037 『弱小領主のダメ息子、母親に襲来される(2)』

 五年ぶりに家に戻って来た母・アレッサンドラが取り出した新聞の一面には『ロセリアに伝わる伝説の竜姫、カディナの地に降臨する』するという見出しが踊っていた。

 

「————これは……」

 

 ベルは続く言葉を飲み込んで記事に眼を通した。

 

              *

 

 ————記事の内容を要約すると次の通りである。

 

・先日カディナの失踪事件をトリアーナ県の領主代行が解決したが、その一行の中にこの辺りでは珍しい東洋風の女性がいた。

 

・失踪事件の原因はフレールの泉に棲みついたドラーゴによるものだったが、領主代行が危機に陥った時、東洋風の女性の背からあかい翼が生え、竜を退治してしまった。

 

・華麗に空を駆けて竜を退治するその姿から、その女性をロセリアに伝わる『伝説の騎士』と断定し、女性であったことから『騎士』ではなく『竜姫』と呼称されていた。

 

              *

 

 記事を読み終わったベルが新聞を置くと、アレッサンドラが口を開く。

 

「————『このロセリアの地に数多あまたの災厄が降りかかる時、東の空よりあかき翼を携えし一人の騎士が降臨され、その比類なき神通力によって民は救済されるであろう』……」

「……子供の頃、母上に読んでいただいた絵本にあった一節ですね。それが何か?」

「とぼけるのね、ベルティカ」

「とぼけるも何もただのお伽話とぎばなしでしょう。こんな地方新聞の与太話を信じられているとは、母上もお気持ちがいつまでもお若いですね」

「…………」

 

 ベルは話をはぐらかしながら頭を回転させていた。

 

(……どうしてこんな記事が出ているんだ……⁉︎ ————そうか、あの時ミキが見失ったカップルが新聞社にタレ込んだんだな……いや、そもそも記者だったとも考えられる————)

「————ベルティカ」

 

 アレッサンドラの声に反応してベルは顔を上げた。

 

「それでは魔物を退治したのは誰だと言うの? まさか意気地も無ければやる気も無いあなたではないでしょう?」

「もちろん非才な私ではありません。退治したのはそこにいるミケーレです」

「……そうなの? ミケーレ?」

 

 アレッサンドラの鋭い視線を浴びたミキはしどろもどろになった。

 

「————は、いえ……その、まあ……はい、奥様……」

(嘘は言っていないぞ、俺も蛟竜セルペンテに一太刀浴びせた————とどめを刺したのはヤンアルだが……)

 

 冷や汗を浮かべて眼を逸らすミキをめ付けるように見ながらアレッサンドラがつぶやく。

 

「……確かにカディナの町長が言っていたわね。領主代行のお供に赤髪の屈強な男がいたと……」

 

 この言葉にベルとミキの心臓がキュッと縮み上がった。

 

(……母上め、まさか裏を取っていたのか……! 相変わらずの行動力だ)

(ダメだ……、やはり奥様の方が一枚も二枚も上手うわてだ……!)

「町長はこうも言っていたわ。その赤髪の青年の他に東洋風の褐色の美女もいたとね……」

 

 これは隠し通せそうにないとベルは判断した。

 

「ええ、それは最近雇ったメイドです。私のお気に入りなので、どこに行くにも連れて行っているのですよ」

「しばらく見ない間にあなたも少年から殿方になっていたというわけね。それで? そのメイドは今どこにいるのかしら?」

「……今は席を外しておりますが、何故ですか?」

「母親として、息子を夢中にさせる女性を一目ひとめ見てみたいというのが何かおかしいかしら?」

「い、いえ、そのメイドは異国の出身ゆえ、母上に失礼があってはいけません」

「構わないわ」

 

 アレッサンドラの鋭い眼光が『つべこべ言ってないで連れて来い』と言っている。ベルが何と言い訳しようかと必死に頭を回転させていた時、ノックの音が客間に響いた。渡りに船とばかりにベルが返事をした。

 

「どうした?」

「はい、ベルティカ様。奥様がお越しになられていらっしゃる時に申し訳ございません。その、お客様が見えられておりますがいかが致しましょうか……?」

「客? 誰だ?」

「はい、カディナのトゥット新聞社と名乗られております」

「————新聞社⁉︎」

 

 ベルが素っ頓狂な声を上げると、アレッサンドラが紅茶をひと飲みする。

 

「あらあら、どうやら突撃取材に来たようね」

「……これは母上の差し金ですか……?」

「言葉に気をつけなさい。私がそんなことをするわけがないでしょう。それより、お客様をあまりお待たせするものではありませんよ、ベルティカ」

「…………ッ!」

 

 ベルは忌々いまいましげに歯を食いしばり、来客の取り次ぎに来たメイドに大声で申し付ける。

 

「ウチに『伝説の竜姫』などいないと言って追い返せ! 絶対にヤンアルを出すんじゃないぞ!」

「————か、かしこまりました!」

 

 メイドが慌てて去って行くと、アレッサンドラが妖艶な笑みを浮かべた。

 

「……ふうん、新しいメイドはヤンアルというのね? どんな姿をしているのか楽しみだわ……!」

「あ……!」

 

 すっかりアレッサンドラにペースを乱されたベルは慌てて口元を押さえたが、すでに後の祭りであった。

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