021 『弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫と服を買いに行く(4)』

 ベルの居場所を知っていると言う三人の男たちの足はズンズンと人気ひとけのない路地へ進んで行く。普通の婦女子ならばこのような裏通りに案内された時点で警戒心が働きそうなものではあるが、男たちの後ろに付いていく褐色の美女は所謂いわゆる『普通の婦女子』ではない。

 

「お前たち、ベルが酒場に入っていくのを見たと言っていたが、まだ先なのか」

 

 ヤンアルが尋ねると、先を行く男たちの一人が口を開く。

 

「……もう少しだよ、ヤンアルさん。なんたって高貴な方々御用達ごようたしの酒場だからね。一般人が簡単に入れないように入り組んだところにあるのさ」

「そういうものなのか。すまない、余計な口を挟んでしまった」

「いやいや、気にしないでよ……っと、言ってるそばから見えてきた。アレだよ」

 

 男が指差した先には見るからに怪しげな建物があり、看板には『Curva Sud』とあるがヤンアルには何と書いてあるのか分からない。

 

「ここにベルがいるのか?」

「ああ。さあ、遠慮なく入ってよ。ベルティカ様のお知り合いなら大歓迎だ」

 

 男に言われるがままにヤンアルは酒場に足を踏み入れた。その後ろ姿を舐め回すように見ながら残りの二人が言葉を交わす。

 

「……なあ、あの女、領主の息子の知り合いっぽいけど連れてきちまって大丈夫なのか?」

「平気だろ。そいつもどうせそこらで引っ掛けただけだろうし、頭のゆるそうな女だからそもそもテキトーなこと言ってるだけかも知んねえ」

「それもそうだな」

 

 ヤンアルが酒場に入ると、薄暗い店内ではガラの悪い男たちが酒を片手に札遊びカードゲームに興じていた。次いで、周囲に眼を向けるとテーブルや椅子、壁や床が所々傷んでいるのが見えた。これで本当に営業しているのか疑わしく思えるほどである。

 

「こんな有り様で客など入るのか?」

「ああ、ごめんねえ。ちょうど今、改装中なんだよ。おい、お前ら! お客様だぜ!」

 

 男が声を張り上げると、札遊びをしていた男たちがヤンアルの姿を見て色めき立った。

 

「おお! すげえ美人じゃねえか!」

「どこで引っ掛けたんだ⁉︎」

「人聞きの悪いことを言うな! 人とはぐれたって言うから連れてきただけだ。さあ、ヤンアルさん。こっちへどうぞ」

 

 店の奥の痛みが少ないテーブルに案内され、ヤンアルは席に着いた。

 

「それで、ベルはどこだ? レベイアとカレンは一緒じゃないのか?」

「……それがねえ、ベルティカ様はお連れの方たちを捜しに、ついさっき出て行っちゃったらしいんだ」

「それなら私も捜しに行こう」

 

 ヤンアルが立ち上がろうとすると、男が慌てて待ったを掛ける。

 

「おっと、ミイラ取りがミイラになっちまうぜ。アンタ見たところ、この街に詳しくねえだろう?」

「む……」

 

 迷子の前科持ちであるヤンアルは男の言葉に従い再び席に腰を下ろす。男は下卑た笑みを浮かべ、琥珀色の液体が注がれたグラスを差し出した。

 

「……すぐにお戻りになるはずだから、これでも飲みながら待っててよ、ヤンアルさん」

「これは……何かの果実の匂いがする……。これは何という酒だ?」

 

 鼻をスンスンと鳴らしてヤンアルが質問した。

 

「いい鼻してるねー。これはブドウから作られた果実酒さ。でも、そんなに強くないからクイってイッちゃってよ」

「ブドウ酒か。しかし、私は持ち合わせがないぞ」

「そんなの気にしないでいいよ。ベルティカ様のお知り合いからお代はもらえないさ」

「そうか。では、せっかく出してもらったのだし頂くとしよう」

 

 グラスを手に取ったヤンアルはためらいもなく一気に飲み干してしまう。その様子を見た男たちがほくそ笑んだ。

 

(……バカ女が。そいつは飛びっきりアルコール度の高いブランデーだ。そんな一気にあおっちまったら、いくら酒に強かろうがすぐに何にも分からなくなっちまうぜ……!)

 

 

                 ◇

 

 

 はぐれたヤンアルを捜すためレベイアとカレンと別れたベルは街の西側を駆け回っていた。そんな、珍しく焦った様子の彼を見て声を掛ける者があった。

 

「おーい! そんなに急いでどうしたんじゃ、ベル様! またガスパールさんのシゴキから逃げ出したのかい⁉︎」

「違う、違う! ありゃスられた財布を取り戻そうと躍起になってる顔じゃ」

 

 通りの果物屋から野次られたベルは脚を止めて振り返る。

 

「残念だが、どっちもハズレだ! ジュゼッペ爺さんにマッシモ爺さん!」

 

 果物屋を営むジュゼッペと常連客のマッシモ、二人の老人はベルの返事に破顔した。

 

「それじゃあ、何をそんなに急いでるんだね? あっ、分かったぞ。コレじゃろう⁉︎」

 

 ジュゼッペ爺さんが小指を立てると、ベルは苦笑する。

 

「……当たりだ、ジュゼッペ爺さん。実は連れの女性とはぐれてしまってね」

「そりゃあ本当に連れなのかい? フラれた女の尻を追いかけてただけじゃあないのかい!」

「マッシモ爺さん、人聞きの悪いことを言わないでくれ。過去にそういうこともあったかも知れないが、ヤンアルは正真正銘、俺の連れだよ」

「ヤンアル? ここいらじゃ聞かん名前じゃのう」

「そうだ、爺さんたち、ツヤのある黒髪に褐色の肌で真っ白いブラウスを着た二十歳はたちくらいの女性を見なかったか?」

 

 ジュゼッペとマッシモ、二人の老人は顔を見合わせた。

 

「いいや、見なかったのう」

「そのヤンアルちゃんは美人なのかい?」

「そりゃあもう。ヤンアルが美人でなければ、この地球上のどこに美人が存在するんだってレベルさ」

 

 得意気な顔でベルが言うと、ジュゼッペとマッシモが立ち上がった。

 

「————よし、ベル様がそこまで言うなら捜すのを手伝おう! どうあってもヤンアルちゃんの顔を見たくなった!」

「ワシも知り合いに見た者がおらんか聞いてみよう!」

「お、おい! ジュゼッペ爺さん、店はどうするんだ⁉︎」

「ベル様が店番をしといてくれ!」

 

 そう言い残すと、ジュゼッペとマッシモは街の中心部へ駆け込んでいってしまった。ベルはさっきまでジュゼッペ爺さんが座っていた椅子に腰掛けると、木製のカゴいっぱいに陳列されたリンゴに手を伸ばす。

 

「……本当に騒がしい爺さんたちだな」

 

 どこか嬉しそうにベルは真っ赤なリンゴを一噛みした。

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