027 『伝説の竜姫、ガレリオ家の家族になる(2)』

 ————翌朝、バリアントに呼び出されたベルはヤンアルを伴って、父の居室へと向かっていた。

 

「ベル、どうしてバリアントは朝食の席にいなかったんだ?」

「……うん、ガスパールの話だと父上は体調を崩されたらしい」

「それはいけない。医者には診せたのか?」

「ああ、掛かりつけの医者によると疲れが溜まったものらしい。元々、父上は身体があまり丈夫ではないし、最近は色々と忙しそうだったからな。無理もない」

「そうか。大きなやまいでないならひとまず安心だな。しっかりと休息を取ればきっとすぐに良くなる」

「……そうだね。ありがとう」

 

 いつもの飄々ひょうひょうとした様子とは打って変わったベルの重い表情に、ヤンアルは返す言葉が見つからない。

 

 そうこうしている間に二人はバリアントの居室の前に着いた。

 

 ベルは深呼吸した後、ゆっくりと扉をノックする。

 

「————ベルティカか、入りなさい」

「失礼します」

 

 バリアントの返事を聞いたベルに続いてヤンアルは部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 

 ————そこは領主の居室とは思えぬほどに殺風景な空間であった。

 

 

 置いてある家具といえば大きな机と本棚、あとは天蓋付きのダブルベッドくらいで、まさに質素倹約を旨とするバリアントの心根を表しているかのようである。

 

「朝食を一緒に取れなくてすまなかったな」

 

 そのダブルベットの中心より右側に身を横たえたバリアントが声を掛けてきた。さっきまではどこか暗い表情を浮かべていたベルだったが、笑みを見せてベッドの脇の椅子に腰掛けた。

 

「いえいえ、父上の分までいただけたおかげで朝からお腹がいっぱいですよ」

「そうか」

「ですが、これが毎日続いてしまうと太ってしまいますので、出来れば明日にでもご快復されるとありがたいです」

「そうだな。善処しよう」

 

 息子の軽口にバリアントはわずかに口角を持ち上げ、次いで視線をベルの後ろに立つヤンアルへと向けた。

 

「ガスパールから聞いたよ、ヤンアル。読み書きを習ったそうだな」

「うん。ガスパールは丁寧に教えてくれた」

「それは良かった。ただ、ガスパールが愚痴を漏らしていたよ」

「愚痴?」

 

 ヤンアルが身を乗り出すと、バリアントは白い歯を見せた。

 

「君が余りにも覚えが良すぎて教え甲斐がないとな」

「ハハッ、それはそうですね!」

「む……、ベルまで……」

 

 ベルに同調にされ、ヤンアルは口を尖らせる。

 

「一日で追い抜かれた俺の身にもなってくれ」

「それはお前の勉強が足りないせいもあるだろう」

「うっ……」

 

 痛いところを突かれたベルがたじろぐと、バリアントは上半身を起こして息子に向き直った。その表情は柔和だった先ほどまで打って変わって引き締まって見える。

 

「————ベルティカ」

「はい」

「呼び出したのはお前に頼みたいことがあるからだ」

「なんなりと」

 

 ベルは背筋を伸ばして父の言葉を待った。

 

「うむ。我が領地のカディナ近辺で、今年に入って行方ゆくえ不明者が5名ほど出ているそうだ」

「カディナ……ですか。あの町の規模で5名は多すぎますね」

「そうだな。それで昨日、町の代表から嘆願書が届いた。行方不明の原因を突き止めて欲しいと」

「分かりました。父上の代わりに私がカディナへ調査へ向かいましょう」

「……すまないな。体調を崩していなければ私が自ら行くのだが————ゴホッ」

 

 話している途中でバリアントは激しく咳き込み出した。

 

「————父上っ!」

「…………大丈夫だ……」

「父上、お話は分かりました。もうお休みになられて————」

 

 明らかに顔色が悪くなった父を横にさせようとベルが腰を上げたところ、横からしなやかな腕が伸びて、バリアントの背を支えた。

 

「ヤンアル……?」

「……静かに。眼をつぶって呼吸を楽にして…………」

「…………?」

 

 言われた通りにバリアントは眼を閉じて深呼吸をしてみた。すると、ヤンアルのてのひらから背中に穏やかな暖かさが伝わって来るのを感じた。

 

(これは…………)

 

 その暖かさはやがて背中から全身に広がり、先ほどまで感じていた疲労感の代わりに不思議な心地良さが身体中を駆け巡るようになった。

 

「……おお……、父上の顔色が……!」

「…………ッ」

 

 額に大粒の汗を浮かべていたヤンアルは、バリアントの顔に血色が戻ったのを確認して手を離した。

 

「……ありがとう、ヤンアル。随分楽になった」

「良かった……! 私もあなたの力になれた。バリアン————いや、ガレリオ卿」

 

 ヤンアルはホッとしたような笑みを浮かべたが、反対にバリアントはムッとした顔つきになった。

 

「ガレリオ卿……?」

「どうやら君は私を家族とは認めてくれていないようだな。残念だ」

「え……?」

「さっきキミもカレンに同じことを言っていたよ、ヤンアル」

 

 横からベルが助け舟を出すと、ヤンアルは頬を朱に染めた。

 

「……バ、バリアント……、元気になって良かった……」

「…………」

 

 初めて会った時も呼び捨てにしていたヤンアルだったが、同じ呼び方でも現在いまとは意味合いが違う。バリアントは眼を細めてウンウンとうなずいた。

 

 ベルはそんな二人の微笑ましい様子を眼に収めると、椅子から立ち上がった。

 

「————父上。それでは私はカディナへと向かいます。ヤンアル、すまないがキミは父上についていてあげてくれないか?」

「ベルティカ、私のことは心配いらん」

「ですが、父上……」

「いいからヤンアルに付いて行ってもらいなさい。きっと彼女はお前の助けになるはずだ。ヤンアル、ベルティカの力になってくれるかね?」

 

 バリアントから頼まれたヤンアルは力強くうなずく。

 

「もちろん。ベルのことは私が守ろう」

「……守る、か……」

「ん? 何か言ったか、ベル?」

「いや、何も。それでは父上、養生なさってください」

 

 ベルはバリアントに礼をして足早に部屋を出て行ってしまった。慌ててヤンアルが後を追いかける。

 

「……フフ、あれ・・にも良い兆しが見えてきたかな」

 

 バリアントは若い二人を眼で追いながらどこか嬉しげにつぶやいた。

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