031 『弱小領主のダメ息子、領内調査に向かう(4)』
町長の家に泊めてもらったベルたちは翌朝、礼を述べて出発した。
馬を引いて通りに出ると、人通りがまばらだった昨夜とは打って変わって観光客らしき人の姿も見えた。
「なんだ。ワインは製品化していないと言っていたが、結構観光客もいるんじゃないか」
「昔からこの辺りは水源が豊富で新鮮な水を求めて遠方からも人が来るというのを聞いたことがある」
ミキが答えてくれると、ベルには新たな疑問が生まれた。
「それじゃ、その水を推して行けばもっと観光客も増えるんじゃないのか?」
「いや、水源というものは限りがあるし、地元の住民も使うだろう。おそらく今のうちに別の名産を作り出したいんだと思う」
「なるほどね、商魂たくましいというヤツだな」
関心した様子でベルがうなずくと、ヤンアルがあさっての方向を向いているのに気が付いた。
「ヤンアル。また一人で先に行かないでくれよ? 何を見てるんだい?」
「『フレールの泉』を探している」
「フレールの泉?」
おうむ返しするベルに対し、ヤンアルは滑らかな指を北の山間部へと伸ばした。
「おそらくあの辺りにあるはずだ。ベルの家の文献で読んだが、カディナの付近にフレールという大きな泉があるらしい」
「泉に興味があるのかい?」
「うん。なんでも満月の晩には湖面に綺麗に月が映って絶景だそうだ」
「それは素晴らしいな。今夜が満月じゃないのが残念だけど」
「フレールの泉にまつわる逸話なら俺も聞いたことがあるぞ」
残念がるベルとヤンアルの話にミキが加わってきた。
「なんだ、その逸話って?」
「なんでも、カップルで一緒にコインを投げ入れると一生添い遂げられるとかなんとか……」
「へえー……って、ミキ。どうしてお前がそんなロマンチックな話を知ってる? 興味なんか無いだろ」
「あ、ああ。レベイア様から聞いたんだ。キラキラとした瞳でいつか素敵な方と一緒に行ってみたいとおっしゃられていて、それで覚えていた」
「なに? それは兄として先に調査してやらないとな」
「俺が思うに恐らくただの迷信だろう。満月の夜だけでは観光客が集まらないから、昼間でも人を呼べるように地元の住民が流した噂話に過ぎないと思うが」
『…………』
ミキの言葉にベルとヤンアルが顔を見合わせる。
「……なるほど、カレンが言っていた言葉の意味が分かった気がする」
「そうなんだ。これがミキの残念なところなんだ」
「な、なにが残念なんだ……?」
首をひねるミキを無視してベルはヤンアルと会話を続ける。
「行方不明の調査が終わったら行ってみよう、ヤンアル」
「うん。それでこれからどうする?」
「まずはブドウ農家に話を聞いてみようと思う。場所は聞いてる、こっちだ」
「分かった。行こう」
「お、おい、どこが残念なんだ……⁉︎」
やはりは二人はミキの言葉に耳を貸さず、馬にまたがって行ってしまった。
◇
————ブドウ農家に到着した三人は農場主に話を聞いてみた。
「ええ、ウチの従業員が二人失踪したのは本当です」
「その二人が失踪するような原因に何か心当たりは?」
「……そんなものありませんよ! 二人ともウチで作ったブドウを必ず名産ワインにしてみせるって頑張ってくれていたんです! 給料や休みだってしっかり与えていました!」
ベルの質問に農場主が興奮しだし、慌ててミキが間に入った。
「落ち着いてください。なにもあなたを疑っているわけではありません」
「……す、すみません。なにせ二人とも大切な従業員である上に気の良い奴らだったんです……」
「お気持ちお察しします」
「……一人は結婚するために仕事を頑張るって言っていたのに、彼女まで……」
「————まさか、その彼女も……?」
「はい、失踪したうちの一人です」
ここまで黙って聞いていたヤンアルが口を開く。
「その男女は駆け落ちをしたということは考えられないのか?」
「あり得ません。両親にも交際を認められていたそうなので、駆け落ちをする理由がない」
「そうか……」
「仕事中に邪魔をしてすまなかった。話を聞かせてくれてありがとう」
これ以上は得られる情報も無さそうと見たベルが礼を言って農場主の聴取を終えた。
「ベル、次はどうするんだ?」
「うん、失踪した従業員が交際していたという女性の家に行ってみよう」
◇ ◇
————三人は早速農場で聞いた女性の家に行ってみたが、女性の両親はやはり娘が失踪した理由に心当たりは無いとのことだった。
「お願いします、領主様……! どうか娘が失踪した原因を突き止めてください……‼︎」
「ああ、分かった。出来る限りのことはしよう」
女性の両親に約束をして家を出た三人だったが、その表情は皆一様に暗い。
「……手掛かりが無くなってしまったな」
いつもよりトーンの低いヤンアルの言葉にミキがうなずく。
「ああ。残りの二人はカップルの観光客だったらしいが、宿を出た後の足取りが掴めないそうだ」
「……むう……」
難しい顔でヤンアルが腕を組んだと同時にベルがボソリとつぶやく。
「……フレールの泉に行ってみよう」
「おい、ベル。手掛かりが無くなったからと言って、現実逃避して観光はいくらなんでも……」
たしなめるような表情でミキが口を開いたが、ベルは首を横に振った。
「そんなんじゃないさ。ただ、失踪した二人は結婚を考えるような仲だったんだろう? だったら泉に行ってコインを投げ入れていても不思議じゃないと思ったんだ」
「————あ。『男女が一緒にコインを投げ入れると、一生添い遂げられる』ってヤツか……!」
「ああ、それに観光客も男女のカップルだ。他に手掛かりもない以上、行ってみるしかないと思うんだが、どうかな」
「ベルがそう言うなら私は行くぞ」
「…………」
ベルに意見を求められたヤンアルが力強く同意したが、ミキはうつむいて何も答えない。
「ん? ミキ、どうした?」
「いや……、お前がこの事件を真剣に考えていたのに、叱るような物言いをしてすまなかった。俺は自分が恥ずかしい……!」
「————いや、マジメか!」
落ち込むミキにベルがツッコむ様子を見たヤンアルが微笑む。
「……ふふ、生真面目な兄と自由な弟か。良い関係だな」
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