第12章 〜Forza〜

041 『弱小領主のダメ息子、使用人の恋路を応援する(1)』

 ————レベイアが家を出てから一週間が経った。

 

 バリアントはまた仕事で家を空けているため、この日の食堂にはベルとヤンアルの姿があった。

 

 二人が昼食を取り終えると同時にカレンが片付けを始める。カレンが食器を持って出て行くのを確認したヤンアルは隣の席のベルに顔を近付けた。

 

「……ベル。少しいいか?」

「ん?」

「カレンのことなんだが……」

「カレンがどうかしたのかい?」

「うん、最近元気がないと思わないか?」

 

 ヤンアルの言葉にベルはアゴに指を当てて思い返してみた。

 

 カレンは普段からあまり感情を表情に出すタイプではないが、言われてみれば少し沈んでいるように見えるし、口数も減っているように思えた。

 

「……そう言われれば確かに……まあ、仲の良かったレベイアが居なくなってしまったから無理もないな」

「やっぱりそうか……」

「カレンはレベイアの物心がつく前から世話をしてくれていたから、もしかしたらレベイアのことを妹のように思っていてくれていたのかも知れないな……」

 

 昔を懐かしむようにベルが言うと、ヤンアルの表情が暗くなった。

 

「私はカレンの悲しそうな顔は見たくない」

「そうだね。母上の実家のあるアンヘリーノは同じデルモンテ州だし、落ち着いた頃にカレンを連れて様子を見に行ってみようか」

「それは良い考えだが、それとは別に何か贈り物をしてはどうだろうか」

「プレゼントか! 良いね、きっと喜んでくれるよ!」

「そこで相談なんだが、カレンが喜びそうな物を選ぶのを手伝ってくれないか? 私はそういうのにうとくて……」

「もちろん! 俺で良ければ付き合うよ!」

 

 ベルが返事をした時、食後のエスプレッソを持ってミキが戻って来た。慣れた手つきでカップに注ぐミキの姿を見たベルが何か閃いたように口を開く。

 

「————ヤンアル。カレンが喜びそうなことをもう一つ思いついたぞ」

「なんだ、それは?」

 

 ベルは答える代わりに意味深な笑みを浮かべた。そこにミキが淹れたてのエスプレッソを差し出す。

 

「どうぞ、ベルティカ様」

「ありがとう。ところでミケーレ、最近カレンの元気がないとは思わないか?」

「はあ、そうでしょうか?」

「いや、毎日カレンの表情を見てて気付かないか?」

「うーん……、ですがカレンはいつも無表情に近いと言いますか……」

「…………」

 

 ベルの考えが分かったヤンアルが小声で話しかける。

 

(……カレンはいったいミキのどこを気に入っているんだ?)

(まあ、黙っていれば長身な上に男前で腕っぷしも強いからな……)

 

 自分も同じ系統の人間だということを棚に上げて、ベルは再びミキへと向き直った。

 

「……ミケーレ、明日は休んでいいからカレンを食事にでも連れて行ってやれ」

「は? 食事ですか……? 食事なら使用人の休憩室でいつも一緒に取っていますが……」

 

 あまりの察しの悪さにベルはテーブルを叩いた。  

 

「————そういうことじゃないだろう! 店だ店! リストランテ! ほら、言ってみろ!」

「リ、リストランテ……」

「……よし。店は俺が予約しておくから明日の夜は空けておけよ。あ、もちろん正装でな」

「は、はい……?」

 

 首をひねりながら食堂を出て行くミキの姿を見つめながらヤンアルがつぶやく。

 

「……ベル。あの様子ではおそらく主旨を理解していないぞ」

「うん、俺もそう思う」

『…………』

 

 二人は同時にエスプレッソを口に含んだ。

 

「————ま、まあ、それはそれとしてプレゼントを買いに、これからガラテーアに行かないか?」

「うん、ありがとう! ベル!」

 

 

              ◇

 

 

 ————一時間後、二人はガラテーアへ到着した。

 

 ベルは馬車から降りるヤンアルに手を貸しながらいたずらな笑みを浮かべる。

 

「ヤンアル、今度は一人でフラフラと行かないでくれよ?」

「む……、今度は大丈夫だ。今の私は会話も出来るし、読み書きも問題ない。万が一迷っても対処できる」

「はは、冗談だよ」

 

 ベルの冗談に口を尖らせたヤンアルだったが、何かに気付いた様子でキョロキョロと周りを見回した。

 

「どうしたんだい、ヤンアル?」

「……何か視線を感じる気がする」

「視線?」

 

 そう言われてベルも周囲を確認すると、確かに道ゆく人たちがこちらをチラチラと見てコソコソと小声で話し込む様子が眼に入った。ベルは照れ臭そうに苦笑いを浮かべる。

 

「……有名人のツライところだな。さあ、ヤンアル。あまり気にしないでカレンのプレゼントを買いに行こう」

「う、うん……、贈り物は何がいいだろう? 確かカレンは『白』が好きだったな」

「それなんだが服や靴なんかはサイズが難しいから日常的に使えるものがいいんじゃないかと思うんだ」

「なるほど」

「そこで考えたんだが、紅茶のカップなんてどうかな?」

「紅茶のカップ?」

「カレンは紅茶が好きだから使ってくれると思う。色も白いものが多いし、なによりペアカップにすれば————」

 

 ヤンアルはベルの言わんとすることが分かり手を叩いた。

 

「————さすがベルだ! ペアカップならミキと一緒に紅茶を飲むのに使えるな!」

「そういうこと」

 

 無邪気に笑うヤンアルの様子を見てベルは眼を細める。

 

(……今なら聞けるかも知れない)

 

 ベルはこの数日、疑問に思っていたことを思い切って訊いてみることにした。

 

「————ヤンアル」

「ん?」

「その……、俺の気のせいだったらアレなんだが、何か思い出したんじゃないか?」

「…………!」

 

 ベルの言葉にヤンアルの表情が変わった。

 

「……うん。正確に言えば思い出しそうになった、だな」

「思い出しそうに……何をだい?」

「……分からない。でも、大切な人だったような気はしている」

「ヤンアルの大切な人……それって————」

 

 その時、二人の背後からしわがれた声が聞こえた。

 

「おー、ベル様じゃないか!」

 

 振り返ると、矍鑠かくしゃくとした老人が立っているのが見えた。以前、ヤンアルが迷子になった時に捜すのを手伝ってくれたマッシモ爺さんである。

 

「マッシモ爺さん、こんにちは。今日もジュゼッペ爺さんの店に行くのかい?」

「ああ、暇だからのう————っと、こちらの美女は……!」

 

 マッシモ爺さんはヤンアルを指差して固まってしまった。

 

「フフ、そうそう。彼女がこの間言ってたヤンアル————」

「————『伝説の竜姫』様じゃ!」

『え……?』

 

 マッシモ爺さんの言葉にベルとヤンアルは眼を丸くした。

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