第10章 〜Indagine〜

028 『弱小領主のダメ息子、領内調査に向かう(1)』

 ベルを追ってバリアントの部屋を出たヤンアルは、廊下で使用人に何かを申し付けているベルを見つけた。

 

「ベル、カディナへは私と二人で行くのか?」

「いや、そうしたいのは山々だが今回はミキも連れて行く」

「ミキ?」

「ああ、ミケーレさ。キミの技で動きを止められた赤髪の男。キミとカレンの決闘の審判もしてただろう」

 

 ベルの言葉にヤンアルは両腕を組んで考え込む仕草を見せた。

 

「————ああ! 思い出した。私に技を教えて欲しいと言ってきた男だな」

「ミキはああ見えて旅慣れているし、領内の地理なんかも俺よりも詳しい。それに腕も立つしな」

「そうなのか」

「うん、それじゃ早いところ出発したいからキミも身支度をしてきてくれ。多分3日くらいは掛かると思うからそのつもりで。30分後に正門で待ち合わせよう」

「分かった」

 

 コクリとうなずいたヤンアルと別れてベルは自室へと向かった。

 

 

 

 ————30分後、埃除けのフード付きマントを纏い、腰に剣を下げたベルが正門に着くと、見慣れた赤髪の男が三頭の馬と共に立っているのが見えた。

 

「ミケーレ!」

 

 ベルが笑顔を見せて手を振ると、ミキはガッシリと掴んでこちらも白い歯を見せた。ベルは握手しながらミキの顔をマジマジと眺める。気のせいか以前会った時よりも精悍さが増しているように見えた。

 

「しばらく顔を合わせていなかったが、なんだか少し様子が変わったな」

「はい。あれから暇をいただき、おのれを見つめ直して修練を重ねておりました」

「そ、そうか……」

 

 それは使用人としてどうなんだと思わないでもないベルだったが、相手は兄のように慕っているミキであるので、あえて指摘しなかった。

 

「まあ、頼りにしてるよ、ミケーレ」

「お任せください、ベルティカ様」

 

 礼を返したミキは不意に首をキョロキョロとさせた。

 

「……ところで、ヤンアル様は……?」

「ああ、そろそろ来ると思うんだが————っと、言ってるそばから来たぞ」

 

 ベルが指差した方向には動きやすいパンツスタイルに着替えたヤンアルが、レベイアとカレンを伴ってこちらに向かって来るのが見えた。

 

「すまない、ベル。少し遅れてしまった」

「いやいや、女性の身支度を待つのも男のたしなみさ。そのパンツとても似合ってるよ」

「……私も新しい服を着ているのですが、お兄様の眼には入りませんの……?」

 

 膨れっ面のレベイアの言葉にベルは慌てて口を開く。

 

「そんなわけないだろう! とても可愛いよ! いや、それだけじゃないな。溢れる可愛さの中にも大人の女性の美しさが芽生えつつあるぞ、レベイア!」

「そ、そうかしら?」

 

 歯の浮くようなベルの褒め言葉にレベイアはチョロくもほだされたようである。ベルがホッとしている脇でミキがヤンアルの前に進み出た。

 

「お久しぶりです。ヤンアル

「うん。その、以前まえはひどい態度を取ってすまなかった」

「滅相もありません! 私の方こそ急に技を教えて欲しいなどと失礼なことを言いまして申し訳ありませんでした。ヤンアル

「…………」

 

 しかし、何故かヤンアルは不機嫌そうにプイっと顔を背けてしまった。

 

「ヤ、ヤンアル様……?」

「ミケーレ、おそらくヤンアルは『様』を付けられるのがお気に召さないようだぞ」

「ええ? しかし、お客様を呼び捨てにするなど……」

「……そうか、やはりお前は私を家族とは思っていないんだな」

 

 『お客様』と聞いたヤンアルはガックリと肩を落としてミキに背を向けた。

 

「ヤンアル。ミケーレはこの通りどうしようもない朴念仁なのです。どうか気にしないで」

 

 カレンが落ち込むヤンアルの肩を抱いてフォローするかたわら、ベルは戸惑うミキに小声で話しかける。

 

(ミキ、カレンもああやってヤンアルを呼び捨てにしているんだ。お前も早くしろ)

(い、いや、だが客人で『伝説の騎士』かも知れない方を呼び捨てになど……)

(相変わらず融通の効かないヤツだな! そんなだからカレンの気持ちにも気付かないんだ!)

(……? カレンの気持ちって何のことだ……?)

(————ああ、もういい! 命令だ! 今後ヤンアルに敬語を使うことは許さん!)

(な……っ!)

 

 ベルに背中を叩かれたミキはいまだ状況がよく分かっていない様子だったが、ポリポリと後頭部を掻きながらようやく口を開けた。

 

「……ヤ、ヤンアル。何だか良く分からんが、これでいいか?」

「……うん。それでは私もお前のことはミキと呼ぼう」

「あ、ああ。構わない」

 

 この何とも言えない微妙なやり取りを冷めた眼で見ていたレベイアが呆れた様子でつぶやく。

 

「……何なんですの? このつまらない寸劇は……」

「長身で男前で腕も立つのに勿体ないよなあ、ミキって……」

 

 そういう自分も大いに中身で損をしていることに気付いていないベルであった。

 

 

 

 ————三人が騎乗を終えると、レベイアが送り出しの言葉を掛けてきた。

 

「お兄様、お父様のことは私にお任せください。ヤンアル、ミケーレ、お兄様をよろしく頼みますわ」

「ああ、頼んだぞ。可愛い妹よ」

「分かった」

「お任せください、レベイア様!」

 

 三人が各々返事をすると、今度はカレンが進み出た。

 

「……運命を司る幸運の女神よ。どうかこの者らに貴女あなたの加護を授けたまえ————『幸運の女神フォルトゥーナ』!」

 

 呪文を唱えたカレンが手をかざすと、三人の身体がうっすらと金色の光に包まれた。

 

「カレン、今の魔法は……?」

「バフの一種よ。それほど長くは続かないけれど、あなたたちの幸運を祈っているわ。ヤンアル」

「ありがとう、カレン」

「————よし、出発だ!」

 

 ベルの号令にヤンアルとミキがうなずく。三人はカディナの町を目指して手綱を握った。

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