020 『弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫と服を買いに行く(3)』
ガラテーアの街の入り口に到着すると
「ベルティカ様、着きましたよ。ガラテーアです」
「ああ、ありがとう。夕方の鐘が鳴る頃に戻って来るから、それまで休憩しておいてくれ」
「これは、ありがとうございます」
ベルから
「あと、頑張ってくれた二頭の馬くんにも水と餌を与えてやってくれよ?」
「はい、もちろんですとも」
四人が馬車から降りると、ベルは大きく伸びをした。
「さてと……、それじゃあ早速ヤンアルの服を見に————」
ベルはヤンアルの方へ顔を向けたが、その姿が見えない。
「あれ? ヤンアルはどこへ行った?」
「え? さっき一緒に馬車から降りましたのに……。カレン、あなたは見ていないかしら?」
「申し訳ございません。一瞬眼を離した隙に見失ってしまいました」
『…………』
ベルとレベイアとカレンは無言で顔を見合わせた。
「……ま、まさか、誘拐……⁉︎ ど、どうしましょう、お兄様……‼︎」
悲壮な顔つきでレベイアが分かりやすく取り乱す。
「落ち着け、レベイア! 今の今で誘拐は考えづらい!」
「ええ、ヤンアル様の技量からして誘拐の線は薄いと思われます。可能性が高いのは…………」
「————単純にフラフラと先に行ってしまっている……」
口元に指を当ててベルが言うと、カレンはコクリとうなずいて同意した。
「要するに迷子ではありませんか!」
「そうとも言うな」
「何を落ち着いているのです、お兄様! 見知らぬ街に独りで、ヤンアルが危険な目に遭ったらどうなさいますの⁉︎」
「危険な目か……。俺はどちらかと言うと、その反対になってしまわないかと心配しているんだが」
「ど、どういうことですの……⁉︎」
レベイアが問うと、カレンが代わりに答える。
「レベイア様。ベルティカ様は、例えばですがヤンアル様が街の無頼漢に過剰防衛をなさらないかと危惧されていらっしゃいます」
「そう、ヤンアルのあの見た目だ。街のゴロツキが良からぬ考えで声を掛けてきても全く不思議じゃない」
『…………』
三人は再び無言でその様子を思い浮かべてみた。
「……ヤンアルが
「その想像が現実になる前に捜し出さないといけないな。よし、二手に別れよう。俺は西側を捜すから、レベイアとカレンは二人で東側を頼む」
「お待ちになって! 私たちまで離れてしまったら迷子が増えませんこと⁉︎」
「それでは、見つけられてもそうでなくても一時間後に
カレンの提案にベルは親指を立てる。
「さすがだ、カレン。そうしよう!」
「お兄様、お気をつけて!」
レベイアの声にベルは手を振って応え、街の西側へと走っていった。
◇
————馬車から降りたヤンアルは、ベルの予想した通り一人でフラフラと街の中に入ってしまっていた。
(……ここが『がらてーあ』の街……。今まで見たことのない街並みだ。建物の形や通りを歩く人々の服装に流れる風の匂い、何もかもが私が知っているものと全く別世界だ……)
ここまで思考を巡らせたヤンアルは、ふと或ることに気付いて脚を止めた。
(……レベイアに言われた通りだ。今まで見たことがないと言っておきながら、私は以前のことを何一つ明確に覚えていない。それでどうして初めて見るなどと言えるんだ……)
どこか矛盾している自分を滑稽に思い、ヤンアルは苦笑した。
(……それでもベルやレベイアは突然現れた私を家においてくれて、あまつさえ新しい
ベルやレベイアのことに思い至り、ヤンアルはキョロキョロと辺りを見回してみたが、通りには見慣れない顔ばかりで一緒に来た三人の姿はない。
(……なんてことだ。この歳になって迷子になってしまった……!)
自分の正確な年齢も分からないヤンアルだが、軽いショックを受けて頭を抱えた。なんとか持ち直して再び周りに眼を配ると、少し行った先に一際背の高い建物が見えた。
(……あれは鐘楼か……? よし、あれに登って高台から見下ろせばベルたちを捜しやすい————)
ヤンアルは跳躍して一気に鐘楼に飛び移ろうと考えたが、せっかく浮かんだ名案を打ち消すように突然頭をブンブンと振った。
(————駄目だ。ベルたちにも目立つような真似は慎むように言われた。となればどうするか…………)
腕を組んで考え込んでいると、
「————お姉さん、お姉さん。道の真ん中でウンウンうなってどうしたのー?」
背後からの軽い声にヤンアルは振り返った。そこには三人のチャラそうな男たちがニヤついた顔で立っているのが見えた。
「おお! 振り返っても美人だ!」
「確かに、ここらじゃ見ない顔つきだけどな」
「それに見ろよ、あれ……!」
三人組の男たちは視線を少し下に下げて、ヤンアルの開いた胸元を凝視する。ニヤついた顔がますます緩みだしたが、ヤンアルは気にせず問い掛ける。
「なんだお前たちは? 私に何か用か?」
「いや、用っていうか……なあ?」
「ああ、お姉さんが困ってそうだから大丈夫かなって思ってさ」
「確かに私は今困っている。お前たちベルを見なかったか?」
「ベル……?」
男たちは首を傾げて顔を見合わせた。
「ベルってなんのことだい、お姉さん」
「ベルはベルだ。いや、待て……確か『ベル……ティカ』と呼ばれていた」
「ベルティカ? ベルティカって、どっかで聞いたような……」
「ああ、確かに……」
「……あれじゃねえか? ここの領主のヘボ息子の名前がベルティカだった気がすっけど」
「そうだ。ベルは領主の息子だと言っていた」
『…………』
ヤンアルの言葉を聞いた男たちが再び顔を見合わせる。
「……お姉さん。ベルティカ様ならこの先の酒場に入って行くのを見たぜ」
「————本当か! 悪いが案内してくれないか?」
「いいとも。それでお姉さんは、えっと……」
「私はヤンアルと言う。よろしく頼む」
「ヤンアルさんね。さあ、こっちだ……」
ヤンアルは疑いもせずに男たちの後について行った。
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