044 『伝説の竜姫、パーティーに招待される(2)』

 書斎を後にしたベルはヤンアルの部屋に行ってみたが、ノックをしても反応がない。

 

「ベルティカ様、ヤンアル様ならミケーレさんと中庭で見ましたよ」

「ミケーレと?」

 

 通りがかったメイドから目撃情報を得たベルは早速中庭へ足を運んだ。

 

 

 そこには足を開いて腰を深く下ろしたポーズを取っているミキと、かたわらに立ってなにやら指示をしているヤンアルの姿があった。

 

「————ヤンアル、ミケーレ、いったい何をやっているんだ?」

「ああ、ベルか。今ミキに技を教えているんだ」

 

 声をかけるとヤンアルが振り向いて答えてくれたが、ミキは不思議なポーズを取ったまま口を開かない。

 

「技って……その妙なポーズを取るのがか?」

 

 笑みを漏らしてベルが言うと、ようやくミキが口を開いた。

 

「…………傍目はためからは滑稽に映るかも知れませんが、このポーズ……一時間もやるとかなりキツイんですよ、ベルティカ様……!」

「————い、一時間⁉︎ すまん。笑ったりして悪かったよ、ミケーレ」

「これは『騎馬式きばしき』と呼ばれる姿勢で、鍛錬の基本の一つなんだ。ミキ、腰が高くなってきているぞ。もう少し下げるんだ」

 

 ヤンアルに指摘されたミキは太ももをプルプルと震わせて腰を下げた。

 

「……くっ……!」

「なるほど『騎馬式』か。確かに馬にまたがっているように見えるな。でも、ミキには技を教えないって言ってなかったっけ、ヤンアル?」

「うん。そのつもりだったが、ミキも私の家族のようなものだからな。基本くらいは伝えようと考え直した」

「へえ……。よかったな、ミケーレ!」

 

 突然ベルに背中を叩かれたミキはさらにプルプルを強める。

 

「……や、やめてください、ベルティカ様……!」

「あ……すまない、ミケーレ」

 

 脂汗を垂らしながら何とか持ち直したミキにヤンアルが話しかける。

 

「よし、では次の段階に進もうか。そのまま両手を前方に伸ばして指で『円』を作るんだ」

「……円? こうか……?」

 

 ミキは言われた通りに手を伸ばして円を作った。ヤンアルはミキと同じポーズを取ってみせる。

 

「そうだ。その姿勢を維持したまま『丹田たんでん』に意識を集中させろ」

「丹……田……?」

「丹田とはヘソの下あたりだ。そこに私たちの力の源がある」

「分かった……。ヘソの下……だな」

 

 ミキは眼をつぶり集中力を高めた。

 

「…………なんとなく……だが、ヘソの下が少し熱くなってきたような気がする……」

 

 ミキの返答にヤンアルは満足そうにうなずいた。

 

「よし、早くも『兆候』が出ているな。ミキ、いいぞ楽にして」

「————ッハァ……はぁ、はぁ……」

 

 騎馬式を解いたミキは地面に手を突いて息を荒げた。

 

「……ちょ、兆候って……なんのことだ……?」

「私たちの技を使う準備段階に足を踏み入れたということだ」

「……準備段階……!」

「これからは毎日、今の動作を朝昼夕と続けるんだ。上達具合を見て次の指示をする」

「朝昼夕だな⁉︎ 分かった!」

 

 順調に前に進んでいることが分かったミキは拳を握って力強く返事をした。その時、後方からカレンの声が聞こえてきた。

 

「ミケーレ、ヤンアル、休憩にしましょう————あら、ベルティカ様もいらっしゃったのですか」

 

 

             ◇

 

 

 ————中庭のガゼボ(西洋風東屋あずまや)では、カレンの手作りクッキーと熱々の紅茶が食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせていた。

 

「……うん、美味い。カレンの作るクッキーと、この紅茶の組み合わせは絶品だな」

「ありがとう、ヤンアル」

 

 うっすらと笑みを浮かべてカレンが礼を言うと、ベルが大きめな声で同意する。

 

「本当にな! そこらの店のものよりカレンの作ってくれたクッキーの方が断然美味しいよ! なあ、ミケーレ————」

「…………」

 

 しかし、ミキは喉が乾いているのか紅茶を一心不乱に飲むばかりで何も答えない。その様子を見たベルとヤンアルがテーブルの下で同時にミキの足を踏み付ける。

 

「————ッ! 何をするんですか、二人とも⁉︎」

 

 足を踏まれたミキが痛みで立ち上がったが、二人は構わず話を続ける。

 

「ところで、ベル。私たちに何か用があったんじゃないのか?」

「……うん、実はね————」

 

 

         ◇ ◇

 

 

「————そのカステリーニとやらが私を呼びつけていると……?」

 

 話を聞いたヤンアルが確認するように尋ねると、ベルは申し訳なさそうにうなずいた。

 

「……すまない、ヤンアル……」

「どうしてベルが謝るんだ?」

「……連中がキミを呼んでいるのは恐らくロクな了見じゃないが、弱小領主の俺たちじゃ断ることも出来ない……!」

 

 悔しそうにうつむくベルの様子を見たヤンアルはミキとカレンへ顔を向けた。

 

「カステリーニとは、それほどのものなのか?」

「ああ、州都一帯を治める領主だからな。聞くところによると、カステリーニの当主は国王にも直接謁見できるほどらしい」

「国王……皇帝のようなものか。その国王に顔が利くとは確かに大したものだ」

「でも、悪い噂も聞くわ。税を支払えない家に借金取りのような酷い取り立てをすると……」

「なるほど……、バリアントとは真反対の輩というわけだな」

 

 二人の意見を聞いたヤンアルは腕を組んで椅子の背もたれにもたれかかった。そのヤンアルにベルは顔を上げて語りかける。

 

「————ヤンアル。申し訳ないが、俺と一緒にパーティーに参加してくれないだろうか? さっき俺が言ったこととは矛盾しているかも知れないが、キミのことは絶対に俺が守るから……!」

「…………!」

 

 ベルの真摯な表情と口調にヤンアルは一瞬、黒真珠のような眼を丸くした後、小さく笑みをこぼす。

 

「……ふふ。ベルが私を守る、か……」

「わ、笑わないでくれよ。そりゃあ俺はキミみたいに強くないけどさ……」

「いや、私が危ない時は頼りにしている」

「それじゃあ————」

「鬼が出るか、蛇が出るか……飛び込んでみようじゃないか。その魔窟パーティーとやらに」

「ヤンアル……!」

 

 どこか嬉しそうにヤンアルが答えると、ミキとカレンが席を立ち姿勢を正した。

 

「————ベルティカ様。私も護衛としてお供させてください!」

「パーティーへ参加となると、ヤンアルの衣装替えをする者が必要でしょう」

「……ミキもカレンも……ありがとう……‼︎」

 

 三人の言葉に感激したベルは深々と頭を下げた。

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