第二十七話 黒腕

「ただいま…ってその腕!」


久方ぶりの再会だが、俺は驚愕した。変わらない彼が待っていると思っていたから。


「おかえりー。まあ色々あってな。君が陸朗の友達だな?いらっしゃい」


「お邪魔します。月夜です。早速ですが少し手合わせしませんか?」


「おい、今日はその為に来たんじゃないって…色々聞きたいことがある。鹿目さん教えてください」


「玄関で長話するつもりか?まあ上がれよ話は落ち着いてしよう」


何故俺が鹿目さんの家に戻ってきたか、その疑問に答えるには時間を少し遡らなければならない。


7月に入り気温が上昇、蝉の声が聞こえてくるようになった。

ルキフグスとの戦闘から帰ってきた藤波さんは今までとは比べ物にならないほど成長していた。それは異能力だけでなく精神面でも。その功績もあり赴く任務の危険度は上がった。危険度が上がるという事はそれだけ強い魔物や悪魔と対峙しなければならなくなるという事で、異能力の都合上、前に出なければならない俺は怪我が増えた。授業での実習、模擬戦、それが終わってからの戦闘訓練でも成果は出ない。月夜から一本も取れない俺はどうしようもない、憤りを感じていた。


「ふぅ…」


「らしくないね。綺麗な太刀筋が歪んでるよ」


「るさいな…いやごめん。今のは八つ当たりだ。未だに剣が抜けないし、練習の成果が目に見えて出ないから…」


俺は授業が終わって放課後の自由時間で訓練場に籠る毎日を続けていた。月夜に付き合ってもらいながら続けているが成果は出ていない。


「一朝一夕で出るもんじゃないでしょ。続けることが大事。成長速度に個人差があるのは当たり前。邪念。美琴に追い抜かれて余計に焦ってる」


全くその通りで、俺は何も言えなかった。初めて会った時の藤波さんは受け身で自分の殻に閉じこもって、俺や誰かが守ってあげなければならない人だった。でも変わった。彼女自身が変わることを望んだ。今のままではダメだと。自らの手で殻を破った。そんな彼女が弱いわけがない。守ってあげなければならない人?傲慢だ。


そんなふうに色々と考えていると突然目の先に銀の光が見える。


“逆刃”


考えるよりも先に身体が回避反応を起こした。その一太刀は月夜が放ったもので、地面を抉る刃は俺が先程まで座っていた場所を消し飛ばしていた。


「危っな!!当たったらどーすんだよ!」


「私は当たるように貴方を鍛えてない。それにもし当たっても死ぬことはない。陸朗は色々考え過ぎ。体を動かした方が何倍も有意義」


「この、はぁ〜…やるか」


構え月夜と刀を交える。辺りが暗くなるまで打ち合いは続き、お互いに刀を合わせた時に異変が起こった。


キンッ…!!


「…!?」


「は…?」


合わせた刀を返し、体制を崩した隙を月夜は見逃さず突いたはずだった。陸朗も斬られる覚悟でその刀を受け止めに手を伸ばした。だが両者の思惑とは正反対に物事は進んだ。


月夜は決して手加減はしない。陸朗が治る体質である事もあり遠慮なく肉を断つ。本人曰く「痛みがある方が成長も早い(陸朗を斬りたい)」らしい。陸朗自身もそれを受け入れている(←おかしい)。月夜は今回も腕を斬り裂くつもりだった。だが月夜の刃は肉を断たず、何か硬い物(・・・)に弾かれた。


陸朗自身も驚いている。彼が伸ばした右手の先から肘までの皮膚が黒く変色していたからだ。


(本気ではないけど私は斬るつもりだった。相当な硬度…)


「それ…なに?もしかして加減されてた?だとしたら私凄くムカつくんだけど…」


「いやいやいや、知らない知らない!俺も今初めての現象で驚いてるっての!」


黒く硬くなった右手を左手で確認する。感触は普通の手と変わらない。だが月夜の一撃を防ぐだけの硬度を有する。そして何より陸朗が感じた異質なものはー


「…悪魔の…手?」


長く鋭い爪、黒く変色した皮膚、そしてその硬度。悪魔の持つ体表と酷似していた。


「確かにその手からは悪魔の気配がする。微かだけど…」


「ん?君達まだ訓練場に居たのかい?もう寮に帰りなさい」


「あ、はい。すみません!すぐ出ます!」


施錠に来た梯子さんがまだ残っている俺たちに声をかけた。俺は咄嗟に右手を体の後ろに隠し、月夜の手を引き訓練場を後にする。


寮へ帰宅後、携帯で月夜と連絡を取る。この事は秘密にする事、明日原因を知っているであろう人物へ会いに行く事を話した。するとその返事が『私も行く』だった。そして現在ー


居間に入り机の前に俺が座ると隣に月夜が並んで座る。お茶を持って鹿目さんが机を挟んで俺たちの目の前に座り話が始まった。


「さて、何から話そうか」


「その腕。さっきの陸朗の反応から元々って訳じゃないんでしょ?」


鹿目の左腕は肩から下が無く、ワイシャツが鹿目さんの動きに合わせて力なく揺れていた。


「おい、月夜」


(気になってたけど…)


「まぁ、悪魔と戦っててな。油断しちまってこの様だ。逃がしちまったしな…」


鹿目は油断と言った。だが、陸朗は納得していない。


「鹿目さんに重傷を負わせる程の実力を持った悪魔が呑気に放浪しているなら教会や学園が黙ってるのはおかしい!」


「…」


「本当は何があったんですか?」


少し考えるような素振りを見せたが観念したように話し出した。


「こうなるとお前は、はぁ…死んだと思ってた旧友が訪ねてきた。何年も行方知れずだった奴が急に現れて俺も一瞬反応が遅れた。気づいた時にはアイツは居なくなってたし、俺は片腕を飛ばされてた。ご丁寧に切り口を凍らしてな。お陰でどうにもならない傷が出来ちまった」


鹿目さんは人との繋がりを大事にしている。その人は鹿目さんにとって大事な人で、だから躊躇ってしまったんじゃないか。そう考えてしまう。


「話してくれてありがとうございます。それと無理に聞いてすみません…」


「仰々しい言い方すんなっての…それより聞きたいことってのはお前の体の変化についてか?」


「なんでそれを!?」


「ま、お察しの通り俺はお前が生まれる前から知ってるからな。お前の両親の事も。とりあえず状態を見せてくれ」


「見せるのはいいけど今はなんともないぞ?」


俺は言われた通りに腕を差し出した。次の瞬間、キィンッ!という金属音と共に机が真っ二つに割れた。


「何すんだよ!!」


(見えなかった…てか刀いつの間に抜いたんだよ…月夜といい有無を言わさず斬りかかるのどうにかならないかな…)


「やはりな。お前の危機を察知して自動的に身体を変化させてる。お前の意思とは無関係にな」


鹿目さんの言う通り、俺の右腕はここにくる前に起きた変化と同じように黒化していた。


「なんで急に…今までこんな事無かった」


疑問はそれだ。「何故今なのか」今まで何度も局地に立たされることはあった。だが、これが発現したのは昨日…


「何故今なのかそれは俺にも分からん。だがその変化の事については理解してる。変化の答えを教える為にもまずお前の両親の事を話しておかないとな」


「頼みます」


タバコに火をつけふぅーっと長い溜息を吐き、脈絡も無く話し出した。


「お前の親父は悪魔だ」


「………は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神を信じない俺は 八蜜 @Hatime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る