040 『弱小領主のダメ息子、母親に襲来される(5)』
————翌朝、所用で出掛けていたバリアントとガスパールが戻ってきた。
書斎でベルから昨日の件の報告を受けたバリアントは長い間沈黙した後、ようやく口を開いた。
「そうか、アレッサンドラがレベイアを引き取りたいと……」
「……申し訳ありません。父上が不在の時に勝手なことを致しました」
「いや……、私の考えもお前と同じだ。私が家を空けていたばかりにお前には損な役回りをさせてしまったな、ベルティカ」
「いえ……」
「……それでレベイアの様子は? 朝食の席にも顔を見せなかったが」
バリアントの質問に控えていたガスパールが答える。
「カレンによりますと昨夜の夕食もお召し上がりになられなかったようです」
「それはいかん。体調を崩してしまう」
「父上、私が食事を運んでもう一度話をしてみましょう」
ベルがソファーから立ち上がったが、バリアントが手で制した。
「いや、
「————それには及びませんわ」
扉の外から毅然とした少女の声が聞こえ、次いで扉がゆっくりと開かれた。そこに立っているのは無論レベイアである。
「レベイア……」
「お帰りなさいませ、お父様。もうお聞き及びと思いますが私、お母様のところでお世話になろうと思います」
レベイアは迷いの無い表情で力強く言い切った。しかし、その目元には涙の痕が赤く残っており、苦渋の決断だったと察せられた。
その健気な様子を眼にしたバリアントは申し訳なさそうにうなずいた。
「……すまない、レベイア……」
「謝らないでください、お父様。私はこの家が嫌になって出て行くのではありません。ガレリオ家の長女として恥ずかしくない
「……そうか。それではカレンを一緒に連れて行きなさい」
娘の不安を少しでも和らげようとするバリアントの提案だったが、レベイアは気遣い無用とばかりに首を軽く横に振った。
「いえ、それには及びません」
「なに……?」
「カレンはガレリオ家に仕える使用人です。家を出る私が連れて行くわけには参りません」
「レベイア……!」
レベイアの後ろに控えるカレンはすでに聞き及んでいたのか、眼を伏せて微動だにしなかった。
「————それではお父様。正午にはお母様が迎えに来られますので、私は出立の準備を致します」
「……うむ」
バリアントに礼をしたレベイアは最後までベルには一瞥もくれず自室へと戻って行った。
娘の背を見送ったバリアントはフウと大きく息をついて、ソファーのベルに向き直った。
「……あの年頃の娘の成長には驚かさせられるな。一日顔を合わせなかった程度で随分大人びて見える」
「実際大人ですよ。私がレベイアと同じ歳の頃はまだ鼻垂れでしたからね」
「フ……、鼻水どころかまだ寝小便もしていなかったか?」
「失敬ですね、父上。おねしょは八歳で卒業しましたよ」
ベルのジョークにバリアントは微笑を浮かべた。
◇
————正午の鐘が鳴り響く頃、ベルとレベイアの母・アレッサンドラが豪華な馬車に乗って再びガレリオ家へとやってきた。
大広間では夫・バリアントと息子・ベルにヤンアル、そしてガスパール、ミキ、カレンほか全使用人がレベイアを送り出すために集合していた。
先頭に立つバリアントが五年ぶりに妻を迎え入れる。
「————久しぶりだな、アレッサンドラ。元気そうでなによりだ」
「ええ、でもあなたは少しお痩せになられたのでは?」
「いや、久しぶりに顔を合わせたからそう見えるだけだろう」
「……そうですか」
バリアントは話を逸らすように隣に立つレベイアの肩に手を掛けた。
「レベイアのことをよろしく頼むぞ、アレッサンドラ」
「突然家を出て行って五年ぶりに帰って来たと思ったら、レベイアを連れて行くだなんてさぞお恨みでしょうね」
「そんな気持ちは微塵も無い。お前も私と同様に、誰よりもレベイアの将来を考えていると理解しているつもりだ」
「…………!」
多少の後ろめたさから軽口を飛ばしてしまったサンドラだが、バリアントの真っ直ぐな瞳に
そんな母の様子に気付いたベルが進み出た。
「母上、私からもお願い致します。どうかレベイアのことを……」
「……ええ、分かっています。さあ行きましょう、レベイア」
「はい」
サンドラに手を引かれて馬車に乗り込もうとした時、レベイアが振り返った。
「————お兄様! 見ていてください! 私、立派な
「な……!」
レベイアは驚くベルにアッカンベーをすると、馬車の扉をピシャリと閉めてしまった。
次第に小さくなっていく馬車の背中を見送りながらベルは苦笑いを浮かべる。
「……我が妹ながらなんてヤツだ。あんなことを考えていたとは」
「お前もウカウカしていたら、本当にレベイアに跡を継がせるかも知れんぞ?」
「父上……、冗談に聞こえませんよ……」
「フフ。さあ、みんな昼食にしよう。仕事も溜まっているしな」
バリアントが声を掛けると使用人たちは各々準備に取り掛かっていった。しかし、ミキは難しい顔をして動こうとしない。そんなミキを不思議に思い、ベルが話しかける。
「どうした、ミケーレ。そんな難しい顔をして?」
「……聞きました。ベルティカ様はレベイア様のためを思って敢えて突き放すような言い方をされたのだと」
「ん……んん、まあな」
確かにその通りではあったが、こうもハッキリ言われるとベルはなんだか首元がむず痒くなった。
「そうであれば、奥様も少しくらいベルティカ様にも優しい言葉を掛けてくだされればと思いまして……」
「…………!」
ベルは感激した様子でミキの背中を叩いた。
「……お前がそう言ってくれるだけで本当にありがたいよ」
「————ミキ、サンドラはそれほど冷たい人間ではないぞ」
「え?」
そばで話を聞いていたヤンアルが突然口を開いた。
「どういうことだい、ヤンアル?」
「うん、昨日ベルが部屋を出て行ってからサンドラがこう言っていた————」
◆
『————驚いたわ』
『え?』
『ベルティカよ。私が家を出るまでのあの子が私に意見をするなんてとても考えられなかったもの』
『そうなのか。私が知るベルは頼り甲斐があって優しいイメージだが』
『……それは誰かさんのせいでしょうね。全く、殿方って美しい女性の前ではすぐにカッコつけたがるんだから』
『誰かとは……』
『とぼけているの?
『わ、私か⁉︎』
『……正直、私はあの子のことを
『…………』
『でも、今のあの子は違う————いえ、変わろうとしている。きっと貴女の影響よ。ありがとう、ヤンアル』
『いや、私は何もしていない。逆に私がベルに世話になりっぱなしだ』
『いいのよ。特別何もしなくても、あの子のそばにいてくれるだけで』
『サンドラ……』
『……ふふ。それにしてもさっきのあの子の芝居がかった様子、いま思い返しても
『やっぱりそうだったのか。ベルがレベイアにあんなことを言うなんておかしいと思っていた』
『やっぱり親子って似るのね。
◆
————サンドラとヤンアルのやり取りを聞いたベルは照れ臭そうに頭を掻いた。
「……母上め、そんなことを……」
「……お、俺は奥様の心情も知らずになんて無礼なことを……‼︎」
今にも馬車を追いかけそうなミキをベルが引き止める。
「ミケーレ! 父上が昼食の準備をと言っていたぞ!」
「————は、はい!」
ミキは慌てて先に行った使用人たちを追いかけて行った。
「……さて、俺たちも行こうか、ヤンアル」
「…………」
「ヤンアル?」
「……ベル、私はこれからもここに居ていいのだろうか……?」
「何を今更。キミさえ良ければいつまでも居てくれていいよ」
「……そうか、ありがとう」
ある種、
「————あれ……?」
ひとり大広間に残されたベルは腕を組んで首をひねった。
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