019 『弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫と服を買いに行く(2)』

 突然のレベイアの提案にヤンアルが聞き返す。

 

「もしや私のころもを買いに行くのか?」

「ええ、これはカレンの提案ですわ」

「カレンの?」

 

 ヤンアルが顔を向けると、カレンはコクリとうなずいた。

 

「はい。私がヤンアル様のお召し物を斬り裂いてしまったのですから、その償いをさせていただきたく思いまして」

「そんなことは気にしなくていい。決闘の上でのことだし、避けられなかった私が悪い」

「いえ、いつまでも私の服をヤンアル様に着ていただくわけにも参りません。それに私は白い服しか持っておりませんので」

「む……」

 

 ヤンアルが言葉に詰まると、ベルがパンっと手を叩く。

 

「そうだぞ、ヤンアル! この屋敷にはキミと背格好が近いのはカレンくらいしかいない。そのカレンが白い服しか持っていないとなると買いに行くしかないじゃないか!」

 

 さすがに胸のサイズが違い過ぎるとは口が裂けても言えないベルであった。

 

「しかし、私は持ち合わせがないぞ」

「キミこそ、そんなこと気にするな。決闘で破られたのなら責任は俺にもある。代金は俺が持つさ」

 

 ベルが得意気に胸を叩くと、レベイアが嫌そうな表情を浮かべる。

 

「え……、もしやお兄様も付いてくるおつもりですの?」

「おいおい、財布だけ出させる気か? もちろん付いていくぞ」

「仕方ありませんわね。それでは荷物持ちにもなっていただきましょうか」

「荷物持ち……よし、ミケーレも連れて行こう」

 

 ミキに荷物持ちの役目を押し付けようとベルは考えた。

 

「ベルティカ様、ミケーレは難しいと思います」

「ん? まさか体調でも悪いのか?」

「いえ、ヤンアル様に弱い男と言われたことを気に病んで訓練に躍起になっております」

「あ……そう」

 

 当てが外れたベルだったが、気を取り直して入り口へ手を差し伸ばした。

 

「さあ、ヤンアル。何も気にしないで行こう。街へ行くのは初めてだろう。きっと楽しいぞ」

「分かった。世話になる」

「カレン。私たちも参りますわよ」

「かしこまりました。レベイア様」

 

 追い立てるようにヤンアルたちを書庫から出したベルは懐の『神州見聞録』へ手をやった。

 

(……これはまた後でじっくりと読むことにしよう)

 

 

                  ◇

 

 

 屋敷を出発したベルたち四人は舗装されていない田舎道を馬車でゆったりと進んでいた。

 

「————すごいな。こんな立派な馬車に乗ったのは初めてだ」

 

 興味深そうに小窓から外を眺めながらヤンアルがつぶやいた。

 

「そうなのかい? 至って普通の馬車だと思うが」

 

 隣に座るベルの言葉にヤンアルは首を振って答える。

 

「私が知っているのは荷車の上に傘が差してあるような質素な造りのもので、こんな屋根や窓があって長椅子まで備えているような馬車は初体験だ」

「ふうん……、貴女あなたの言うその馬車はどこで乗ったのかは思い出せて?」

「…………分からない。思い出せない……」

 

 向かい合うレベイアの質問にヤンアルの表情が曇る。

 

(……『シンシュウ』という国の名を言ってみれば何かしらの反応があるかも知れないが、またヤンアルが頭痛を起こしてしまうことになれば可哀想だ。もう少し様子を見るか)

 

 そう考えたベルは喉から出掛かった言葉をグッと堪えて話題を変える。

 

「————それにしても馬車は優雅だが、やっぱりスピードに欠けるな。ちょうど馬が二頭いるわけだし、二組に分かれて直接乗って行かないか?」

「そんなの嫌ですわ。直接馬に乗るなんて怖いし、揺れますもの!」

「では、『身体能力強化技ばふ』を掛けた私とカレンがベルとレベイアを抱えて走って行くというのはどうだ?」

「もっと嫌ですわ! はしたないし恥ずかしい!」

「そうですね。街の方たちが驚いてしまうでしょうし、わざわざ目立つ必要もないと思います」

「む……」

 

 レベイアとカレンに自分のアイデアを否定されたヤンアルは少し口を尖らせる。

 

「そうだ、ヤンアル。注文をつけて申し訳ないが、街の中であのあかい翼を出すのもこらえてくれよ?」

「何故だ? ベル」

「さっきカレンが言ったように目立つだけならともかく、例えば心臓の弱い老人がアレを見たら最悪の結末を迎えてしまうことになるかも知れない」

「分かった」

 

 神妙な表情でヤンアルがコクリとうなずくと、レベイアが問い掛ける。

 

「……以前まえから訊きたかったのですけれど、あのあかい翼は一体なんですの? どういった原理で宙に浮かんでいられるのかしら?」

「原理……と訊かれても、私にも分からない」

「また分からないって……、それでどうして使えているんですの……⁉︎」

「……身体が覚えているとしか言えない。あの『身体能力強化技ばふ』もカレンやミケーレの動きを止めた技もそうだ……」

 

 また頭が痛み出したのかヤンアルは顔をしかめながら答えた。

 

「————レベイア。気持ちは分かるが、急いで聞き出すことはやめよう。ヤンアルが自然と思い出すのをゆっくり待とうじゃないか」

「……ええ、承知しましたわ。問い詰めるような物言いになってごめんなさい、ヤンアル」

 

 レベイアが素直に謝ると、ヤンアルは柔らかな笑みを浮かべた。

 

「いや、いいんだ。気にしないでくれ、レベイア。それにベルも私を気遣ってくれてありがとう」

「どういたしまして————っと、もう少しで街に到着しそうだな」

「どうして外も見ないで分かるんだ?」

「ふふ、さっきまでと比べて馬車の揺れが収まっているだろう? 街が近くなって街道が舗装されているのさ」

「成程、確かに言われてみれば……、ところでその街は何と言うんだ?」

「ガラテーアだよ。一応トリアーナ県の中では一番栄えている街さ。きっとキミに似合う服が見つかるよ」

 

 ベルは親指を立ててウインクして見せた。

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