僕の血縁がおかしい

城之内

血筋に選ばれすぎた主人公



 唯一無二の存在になりたかった。


 前世の僕は、代わりなんて誰にでも務まる人間だった。


 友人も少なく、恋人はいない。

 仕事も毎日同じ業務の繰り返し。


 天涯孤独のまま過労死した。


 死んだところで、誰も何も思わないだろう。すぐに忘れ去られ、世界は同じように回り続ける。


 それが悔しかった。ただただ悔しかった。


 こうなったのは、全ては環境と才能のせいだ。努力できる環境にいなかった。努力しても才能がなかった。


 僕はすべてにおいて恵まれなかった。


 とは言え、それでも僕は運が良い方なのかもしれない。

 異世界転生。


 第二の人生を与えて貰えたのだ。


 物心がつきはじめた最近になって、そのことを自覚し始めた。


 だから今度こそ、多くの人から必要とされる人間になりたい。

 特別な存在になりたい。


 物語の主人公だって、才能だけじゃなくて血筋に恵まれているケースが非常に多い。


 つまり僕だって、思い描いた自分になれたはずなのだ。


「――そう確かに望んだよ。とは言え、これはやりすぎだろ」


 ぼそりと呟いた僕――ウィル・ドラシオン・ラナフォードの言葉は誰にも届かない。


 屋敷を中心として辺りに配置された広大な庭。そこにはあり得ない風景が広がっている。

 森林、火山、川、砂漠、凍土。


 あらゆる環境で戦えるように、魔法で疑似的に作られた鍛錬場でもあるこの庭の前で、僕は死んだような目で喧嘩をし始めた家族を見つめた。


「――もういいだろ、ウィルは俺の子だ。将来は【勇者】にするために剣と神聖魔法を教える!」


「アラン。貴方の子でもありますが、【大魔術師】である私の子でもあるのです。精霊と契約させ、属性魔法を極めさせて将来は宮廷魔術師にさせます」


「……待つのだ、二人とも。この子はお前たちの子である前に【拳聖】である儂の孫だ。魔法など男児にはいらん。身体を鍛え、拳一つで全てに打ち勝てるように育てるべきだ」


「いいえ、アル。魔力等級が既に私に迫るほど高いこの子には魔法こそを教えるべきよ。それも【賢者】である私のように、神聖魔法や属性魔法に限らず、召喚魔法に付与魔法、錬金魔法といった幅広い魔法を全て納めさせたほうが良いわ」


「申し訳ないが、父さんと母さんは黙っていてくださいッ、ウィルは【勇者】一択なの! 【勇者】が一番かっこいいんだからッ」


「カッコよさで決めないでください、勇者なんかほぼ無職と同じです! 私はこの子が職に困らないように、宮廷魔術師としての席をですね――」


 再び激しくなっていく言い争いの輪から外れ、僕は引きつった表情でそっとその場を後にする。


 父に持たされた木剣と、母から持たされた分厚い魔法書を交互に眺めながら、僕はため息を吐いた。


「――血縁どうなってんだよ」


 僕が生まれた貴族家、ラナフォード辺境伯家はおかしい。


 その最たるものが血縁だ。


 マントを羽織り、仕立ての良い服を着た漆黒の髪に精悍な顔つきの父アラン・ドラシオン・ラナフォードは、この世界に数体いる人類の宿敵、魔王討伐を果たした生ける伝説である【勇者】だ。


 屋敷にはひっきりなしにファンレターが届くほどの人気ぶりで、王都には父の姿を模した銅像が観光名所の一つとしてあるらしい。


 そして豪華なローブを着た背の低い童顔銀髪美女の母シエラは父の元パーティメンバーであり、今は王城に努めている宮廷魔術師第一席、通称【大魔術師】である。


 戦争で使った大規模魔法によって魔王軍の兵士を数万人殺したため、【滅殺の魔女】とも言われ非常に恐れられているらしい。


 これだけでも僕は超エリート同士のハイブリッドだが、それだけではない。

 祖父母もヤバい。


 祖父は元々【拳聖】と謳われる英雄であり、祖母は国王の相談役であり、全ての魔法体系を修めた【賢者】と呼ばれている。


 それ以外にも、先祖に竜の血を飲んだ英雄がいたり、はたまた屍を生きた屍アンデッドに変え、ある都市を壊滅させた犯罪者も排出していたり、とにかくヤバい奴しかいない。


 ラナフォードの家系をたどるだけで、歴史書に刻まれたほとんどの英雄たちの名前を勉強できる始末だ。


 そして当然、その英雄たちが結集した家の後継、僕という存在にかかる期待は重い。

 ものすごく重い。


 何せ勇者と大魔術師の息子で剣聖と賢者の孫なのだ。


 特別な存在になりたいと、前世では強く願った。

 だが限度があるだろう。そう思わずにはいられない。


 家族は四歳の誕生日を迎え、物心がついてきた僕の教育方針で揉めている。

 ちなみにこの光景は最近になってほぼ毎日繰り広げられるようになった。もはや日課といっても過言ではない。


「……飽きないのだろうか」

 

 噴水の縁に座り、膝に肘を置いて頬杖をつきながら見つめる僕の隣から、聞き覚えのある声が聞こえた。


「それだけ皆様、ウィル様に期待しておられるのです。無限の可能性を見ているのです」


 首を捻りながら見上げると、白髪交じりの初老の執事が非常に親しみやすい笑みを浮かべていた。


「……いや、うん。いつからいた?」


 彼の名はグウェン。

 ラナフォード家の執事長をしている。


 彼には気配がない。そしていつも足音が聞こえない。


「執事ならば、主に気配を悟られずに近づくことは必須の技術です」


「……執事ってなんだっけ?」


 僕はグウェンから視線を逸らした。

 執事じゃなくて暗殺者の間違いだろ、と内心で毒づく。


「……というか何でこの場に? もしかしてグウェンならアレを止められる?」


 いつまで経っても鍛錬が始まらない現状は僕としても嫌だった。


「いえ、残念ながら英雄には凡百の言葉など届きません。ですので、この国で英雄を従えられる唯一絶対の権威を持つお方、ウィル様の伯母上様に仲裁していただくために来ていただきました」


 その言葉に、僕は天を見上げた。


 雲一つない青空を見上げながら現実逃避する。

 柱廊の影から、二人の騎士を引き連れた豪華なドレス姿の女性が現れた。


 彼女は僕にウインクした後、言い争う四人の元へ近付いていく。


「――何をしているのですか、貴方たちは」


「今大事な話の最中だ、部外者は――」


 父が唐突に言葉を止めた。


 母も目を見張り、祖父母も狼狽した。


「女王陛下……」


 何かの間違いではない。


 僕の血縁は自重してくれない。


「話を聞いて来てみれば、あの子の可能性を貴方達が狭めるべきではないわ。将来どんな職についてもやっていけるように、あなた達の全てを教えなさい。どれか一つに絞る必要もない。全てをあの子に」


 ウィルならできるでしょうと、女王は簡単に言った。


「何故なら勇者と大魔術師の息子にして、拳聖と賢者の孫なのだから」


 その言葉に、


「「なるほど、確かに」」


 四人の英雄の声が重なった。


 それはつまり、


「剣と神聖魔法、あと魔物学は勇者である俺が」


「……ならば儂は体術を教えよう。いつ何時も武器があるとは限らんしな」


「私はもちろん属性魔法を」


「ではそれ以外の魔法は全て私が教えるわ」


 ようやく家族が僕に視線を戻した。彼らは皆一様に満面の笑みを浮かべている。


 教育方針が固まったようだ。


 しかし正直に言うと、悪寒が止まらない。


「……あの、父さん。全部ってそれは無理があると思うんですが……器用貧乏になりそうです」


「大丈夫だ、問題ない」


 アランが親指を立てながら男らしい笑みを浮かべた。何が大丈夫で問題ないのかよくわからない。


「まず魔力に頼り切った戦い方にならないよう魔力の十割を封印して――」


「儂がガキだった頃は身体に常に数百キロの重りをつけて――」


 五歳の誕生日を迎えた僕は師匠を得た。

 しかも四人。


 勇者と大魔術師と拳聖と賢者。


 どうやら血筋に選ばれすぎるのも問題のようだ。

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