第11章 〜Mamma mia〜

036 『弱小領主のダメ息子、母親に襲来される(1)』

 カディナの町の失踪事件を解決してから十日後、ベルは自室で『神州見聞録』の続きを確認していた。

 

(————ええと、前回読んでいたのは確かこの辺り…………)

 

 

 

 ————『キコウ』を使えない一般人の間でも名が通っている『センシ』のグループは以下の四つである。『東のセイリュウ・ハ』、『西のビャッコ・ハ』、『南のスザク・ハ』、『北のゲンブ・ハ』。それぞれ独自の特色を持っているそうだが、その中でも特に異質なのが『スザク・ハ』であろう。彼ら————いや、彼女らはグループのリーダーから召使いに至るまで所属する構成員が皆女性で、さらに同じ姓を名乗るのである。

 

 

(女性のみ……そういうギルドや盗賊団があるとは聞いたことがあるが、召使いまでも同じ姓を名乗らせるとは確かに珍しいな。他に何か情報は…………)

 

 

 ————彼女らがグループ名に冠する『スザク』とは想像上の聖獣で、我々がよく知る『フェニックス』のようなものと考えてもらえればいいだろう。そして私が『スザク・ハ』が最も異質だと思うのは次の理由からである。聞いたところによると、彼女らは信奉する『スザク』のように空を駆けることが出来るのだという。

 

 

(————空を駆けるだって⁉︎)

 

 

 ————実際にこの眼で見ることは叶わないが、グループカラーである『赤』の衣装を着用し、悠然と大空を駆ける彼女らの美しい姿を想像するだけで、私の心も躍り出しそうだ。

 

 

 

 『シンシュウ国』に関する記述はここで終わっている。ベルは本を閉じて考え込む。

 

(……この本に書いてあることを信用するのなら、ヤンアルは『スザク・ハ』というグループに所属していた拳闘士の一人という可能性が高い。あの強さに赤色を好むところ、そして何よりも空を駆けるという特徴があまりにも合致している……)

 

 しかし、この本からはもう得られる情報はなさそうである。

 

(ガラテーアの図書館や本屋にはめぼしい本が無かったし、州都まで足を伸ばしてみるか……?)

 

 そんなことを考えていると突然、ドアが激しくノックされた。

 

「————ベルティカ様!」

 

 返事をする前にドアが乱暴に開けられ、赤髪の青年が入って来た。

 

「ビックリするじゃないか、ミケーレ。何もやましいことはないが一応返事を聞いてから開けて欲しいんだが……」

 

 椅子から立ち上がったベルは、ミキが珍しく焦った様子であることに気が付いた。

 

「どうした? 確かヤンアルがトレーニング中だったな。もしかして何か壊したとかか?」

「……いえ。その、・・がお越しになられました……!」

「は?」

 

 ベルが訊き返すと、ミキは両手を後ろで組んで大声を上げた。

 

「————アレッサンドラ様がお戻りになられました!」

「何だって⁉︎」

 

 

               ◇

 

 

 いつもの部屋着から少し小洒落こじゃれたジャケットに着替えたベルはミキを引き連れて、客間へとやって来た。

 

 扉の前で深呼吸をしたベルは覚悟を決めたように顔を上げて力強くノックをした。

 

「————お待たせ致しました。ベルティカです」

「……入りなさい」

 

 澄み切っていながらもどこか険のある女性の声を聞いたベルはゴクリと生唾を飲み込んで、ゆっくりと扉を開けた。

 

 部屋の中には優雅に紅茶をたしなむ容姿端麗な婦人の姿があった。歳は40歳くらいだろうか、透き通るような銀髪に切れ長の瞳、レベイアがそのまま成長したような顔立ちである。その後方には初めて見る顔の老人が立っていたが、恐らく婦人お付きの使用人であると思われる。

 

 ベルは婦人の近くに歩み寄って正式な礼を取った。

 

「……お久しぶりです、母上」

「ええ、四……いえ、五年ぶりかしらね。ベルティカ」

 

 ベルの母親————アレッサンドラ=ディ=ガレリオはカップを置いて、五年ぶりに会う息子へ顔を向けた。

 

「相変わらずお若くお美しい。少しも変わりませんね、母上」

「…………」

 

 アレッサンドラは分かり切ったことをと言わんばかりの視線を息子へと送り、ようやく口を開いた。

 

「……あなたも相変わらず無駄にハンサムね。宝の持ち腐れとは正にこのこと」

「ありがとうございます。息子は母親に似ると聞きます。母上には本当に感謝しております」

「…………」

 

 ベルの減らず口を聞いたアレッサンドラはジロリとひと睨みした後、フイッと顔を背けた。

 

「……何をいつまでも突っ立っているの? 早く座りなさい」

「母上を差し置いて上座になど座れません」

「私は家を出ている立場、客間へ案内するように申し付けたのも私です。構わないから座りなさい」

「ですが、母上は正式にガレリオ家から籍を抜いているわけではありません。やはり私が下座へ座りましょう」

 

 なおも譲らないベルの物言いにアレッサンドラの眉がピクリと動いた。

 

「……いいから、座りなさい。命令です」

「命令とあらば仰せのままに」

 

 険しい表情の母親とは対照的に、ニッコリと笑みを浮かべたベルは揚々と上座へ着席した。ベルの着席と同時にミキが紅茶を注いでくれたが、その表情は緊張で引きつっていた。

 

「————それで母上。私の成人の儀にもお顔を見せてくださらなかったのに、今日はどうしてまた?」

「あの時は悪かったわね。どうしても外せないパーティーがあったのよ」

「息子の成人の儀よりも大切なパーティーですか。それはさぞ盛大なものだったのでしょうね」

「ええ、ガレリオ家ではとてももよおせない規模だったわね」

 

 五年ぶりに顔を合わせた母子おやこによる皮肉の応酬に客間の中はピリついた空気が流れ、間に挟まれたミキは生きた心地がしなかった。

 

「…………今日、あの人・・・は……?」

 

 アレッサンドラから父・バリアントの所在を尋ねられたベルの表情が明るくなった。

 

「父上でしたら、残念ながら所用で出掛けておられます。ですが明日には————」

「そう……」

 

 アレッサンドラは興味なさそうにおざなりな返事をした。これは父に会いに来たわけではなさそうだと判断したベルは再び先ほどの質問をする。

 

「父上に会いに来られたのでなければ、五年も間を開けて何用で来られたのです?」

「母親が娘の顔を見に来てはいけなかったかしら?」

「……レベイアならカレンと買い物に出ています。もう少しで帰って来ると思いますので、私はこれで失礼————」

「————待ちなさい、ベルティカ」

 

 席を立とうとしたベルだったが、その言葉に再び腰を下ろした。

 

「ここに来た理由は二つあるの。一つはレベイアに会いに来たこと。そして、もう一つはコレ・・をご覧なさい」

 

 アレッサンドラがシミ一つ無い手を上げると、後方の使用人がある物をテーブルに置いた。

 

「これは……?」

「見て分からないの? デルモンテ州の地方新聞よ」

 

 ムッとしたベルは乱暴に新聞を引ったくった。

 

「いったい、これが何だと————」

 

 その時、ある記事でベルの手が止まった。

 

 そこには『トリアーナ県の領主代行・ベルティカ=ディ=ガレリオ卿、カディナの失踪事件を見事解決する』という見出しがあったのである。ベルは顔を輝かせてアレッサンドラへ視線を送った。

 

「母上……!」

「どこを見ているのです。一面を見なさい」

「一面……?」

 

 五年も家を空けていた母親の突然の来訪の理由が二つと聞いたベルの心には微かな望みが生まれていたが、それは手にした新聞を裏返した瞬間、脆くも崩れ去った。

 

「……『ロセリアに伝わる伝説の竜姫、カディナの地に降臨する』————」

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