030 『弱小領主のダメ息子、領内調査に向かう(3)』

 ミキの活躍によってダイアウルフの群れを撃退した後、一行は特に問題もなく目的地へと辿り着いた。

 

「————ふう、なんとか陽が落ち切る前に到着できたな。ここがカディナか」

 

 目的地————カディナは山間やまあいの田舎町といった風情で、人通りもまばらである。ベルはキョロキョロと辺りを見回し、意外そうに口を開く。

 

「しかし、陽が落ちたばっかりにしては人が少ないな」

「田舎町っていうのはそんなものだ、ベル。と言ってもガラテーアも州都に比べれば立派な田舎だがな」

 

 ミキが相槌を打つと、ヤンアルが補足する。

 

「ガラテーアの人口が10万人ほどに対して、カディナは5千人程度。州都・アンヘリーノは76万人だな。ミキ、州都に行ったことがあるのか?」

「あ、ああ。以前まえに州都で開かれた剣術大会に出たことがあって、その時にな」

「剣術大会?」

「ミキは凄いんだぞ、ヤンアル! 俺は用事があって付いて行けなかったが、並み居る強豪を抑えてミキが見事優勝したんだ!」

 

 まるで自分の手柄のように話すベルをミキがたしなめる。

 

「よせ、ベル。たまたま運が良かっただけだ」

「そう謙遜するなよ」

「うん、ミキの腕なら当然だろう。それにしても州都か。私が行ったらまた迷子になりそう————」

 

 ヤンアルが苦笑いを浮かべると同時にお腹の虫が鳴った。

 

「……む、すまない」

「ハハ、俺も腹が空いたよ。陽も落ちたことだし、調査は明日にして今日は休もう」

「では、俺が宿を探してこよう」

「いや、ミキ大丈夫だ。調査を依頼してきた町の代表の家に泊まらせてもらう手筈になっている」

「町の代表というと————」

 

 

                ◇

 

 

「————私が町長です」

 

 その老人は玄関を開けるなり真面目な顔でそう言った。ベルは多少面食らった部分もあったが、表情には出さず会釈した。

 

「夜分に失礼。私はベルティカ=ディ=ガレリオ。トリアーナ県の領主である父の体調が優れないため、私が代わりに調査に来た次第です」

「……お待ちしておりました。ガレリオ卿、お供の方々もこのような田舎町にご足労いただき誠にありがとうございます。ガラテーアからお越しいただいてお疲れでしょう。大したおもてなしは出来ませんが、よろしければ夕食を召し上がってください。ベッドも用意しております」

「ありがとう。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

 町長に案内され付いていくベルに続くミキへヤンアルが小声で話しかける。

 

「ミキ。先ほどの町長の様子、何か妙ではなかったか?」

「……代理でベルが寄越されたからだろう」

「どういうことだ?」

「ベルが領民の間で陰でなんて言われてるか知っているか?」

 

 ヤンアルが首を横に振ると、ミキは言いにくそうにさらに声をひそめた。

 

「————『弱小領主のダメ息子』さ」

「弱小領主? 確かにガレリオ家の管理する領地はロセリア王国の中で最も少ないが、ベルはダメ息子なんかではないぞ。腕は大したことないが素性の知れない私を家に置いてくれているし、家族や使用人にも気を遣える優しい人間だと思う」

「うん……。アイツは本当に良いヤツで、人柄は領民にも慕われている。俺も主従関係なく力になりたいと思っているが、次期領主としては向上心に欠けるというか……。その辺りが領民にも伝わってしまっているんだ」

「それならベルも言っていたな。今の暮らしに不満はないと」

「……アイツ、やはりそんなことを……」

 

 ミキは立ち止まって振り返った。

 

「————ヤンアル、俺はこの依頼を首尾良く解決させて、領民のベルへの評価を少しでも上げたいと思っているんだ。キミも力を貸してくれないか?」

「勿論だ。ベルのためになることならいくらでも力を貸すぞ……!」

 

 決意を秘めた瞳でヤンアルが拳を握ると背中にあかい粒子が集まり出し、翼を形成し始めた。

 

「ヤンアル! 羽出てる、羽出てる!」

「……む、しまった。つい……」

「おい、二人とも。そんなところに突っ立って何してるんだ?」

 

 二人が付いてこないことを不思議に思ったベルが廊下の曲がり角から顔を覗かせた。ミキはヤンアルを背中で隠して弁明する。

 

「い、いや、なんでもない! すぐに行くから!」

「……? 町長を待たせては悪い。早く来いよ」

 

 ベルの首が引っ込むと、ミキは改めてヤンアルに向き直った。

 

「ヤンアル。ガレリオ家の中なら良いが、やしきの外に出た時は気を付けてくれよ」

「分かった。肝に銘じておく」

 

 

              ◇ ◇

 

 

 ————用意された夕食はガレリオ家で出されるものよりもさらに質素なものではあったが、疲れた身体を癒すには充分であった。

 

「このようなものしか用意できず申し訳ありません」

「いやいや、そんなことはありませんよ。料理も美味いが、このワインが良い。これはどちらの銘柄ですか?」

 

 ワイングラスを傾けながらベルが尋ねると、町長の表情がわずかにほころんだ。

 

「このワインはカディナで栽培しているブドウから作られたものです。製品化はしていませんが、お褒めいただきありがとうございます」

「それは勿体ない! こんなに美味いワインは是非製品化してカディナの名産にするべきですよ。そう思わないか? 二人とも」

「確かに……。無銘のワインとは思えないほどの完成度ですね」

「うん、ガレリオ家で出るワインよりも美味しいと思う」

「おいおい、ヤンアル。それじゃウチは安酒しか飲んでいないみたいじゃないか!」

 

 正直すぎるヤンアルの感想にベルとミキは笑みを浮かべたが、町長はワイングラスを揺らしながら沈んだ顔つきになった。

 

「どうしました? 町長?」

「……実はワインの製品化は私どもとしても進めていたのですが、例の行方不明者の中の二人がブドウの生産に携わっていた者だったのです」

「————五人のうち二人も……⁉︎」

「……はい。それも働き盛りの二十代の若者でした。このような田舎では若い働き手というのは大変貴重でして、二人欠けただけでも栽培農家には大打撃なのです」

「なるほど……、分かりました。これ以上増えないよう、必ず行方不明の原因を突き止めてみせます」

「ありがとうございます、ガレリオ卿……!」

 

 テーブルに手を突いて町長が頭を下げると、ベルはうなずいてワイングラスを掲げてみせた。

 

「任せてください。是非ともこの美味いワインを我が家でも味わいたいですからね」

 

 そう言ってベルは残るワインを飲み干した。

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