

「そんなにガッつくものではありません。恥ずかしいわね」

「む……、はんおらサンドラ……」

「それにお腹が膨らむと折角練習したダンスが踊れなくなるわよ」

ふぉれははめはそれはダメだ————むぐ⁉︎」

「————ヤンアル⁉︎」

 

 慌てて料理を飲み込んだヤンアルが喉を詰まらせ、ベルは近くを通りかかったウェイターに手を上げて見せた。ベルはヤンアルの背中をさすりながら、受け取ったカクテルを手渡す。

 

「ほら、ヤンアル! これで流し込むんだ!」

「やめなさい、カクテルを水のように飲むものじゃないわ。あなた、水をもらってきてちょうだい」

「大丈夫です、母上。ヤンアルはザルなんです」

「は?」

 

 その間にもヤンアルはカクテルを四杯立て続けに流し込んで、なんとか事なきを得た。

 

「……ふう、危なかった」

 

 急ピッチでカクテルを飲み干したにも関わらずヤンアルはケロっとしている。サンドラとバリアントは呆れた様子で顔を見合わせた。

 

「————本日はよくぞお越しいただきました。ガレリオ卿」

 

 何やら癖のある声に四人が振り返ると、バリアントと同じくらいの歳の金髪の紳士がにこやかに立っているのが見えた。

 

「これはカステリーニ卿。ご挨拶が遅れまして申し訳ない。本日はこのような素晴らしい会にお招きいただきありがとうございます」

 

 バリアントが礼を述べると、カステリーニ家の当主と思われる紳士が手を振る。

 

「いえいえ、お気になさらずに。私も先ほどようやく貴賓の方々への挨拶回りが終わったところです」

(……つまり我々は貴賓ではなく、優先順位も一番最後だったと……)

 

 ベルが皮肉めいた笑みを浮かべていると、カステリーニ家の当主・ロベルトと眼が合った。

 

「こちらの利発そうな若者はもしやガレリオ卿の……?」

「ええ、愚息のベルティカです。利発とは全く及びもつきませんが————ベルティカ、カステリーニ卿へご挨拶なさい」

 

 バリアントに促されたベルは一歩進み出て頭を下げた。

 

「カステリーニ卿、ベルティカ=ディ=ガレリオと申します。本日は私のような若輩までお招きいただき光栄でございます」

「うむ、やはりしっかりされておりますな。結構、結構」

 

 口ではそう言いながらもロベルトはすぐにベルから視線を外し、サンドラへ向き直った。

 

「アレッサンドラ殿も変わらずお美しいですな」

「まあ、お上手ですわね。カステリーニ卿」

「実は向こうでご婦人だけで談笑されているようでしてな、妻がアレッサンドラ殿を探しておりました。よろしければ妻の面目を保っていただけないでしょうか?」

「……ええ、是非に」

 

 パーティーの主人にこう言われては断れるものではない。サンドラはバリアントに目配せをして行ってしまった。

 

 何かと小うるさいサンドラを追い払うことに成功したロベルトは、本命とばかりにベルの背後に隠れていたヤンアルへまとわりつくような視線を向けた。

 

「……それで、こちらのお美しい褐色のお嬢さんシニョリーナは……?」

(————来たな。回りくどい挨拶をしていたが本命はヤンアルこっちだろう、狸親父め……!)

 

 ベルはヤンアルを安心させように、そっと手を握ってあげた。小さくうなずいたヤンアルは右足を引き、ドレスの裾を軽く持ち上げて頭を下げた。

 

「————本日はお招きいただきありがとうございます。私はガレリオ卿のおやしきにお世話になっております、ヤンアルと申します」

(いいぞ、ヤンアル! 素晴らしい挨拶だ……!)

 

 ダンスの合間にサンドラに仕込まれていた立ち居振る舞いにベルとバリアントは心の中で拍手を贈った。

 

「ふむ……、ヤンアル殿とおっしゃられるか……。失礼ながら姓はなんと……?」

「————カステリーニ卿! 実は彼女は我が領内で記憶を失って倒れていたところを我が邸で保護したのです! あまり過去のことを質問いたしますとヒドい頭痛がするようですので、どうかお手柔らかに……!」

 

 ベルはこれ以上あれこれ詮索されないよう早口で先手を打った。これを聞いたロベルトは大袈裟に驚いて見せる。

 

「————なんと、記憶喪失ですと……⁉︎ それは誠にお気の毒なことですな……」

 

 ロベルトが次の手を考えていると、背後からチャラついた若者の声が聞こえてきた。

 

「父上! 申し訳ありません! 貴賓の方々に捕まっておりまして!」

「ジャン! お客様の前ではしたないぞ! 私より先にガレリオ卿へご挨拶しないか!」

 

 ベルはジャンと呼ばれた若者へ眼を向けた。青い瞳に鷲鼻のやや面長な顔に父親譲りの外巻きの金髪が乗っかっており、そこはかとなく胡散臭い印象を受ける。

 

「————申し遅れました、ガレリオ卿。私はカステリーニ家の長男、ジャンマルコ・カステリーニと申します。近しい者にはジャンと呼ばれております。以後お見知り置きを……」

「それでは私もジャン殿と呼ばせていただこう。ジャン殿、これは私の愚息の————」

「ベルティカ=ディ=ガレリオと申します。よろしければ私のことも気軽にベルとお呼びください」

「素敵なお名前ですね。ベル殿」

「いえいえ、あなたこそ。ジャン殿」

 

 ベルはジャンに差し出された右手を掴もうとしたが、当のジャンがしきりにヤンアルへ下卑た視線を送っているのに気が付いた。

 

(……なるほど。ヤンアルを呼びつけたのは父親ではなく、このチャラい息子の方だったようだな)

 

 満面に作り笑いを浮かべたベルは、ジャンの右手を宣戦布告のように力強く握り返した。

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