訪ねてくる
35歳までにFIREして、田舎で自由気ままに暮らす。それが俺の夢だった。俺は、子供の頃から、人と関わることが嫌いだった。人と関わらなくて良い仕事……そんなのは嘘だ。結局、雇うにしても雇われるにしても、人と100%関わらないなんてあり得ない。それがずっと辛かった。ぐっと我慢して、我武者羅に働き、稼いだ金を投資して、ようやく夢を叶えられた。
周りは田んぼと山しかない、お隣さんは数キロ先。なんていいところなんだ。ここなら人と関わらなくて済む。結婚も考えていなかったから、小さな家で十分だ。俺は、青い瓦屋根の家を買った。
夢が叶い、後は俺にとって幸せな毎日が続く。そう思っていたのに、どうしてこんな目に遭わなくてはいけないのか。
初めは2年前。この家に越してきてすぐのことだった。
玄関の引き戸をノックされた。過疎化が進むこの地域には、回覧板なんてものはない。近所付き合いだって避けまくったおかげで、「青瓦のところに引っ越してきたヤツは変わり者だから放っておけ」と思ってもらえるようになった。それなのに、誰だろう。人と関わらなくて済むようにここに越してきたのに。腹立たしさを覚えながら、戸を引くと、奇妙な二人組の姿が目に入った。
一人は顔が真っ黒で、登山者のような服装をしている。体格からして、男だろう。この顔はどうなっているんだろう。思わずジロジロと見てしまった。どの角度から見ても、どれだけ目をこらしても、男の顔は闇そのもので、どんな顔をしているのかわからなかった。
もう一人はというと、ひどく汗をかき疲れ切った顔の、スーツ姿の中年男だった。
「道に迷ってしまって。少し休ませてくれませんか」
顔の見えない男がそういった。こんな得体のしれない連中を家にあげるのなんてごめんだ。俺は「悪いが、うちは休憩所じゃないんでね。ほかをあたってくれ」と追い返した。不気味な二人組が去った後、俺はいつもより念入りに戸締まりをした。その夜は、ほとんど眠れなかった。あいつらが逆恨みして、家を襲撃するのではないか。そんな不安があった。
しかし、俺はいつの間にか眠りにつき、無事に朝を迎えた。
数週間はまたあの二人が家に来るのではないかとビクビクしていた。だが、あのふたり組が家を訪ねてくることは二度となかった。恐怖心は、いつの間にか好奇心へと変わっていた。人と関わることが嫌いな俺だが、隣の家――といっても数キロ離れているのだが――の婆さんを訪ねた。
婆さんは、縁側でまどろんでいた。突然の訪問にも関わらず、婆さんは俺を邪険にすることなく、お茶菓子まで出してくれた。
「そりゃあ、お連れ様じゃのぉ」
俺の話を黙って最後まで聞いた婆さんはそういった。
「お連れ様?」
婆さんはお茶をずずっと啜ると「近くの山に住む、神様みたいなもんじゃ」といった。
「もうひとりの……スーツの男もお連れ様なんですか?」
婆さんは湯呑みを縁側に置くと、黙って奥に引っ込んでいった。どうしたのだろう。俺は茶菓子を食べながら、婆さんが戻って来るのを待った。婆さんは、2~3分で戻ってきた。
戻ってきた婆さんの手には、A4サイズのカラープリント。
「この男だったんじゃないか?」
婆さんに渡された紙を見ると、例のスーツの男が印刷されていた。普段着のようだが、あのスーツの男に間違いない。紙には「■■ ■■さんを探しています」と書かれていた。
「この人でした……行方不明?」
「このビラは、この前街に行ったときにもらったもんじゃ。お連れ様は、この近くの人間を連れて行く。連れて行かれた者が帰ってくることはない」
嫌な考えが頭をよぎる。
この男を最後に見たのは自分ということになるのだろう。あのとき、あのふたり組を家にあげて、休ませてやったら、この人は行方不明にならずに済んだのだろうかーー。
「自分を責めてはいかん。あんたは知らんかったんじゃから」
婆さんは、俺の心を見透かしているかのように、そういった。そう言ってくれた。
「ただ、あんたにはまだできることがある。次、お連れ様が来たら、たらふく食べさせるんじゃ。お連れ様が満腹になるか、連れ歩かれている人間が満腹になって眠ってしまえば、助けられる」
「ですが、次お連れ様がいつ来るかなんて――」
「毎年同じ日にくる。そういうものなんじゃ」
それから、俺は毎年ご馳走を用意してお連れ様たちを待った。だが、いつも結果は同じ。どんなに食べ物を用意しても、人間が腹いっぱい食べる暇もない速度で、お連れ様はぺろりと完食してしまう。そのたびに、隣の婆さんに「また助けられなかった」と零した。婆さんは優しく笑って「あんまり責めるな。居なくなった人も、あんたを恨んだりしていない。お連れ様に選ばれちまったら、仕方ねえんだ」と頭を撫でてくれた。
あれだけ人付き合いが嫌いだった俺が、いつの間にか婆さんとは交流するようになっていた。共通点なんてほとんどないのに、婆さんと一緒にいると楽しいし、疲れることも、辛くなることもなかった。
また今年もお連れ様の来る日が近づいてきた。不安な気持ちを婆さんに話すと、少しだけ楽になった。俺はできる限りたくさんの食事を用意して、お連れ様を待つだけだ。
そしてまたこの日がやってきて、いつものように引き戸が叩かれた。俺が戸を引くと、そこにはお連れ様と婆さんが立っていた。
「道に迷ってしまって。少し休ませてくれませんか」
俺は膝から崩れ落ちた。
「頼むよ、お連れ様。婆さんを連れて行かないでくれ。その人は、いい人なんだ。その人だけは……」
婆さんは、これまでお連れ様が連れてきた人同様、ぼうっとしている。俺のこともわかっていないようだった。
お連れ様は繰り返す。
「道に迷ってしまって。少し休ませてくれませんか」
たえがたい 伴野えい @lobelia_ei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。たえがたいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます