第19話 デートの準備
念願だった、颯くんと恋人関係になった翌日。つまり、初デートの日。その日、私は一睡もできなかった。
颯くんと付き合うことになった喜び。早速の初デート。しかもそれが、颯くんが私のために選んでくれた服を買いに行くという嬉しい理由。これからは、大々的に颯くんと仲良くできるという喜び。そういった興奮もある中、不安や緊張、心配もあった。明日のデートどういった服を着て行こうかという悩み事。その服を着て颯くんに褒められるかという不安。初デートという緊張。デート中に何か失態をして、嫌われないかという心配。それらが、頭の中で延々とループし続けた結果、気づけば、翌朝になっていた。
一睡もできなかったから頭がズキズキする。これからデートだというのに眠すぎる。もしかしたら、目の下にクマができているかもしれない。そんな顔を颯くんに見せると考えると最悪だった。
デート、別日にしてもらおうかなぁ……。
そんなことを考えながら、私は顔を洗うべく洗面所へと向かった。そこには、すでに颯くんがいた。
「あっ、霞。おはよ」
私はバッ! とクマができているあもしれない顔を隠すため、すぐに颯くんから顔を逸らした。
「おはよう、颯くん」
「霞、どうかした? 声、眠そうだけど……」
いきなり、顔を逸らした私を不思議に思って質問してくる颯くん。それよりも、
声だけで眠そうだって気づいてくれるんだぁ……。嬉しい……。
「もしかして、興奮と緊張、心配や不安で眠れなかったのか……? って、俺と一緒なわけないかぁ……」
「もしかして、颯くんも?」
聞き返すと、恥ずかしそうに小さく頷いた。
颯くんも一緒だったんだぁ……。それに、まさか抱いていた感情まで一緒だったなんて……。なんか、通じ合ってるみたいな、そん感じがして嬉しいなぁ……。私だけが浮かれているのかと思ってたから。
私は嬉しくて、つい口角が上がってしまう。
「そんなに笑わなくてもいいだろ?」
「だって、颯くんも私と一緒だったんだって知ったら嬉しくて」
「そりゃそうだろ。霞みたいな可愛いと美人を兼ね備えた女性とデートするんだから。緊張するだろ」
しれっと可愛くて美人だと言ってくれる颯くん。
えへへ、照れちゃうなぁ……。
「約束の時間までまだあるし、朝ごはん用意するね」
多分、このままもう一度布団に入っても寝ることはできないと思う。なら、時間も潰せて、お腹も満たされる料理の方が効率がいいと考えた。
「俺も手伝うよ」
「いいの?」
「ああ」
やった! 颯くんと料理だ! そんなの、まるで夫婦みたい……。どうしよう、想像しただけで照れちゃうし、頬が緩んでしまう。玉ねぎ切って出てきた颯くんの涙を私が拭ってあげるとか。その逆もあるし。でも、そんなことされたら私、体が沸騰して倒れちゃうかも……。……待って。でもそうなった場合、颯くんがお姫様抱っこ、もしくは、おんぶしてソファに運んでくれるかもしれない。それもまた幸せだし、憧れる。
妄想と言ってもいい想像を思い描く私。そんなことがあるわけないのに。人間の想像力って怖いね。
「じゃあ、一緒に作ろっか。ふっふっふ〜ん」
私は陽気な気持ちで顔と手洗い、歯磨きをする。
いつの間にか、デートに対する不安や緊張、心配はどこかへ吹き飛んでいた。
私は朝ごはんの支度をするべく台所に立つ。隣には颯くんがいる。
「それで、何作るんだ?」
「お味噌汁とスクランブルエッグ。それと、サラダに魚も焼こうと思ってる。颯くんはまず、卵を割ってかき混ぜといて」
「わかった」
私は颯くんにボウルを手渡す。受け取った颯くんは、卵を軽く叩いてヒビを入れ、ボウルの上で割った。すると、中身と一緒にカラの破片が入ってしまった。
「颯くん。カラ入ってるよ?」
「ご、ごめん!」
初心者にはよくあることだよね。私も始めた頃は入ってたし。でも、なんで急に料理手伝うって言ってくれたんだろう?
颯くんが料理苦手なのは瑠美ちゃんから聞いて知っている。話によると、ありえないレベルで失敗するとか。むうぅ、瑠美ちゃんが羨ましい。颯くんの可愛い失敗を知ってるなんて。
結局、料理をする中で、颯くんの可愛い失敗は一回も見られなかった。やっぱり、中学時代、家庭部に入っていたからかな? 悔しい……。写真撮ってその姿を待ち受けにしたかったのに。それに、颯くんのエプロン姿も見たかったなぁ……。絶対、格好良いに決まっている。あっ、そうだ! ショッピングモール行くなら、今日、買っておこ! そしたら、次から颯くんのエプロン姿が見られる! しかも、隣で! どうしよう! 想像しただけで、颯くんが格好良すぎて頭がクラクラしてくる! 待って! 実物を目にしたら倒れてしまうかも! そうなったら、お姫様抱っこしてもらえるかも! って、私、颯くんにお姫様抱っこしてほすぎでしょ! もう、私ったら!
なんて、想像していると、
「霞、焦げてるぞ」
「えっ…………」
見たら、魚が焦げていた。
「ご、ごめん! これ、私が食べるね!」
「いや、俺が食べるよ」
「でも……!」
「いいって。だってレアだし。霞が失敗したやつ食べられるの」
そうやって笑いかけてくれる颯くん。
キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!
失敗した物に特別な価値を見出してくれる颯くん。優しすぎる。
「ありがと……」
「気にしなくていいよ。それにしても、珍しいな。霞が失敗するなんて。やっぱり、眠たいんじゃないのか?」
「ううん、少し考え事してただけ」
性格には、考え事という名の妄想。私としたことが……。颯くんに失敗作を食べさせるなんて……。私の馬鹿!
私たちは、出来上がった朝食を食卓に並べ、席に着く。
「「いただきます」」
私たちは声を揃えて言うと、朝食を食べ始める。
「そういえば、服を取りに行った後どうする? 俺なりに考えてはみたんだけど、何も思いつかなくてさ……」
「もしかして、寝付けなかったのってそれもあるの?」
「まあ……」
朝まで真剣に考えてくれたんだ……。もうそれだけで十分すぎるよぉ! だって、夜から今朝までずっと私とのデートについて考えてくれていたわけでしょ? そんなの幸せすぎるよぉ……。
「ありがと。でも、気にしないでいいよ? 私、颯くんと買い物に行けるだけで嬉しいし。何より、恋人関係になれたのが一番嬉しいから。だから、デートの行き先なんて、行き当たりばったりでいいよ」
「それはそれで、なんか、男として情けないというか、申し訳ないというか……」
颯くんの中でも、やっぱり男性が女性をリードすべきという固執した考えがあるのかも。でも、私思うんだ。誰がそんなこと決めたの? って。別にデートで男性がリードしないといけない理由がないし。もちろん、リードされて嬉しくないことはないよ。だけどそれ以上にお互いに楽しめることが重要だと私は思うんだよねぇ。
「ショッピングモールだし、ゆっくり見て回ろ?」
「霞がそれでいいなら」
「じゃあ、決まりだね!」
このあとが楽しみ。……って、そういう場合じゃなかった! 私、まだデートに着て行く服決めてないんだった! 早く朝ごはん食べて、時間までに決めないと!
颯くんと初めてのデートなんだから完璧にオシャレして決めないと!
私はよく噛みつつ、急ぎ足で朝食を平らげるのだった。
朝ごはんを食べ終えた俺は、自分の部屋でパニック状態になっていた。どれくらいパニック状態になっているかというと、仕舞っている服を部屋中に散らかすくらいには。
やばいやばいやばい! 知っていたし、わかっていたけど、本当にアニメ関連以外の服が一枚たりともない!
俺は一縷の望みをかけて、仕舞っている服を全て取り出し探した。だが、記憶通りに一枚もなかった。先日、霞ならキャラティーでも許してくれるだろうと言ったが、そういう問題じゃないことに気がついた。恋人として、彼氏として霞の隣を歩くと考えた瞬間、俺は自分に馬鹿か! と突っ込んだ。俺自身、隣を歩いていて恥ずかしさを覚えるだろうけど、それ以上に霞が恥ずかしさを覚えるはずだ。そうなったら、ほんっとうに申し訳がない。昨日、瑠菜と出かけるのにキャラティーでも気にしなかったのは、友達同士という感覚が強かったからなのかもしれない。でも今日は、彼女である霞とのデート。出かけるのは一緒だが意味が違う。それも初デートだ。
これはまずいぞ! どうする! 今日のデートを中止するか? いや、それはできない。服の取り置きもあるが、それ以上に霞があれだけ喜んでくれているのだ。それを俺の理由、しかも、くっそつまんない理由で霞をがっかりさせたくない! だったら、タンクトップで行くか? んなわけねえだろ! それならまだキャラティーの方がマシだろ!
自問自答しながら、俺は天井を見上げながら部屋中を歩く。
そうだ! キャラティーと言っても、そこまで主張していない服があるはず! そこから選べば!
俺は散らかした服からそこまで主張していないTシャツを選出する。
……うん、控えめと言っても、かなり主張しているな……。……わかった……。普通の服、最低でも二、三着はいるんだな……。
ここにきて、俺は新しく学んだ。……って、学んでる場合じゃないんだよ! 時間はっ⁉︎
俺は勉強机に置いてある推しキャラの目覚まし時計で現時刻を確認する。時刻は九時前だった。
まだ大丈夫だ! 一時間もある!
幸いにも、ボディバッグはアニメの物ではあるが、かなりアニメ要素は薄めである。だって、アニメ物と言っても、キャラクターのイメージカラーとそのキャラを象徴する物がデザインされているだけなのだから。そのアニメを知っている人でも一目で気づくことはできないだろうし。それぐらい、普通のボディバッグと言ってもいいぐらい遜色がない。なので、問題は服だけだ。
この三枚から絞るのかぁ……。
ベッドの上に広げた服と睨めっこをする。一つは、前にキャラの輪郭が銀色でデザインされている服。もう一つは、キャラとそのキャラの名台詞が印刷された服。最後の一枚は、後ろに大きくキャラがデザインされたものだ。正直、どれも似たり寄ったりだ。
これは最悪の考えだが、霞に直接訊くか? この三枚のうちどれがマシ? って。……いや、そんなことできない。もし訊いて、すごい蔑んだ目で、こんな服しか持ってないの? 彼女として恥ずかしいんだけど……、とか言われたら終わりだ! 最悪、付き合って一日、いや、およそ半日で別れることになるかもしれない。そもそも、これらの服を着て行った時点でフラれる可能性が……。うわ〜! 瑠菜の言葉を真摯に受け止めるべきだったぁ!
時すでに遅し。後の祭りとはまさにこのことなのだろう。
あぁっ! どうするどうするどうする! フラれる覚悟で着ていくか⁉︎ いや、俺にそんな度胸はない! というか、霞にフラれたらもう終わりだ! 俺の人生において最初で最後の彼女と半日も経たずに別れることになる! それ以上に、俺を選んでくれた霞に申し訳なさすぎる!
こんな服装で隣を歩いたら霞に恥をかかせてしまう。どうにかして、これを乗り越えないと。
もっと、それなりにオシャレに気を遣うんだった!!
これもまた遅すぎる後悔だった。
いや、待てよ? ショッピングモールで待ち合わせすれば、霞が恥をかかなくて済むんじゃ? だって、服を取りに行ったついでに自分の服も買えばいいし……。おぉ! 我ながら天才じゃないか!
俺は自分の部屋を飛び出し、待ち合わせ場所の変更をお願いするべく、霞の部屋を訪ねる。ノックを三回して、しばらくした後、霞が姿を現した。出てくれたのはよかった。ただ、
「どうしたの? 颯くん」
「霞にはな、し……」
いやぁん。そんな効果音が俺の頭に響いた。
部屋から出てきた霞は着替え中だったのか下着姿だった。それもまた、大人っぽい、色気がムンムン感じられる黒の下着。率直に言います。えっっっっっろ……。もちろん、目を奪われますよね、はい。しかも、霞の容姿が美形寄りだから余計に色っぽさ、艶っぽさが醸し出されている。
これがラブコメのお約束の一つ。ヒロインの着替え中に鉢合わせ、か……。いいものだな、フィクションの主人公……。こんな光景が何回も体験できるんだから……。俺も脳内に保存しておかないと。カシャッ。うん、バッチリ。
脳内に霞の下着姿を保存したと同時、霞が俺の視線の先に気づいて自分の状態を確認できたのか、直後、耳をつんざくようなレベルの発狂が霞の口から出た。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
近隣の住民の皆様、すみません。
そして、
「うっ……!」
強烈な音と痛みが頬に走る。部屋の扉も勢いよく閉ざされた。
初めて霞に頬を叩かれた。というか、霞が暴力を振るうのさえ初めて見た。まあ、今のは反射的なものだからあれだけど。叩かれた頬がジンジンと痛む。これは、俺の間が悪かった。俺にとってはラッキーだったけど。脳内には先ほどの霞の下着姿バッチリと保存されている。霞もあんな下着付けるんだなぁ……。俺はてっきり、可愛い系なのかと思ってた。
なんて述べていると、部屋のドアが再度開かれた。そこから小さく顔を覗かせる霞。その頬は羞恥のあまり、ルビーのように真っ赤に染まっていた。
「ごめん、霞……。その――」
「――いいから! 私の不注意もあったし! だから、思い出さないで!」
それは無理かなぁ、なんて言えるはずもなく、霞を守ためにも頷いておく。
「ああ、わかった」
「それで、何の用だったの?」
「あぁ、それなんだけど。待ち合わせ場所、ショッピングモールに変更してくれないか?」
「嫌だ」
即答だった。
「どうして駄目なんだ?」
「逆に聞くよ? どうして変更したいの?」
「それが、その……、アニメのキャラのTシャツしか持ってなくてさ……。それを着て霞の隣を歩くの申し訳ないなって思って……。恥かかせることになるし……」
「別に私、他の人の意見も視線も気にしないよ? 前にも言ったでしょ? 颯くんの趣味を尊重するって。それに、颯くんにとってそのキャラクターのTシャツを着ることは、推しを応援してるってことでしょ? もしかして、そういう服を着て行ったら、嫌われて別れを切り出されると思った?」
「うっ……」
すごい。見事に言い当てられた。
「ま、まあ……」
「ちっちっち。私の颯くんに対する愛情を甘く見過ぎ」
可愛い笑顔でそんなことを言う霞。そして、俺の悩みを払うように優しく言ってくれる。
「それぐらいで嫌いになんてならないよ。好きなのは私なんだし。他の人から見たら、そんな服着るなよって思うだろうけど、でも、颯くんには颯くんの、私には私の趣味があるんだし。どちらかが自分の趣味を我慢してまで付き合いたくないよ。だから、気にしないで?」
「ありがとう、霞……」
もう、霞に頭が上がらない。感謝しかない。
「でも、俺自身、デートでこういう服を着て行くのはどうかもって思ったし、今日ついでに服を買うよ」
「そっか。じゃあ、私に選ばせて! 服を選んでくれたお礼に!」
「わかった」
ありがたい申し出に俺は素直に頷く。だがこの後、とんでもないファッションショーが行われることを俺は予想だにしなかった。
「じゃあ、部屋戻るわ」
「うん。それと……」
「ん? どうした?」
霞は頬をほのかに染めて、
「……さっきの下着……、似合ってた……?」
潤んだ瞳でそう聞いてきた。しかし、結局、恥ずかしさに耐えられなかったのか、答えを聞く前に部屋に入ってしまった。残された俺は、霞の可愛さに静かに悶え苦しむのだった。
本当に可愛すぎだろ……。
読んでくださった読者の皆様。お手数を煩わせますが、よろしければ感想を寄せていただきたいです。自分の作品の改善点や欠点、皆様が求めているものも知りたいので、是非、よろしくお願いします。
義姉の2つの告白 @annkokura
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