029 『弱小領主のダメ息子、領内調査に向かう(2)』

 ガレリオ家のやしきを出発した三人は馬を常歩なみあしで走らせながら今後の方針を話し合っていた。

 

「えっと、カディナは確か東北の方向だったよな」

「はい————」

「カディナはガラテーアから東北に直線距離で約27キロ、街道を通ることで距離は約35キロになる」

 

 ベルとしてはミキに訊いたつもりだったが、ミキが答える前にヤンアルが引き取った。

 

「もちろん直線距離を突っ切った方が距離は短いが、ガラテーアとカディナ間には広大な森や未舗装な荒地があるため、強力な魔物と遭遇する確率高い上に馬が脚を痛めたりする危険性も高まるだろう。私としてはこのまま街道を進んだ方が結局は早く安全に着くと思うが、二人はどうだ?」

『…………』

 

 ヤンアルは平然とした顔でベルとミキに意見を求めたが、二人は眼を丸くしたまま何も答えない。

 

「どうした、二人とも。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。何か可笑おかしなことを言ったか?」

「……い、いや、可笑しなことどころか、どうしてそんな情報を知ってるんだ、ヤンアル⁉︎」

「どうしても何も本で得た知識を口にしただけだが……」

「本だって? まさか、ウチの書庫で読んだ本の内容を全部覚えているのか⁉︎」

「うん、ロセリアの地理なら大体頭に入っている」

『…………‼︎』

 

 こともなげに言うヤンアルにベルとミキは顔を見合わせた。

 

「……聞いたか、ミキ。だ、そうだぞ」

「武術の腕どころか道案内まで……、俺の存在価値とはいったい……」

「……? どうしたんだ、二人とも?」

 

 関わった男たちを軒並み自信喪失させるヤンアルの魔性の女ぶりが発揮された一場面であった。

 

 

                 ◇

 

 

 ————結局、三人はヤンアルの提案通り街道を進んでいた。

 

「それで、後どのくらいでカディナに着くんだ?」

「そうだな、このペースなら————」

「このペースなら陽が落ちる頃にはカディナに着きます、ベルティカ様!」

 

 名誉挽回とばかりに今度はミキがヤンアルの言葉を引ったくった。

 

「急に大きな声を出してどうしたんだ、ミキ」

「言ってやるな、ヤンアル。男には声を大にしなければならない時があるものさ」

「そういうものなのか……む」

「どうしたんだい、ヤンアル?」

 

 何かに気付いた様子のヤンアルの視線を追うと、街道の脇から狼によく似た生き物が十数匹姿を現した。しかし、その身体は通常の狼よりも一回り大きく、ある部分に大きな違いがあった。全身灰色の毛並みであるが、額の部分のみが白い菱形模様になっているのである。

 

「ダイアウルフだ!」

 

 ベルが手綱を引いて声を上げた。ヤンアルはベルを守ろうと馬から降りようとしたが、

 

「ヤンアル、ここは俺に任せてくれ! キミはベルティカ様のそばに!」

 

 いち早く馬を降りたミキが制止する。

 

 ヤンアルはベルへ顔を向けて意見を求めたが、ベルは余裕の表情でうなずくだけである。ベルの意図を察したヤンアルはミキの馬が逃げないように手綱を掴んで引き寄せた。

 

 その間にもダイアウルフの群れは牙を剥き出し、ひとり前に進み出たミキを威嚇する。

 

「来い、ダイアウルフども! 俺が相手だ!」

 

 シャッと剣を抜いてミキが一喝すると、ダイアウルフの群れがせきを切ったように襲い掛かる。

 

「ハアッ!」

 

 気合いの声を上げてミキは剣を横薙ぎに一閃した。大口を開けて飛び掛かってきた先発組の三匹の口が耳どころか後頭部まで裂けてしまったが、三匹は顎より上が吹き飛んでも気付かぬ様子でそのまま駆けて行き、街道の脇に生えている樹に当たってようやく止まった。

 

 仲間が一瞬でやられた残りのダイアウルフは唸り声を上げて動きを止めた。どうやらミキの腕を警戒しているようである。

 

「どうした、来ないのか?」

 

 剣を振って血糊を落としたミキが睨み上げると、群れの中でも一際大きな個体が奇妙な鳴き声を上げた。群れのリーダーと思われる個体の号令に従って他のダイアウルフがミキを取り囲むように散開する。

 

「ベル、やはり私も加勢しようか? 正面から掛かるとやられると見て狼どもが戦法を変えた」

「大丈夫さ。ミキがダイアウルフなんぞにやられるはずがない」

 

 ベルが一笑に付した時、群れのリーダーが再び吠えた。同時にミキを取り囲んだ群れが一斉に飛び掛かる。

 

「————これを待ってたんだ!」

 

 万事休ばんじきゅうすかと思われたミキはその場から跳躍して八方からの攻撃を回避すると同時に、空中から疾風の如き斬撃を繰り出した。着地した時には四匹が斬り刻まれて崩れ落ちた。残ったダイアウルフたちは必中と思っていた攻撃が外され動揺しているようである。ミキはその動揺を見逃さず瞬く間に残りの八匹を斬り伏せた。

 

「……ふう、後はお前だけだな」

 

 ミキに睨まれた群れのリーダーは怯えたように耳を畳むと、尻尾シッポを見せて逃げ出した。

 

「————卑怯者め、逃がさん!」

 

 リーダーにあるまじき振る舞いに激怒したミキは素早く間合いを詰めて、最後のダイアウルフを成敗した。

 

 ミキの戦い振りを見ていたヤンアルが感心したように口を開く。

 

「……なるほど、ベルが信頼するはずだ。突きと斬りで主体とする技は違うが、あの剣速はカレンよりも上だ。間合いの取り方も上手い」

「うん。キミに負けてから修練していたらしいが、以前よりも強くなっているように思うよ」

「お待たせしました、ベルティカ様」

 

 話しているうちに剣を鞘に収めたミキが歩み寄ってきた。

 

「ご苦労様、ミキ。邸を出たんだから、いつもの感じでいいよ」

「ああ、ではそうさせてもらおう」

「ミキ、素晴らしい剣技だったな」

 

 ヤンアルに褒められたミキは笑顔を見せた。

 

「あの跳躍はキミの動きを参考にしたんだ。おかげで上手くいったよ」

「そうだったのか。私はもっと高く跳べると思うが」

 

 謎の対抗意識を見せたヤンアルにベルは吹き出してしまった。

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