046 『伝説の竜姫、パーティーに招待される(4)』
途中の小さな町で一泊した一行は翌日の朝、州都・アンヘリーノへ到着した。
「————着きました、旦那様! アンヘリーノです!」
ミキの声にヤンアルは馬車の小窓から顔を覗かせる。
アンヘリーノは丘の上に築かれた城塞都市で周囲は堅固な城壁に囲まれており、街の入り口である表門をくぐるまではその全貌を窺い知ることは出来ない。表門には門番の詰所が併設されており、どうやら街に訪れる人間の身元をチェックしているようだった。
「……どうやら手形を見せないと通してくれないようだな。私一人なら城壁を飛び越えることも出来るが……どうする?」
「そんな物騒なことをせずとも大丈夫だよ、ヤンアル」
「?」
バリアントは返事の代わりに微笑を浮かべると、懐から取り出したものを小窓から御者のミキへ手渡した。
「そちらの馬車の方、通行証を見せて下さい」
「どうぞ、ご覧ください」
門番に声を掛けられたミキはバリアントから受け取ったものを差し出した。それを眼にした門番の顔色が変わった。
「————これは、カステリーニ卿の……! ……失礼いたしました。どうぞお通りください」
「ご苦労様です」
ミキが礼を言って馬を前進させると、ベルは皮肉めいた笑みを浮かべて口を開く。
「大したものですね。カステリーニの御威光は」
「ベル、ミキは門番に何を見せたんだ?」
「キミをパーティーに呼んだカステリーニの招待状だよ。さあ、母上のご実家まであと少しだ」
◇
————アレッサンドラの実家であるヴィレッティ家は街の一等地に
「……懐かしいな」
「ここに来たことがあるのか、ベル?」
感慨深げな様子でベルがつぶやくと、ヤンアルが尋ねた。
「うん、十三年ぶりくらいかな。レベイアはここで産まれたんだ」
「レベイアが……」
その時、懐かしい少女の声が門の奥から響いてきた。
「————お兄様!」
嬉しそうな笑顔を浮かべて走り寄って来る銀髪の美少女はベルの妹・レベイアである。
「レベイア!」
「お兄様っ!」
笑顔のベルが両腕を広げるとレベイアがタックルをするように飛び込んだ。ベルはレベイアの身体をしっかりと受け止め、絹のような銀髪を優しく撫でてあげた。
「二ヶ月ぶりくらいなのに、背が伸びたみたいだな。俺の胸まで頭が届いているじゃないか」
「ふふふ、もう一年もすればお兄様の肩まで届くかも知れませんわよ?」
「そうだな。その頃には顔ももっと大人びてくるんだろうな……」
「……なるほど、これがシスコンというヤツらしいな」
感慨深げにベルがつぶやくと、少し冷めた様子でヤンアルが口を挟んだ。
「シ、シスコン⁉︎」
「……あら? いたんですの? ヤンアル。気付かなくてごめんなさい?」
「知っているぞ、レベイア。お前のようなヤツのことをブラコンという」
「なんのことですの? 私、分かりませんわ」
レベイアはわざとらしく顔を逸らせてバリアントたちの方へ歩み寄った。
「お父様もお越しいただきありがとうございます」
「うむ、元気そうでなによりだ」
「ええ、カレンもミケーレもありがとう」
「
「ありがとう。嬉しいわ、カレン」
「レベイア様、何かお困りごとはございませんか?」
「大丈夫。平気よ、ミケーレ」
レベイアが全員と再会を喜んでいたところ、いつの間に現れたものか執事らしき老人が姿を見せた。
「ガレリオ卿、遠路
ヴィレッティ家の老執事が口にしたお嬢様とはサンドラのことである。バリアントは軽く会釈を返した。
「うむ、よろしく頼む。ファビオ」
「…………」
ファビオと呼ばれた老執事は無言で頭を下げ、先導を始めた。
六人がファビオに付いていく中、その後ろ姿に眼を向けながらヤンアルがつぶやく。
「……あのファビオという男」
「ああ、以前母上と一緒にウチに来ていた執事だね。彼がどうかしたのかい?」
「以前会った時も気になっていたが、なかなかの使い手だぞ」
「えっ、そうなのかい⁉︎」
驚いた様子でベルが訊き返す。
「ああ。何気なく歩いているが身体の『芯』が全くブレていない。それにこの距離でも足音が聞こえないだろう? 気配を消すことに長けている証拠だ」
「……本当だ。言われてみれば確かに……」
「あの男————ファビオはな、ああ見えて若い頃からガスパールと腕を競っていた
「そうなのですか? 父上」
「うむ。武術大会などで何度も対決していたが、ついに一度もガスパールが勝つことはなかった」
「あのガスパールが……⁉︎」
ベルが驚きを隠せないでいると、話を聞いていたミキが独りごちる。
「以前、ガスパール様がどうしても勝てなかった相手がいたとおっしゃっていたが、あのファビオ殿がそうだったのか……」
「そういうことだな。ちなみにベルティカ、お前は覚えていないようだが、レベイアが産まれた時にファビオに会っているぞ」
「え……? 全く覚えておりません」
「寡黙な男だからな。無理もない」
そうこうしているうちに応接間に到着し、ファビオが振り返った。
「……それでは、お嬢様が来られるまでこちらでしばしお待ちください」
礼をして立ち去るファビオと入れ違いにメイドがお茶を持って給仕を始めた。
淹れたての紅茶に口をつけたベルが感想を述べる。
「……美味い。さすが母上のご実家だな。いい茶葉を使っている」
「————お前も紅茶の味が判るようになったのですね」
声のした方へ顔を向けると応接間の扉が開かれ、背後にファビオを従えた貴婦人が
「扉を隔てたこの距離で私の声が聞こえているとは、さすがは母上。耳ざとくていらっしゃる」
「地獄耳と言いたいのではなくて? 母親であればどれほど離れていても息子の声は耳に届くものです」
「それはお見それいたしました」
ベルと挨拶を交わしたサンドラはテーブルの上座へ座って、夫・バリアントへ顔を向けた。
「……どうも厄介なことになってしまったようですわね」
「そのようだ」
『…………』
広い応接間の中を何重もの沈黙が支配する。
「————ヤンアル。
「……私か?」
「ええ、カステリーニ家が招待しているのは実質あなた一人よ」
サンドラに問いかけられたヤンアルは持っていたカップを置いて、形の良いアゴへ指を添えた。
「……そうだな……。私が危惧していることは一つ————」
『…………』
皆が固唾を飲んで続く言葉を待つ。
「————ダンスをしっかりと踊れるかどうかだ」
「……は?」
至極真面目な表情のヤンアルから発せられた回答にベルが素っ頓狂な声を上げた。しかし、当のヤンアルは皆の点になった視線を気にせず続ける。
「聞くところによると、こういった貴族のパーティーでは参加者がダンスをする決まりがあるんだろう? 私は武術には
「————プッ」
大真面目に言うヤンアルにサンドラが口元を押さえる。
「…………心配いらないわ、ヤンアル。パーティーまでに私が立ち居振る舞いを教えてあげる」
「本当か、感謝する。サンドラ!」
嬉しそうな顔でヤンアルが席を立つと、緊張の糸が切れた全員が笑みをこぼした。ただし、無表情のファビオを除いて。
「……な、何を笑っているんだ、皆……?」
何故、皆が笑っているのか分からないヤンアルは不思議そうに首を傾げた。
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