第18話 霞の甘え
シャワーを浴びている最中、俺は少し考えていた。
俺と霞が、クラスメイトに付き合ってるって知られたらまずいな……。
クラスメイトは当然、俺と霞が義理の姉弟であることを知らない。仮に話しても、証拠がない限り信じてもらえないだろう。
明日出かけるのはいいが、知り合いにバレたらまずいのでは……? 手を繋いでいるところとか、腕を組んで歩いているところとか。って、この前提がおかしいな。そもそも、手を繋ぐかさえわからないんだし。とにかくバレないようにはしないと。それはそうと――
「――この二人暮らしの状況。恋人関係になった今、もはや同棲中のカップルでは?」
つまり、そういうことが起きる可能性が……。って、何考えてるんだ! 付き合ってすぐにそういうことを考えるな!
俺は煩悩を洗い流すように頭を洗う。
そもそも、いくら両想いだからって別れないとは限らないし。まあ、俺から別れを切り出すことはないけど。霞の嫌いなところってある? って質問されたとして、すぐに浮かぶどころかじっくり考えても浮かばない。それぐらい、完璧で魅力的な女性だ。
「そういや、霞が俺を好きになった理由ってなんなんだ?」
容姿平凡、勉学平凡、運動平均以下、二次元にしか興味がない。そんな俺のどこを好きになったのだろうか?
「どちらにしろ、嫌われないようにしないと」
生活態度、行動を見直さないとな。料理も苦手だけど、霞と一緒に作ったりするようにしよう。
「ふぅ……」
体が温まった俺は浴室を出た。体中の水気をとり、リビングに行く。
「霞は入らなくて大丈夫か?」
「うん。颯くんが濡れないようにしてくれたおかげで」
「そっか。冷蔵庫に食材直すの手伝うよ」
俺は買い物袋から食材や調味料を取り出し、霞に渡していく。
「ありがと」
そして、食材を見て俺のお腹が思い出したのか、ぐうぅ……と鳴った。
そういや、昼飯食ってなかったな。
途中で霞と鉢合わせしたためそれどころではなかったし、それ以上に隣に見知らぬ男がいて空腹のことさえ今のいままで忘れていた。
「もしかして颯くん。ご飯食べてないの?」
「ああ」
「何か作ろっか?」
「うぅん……」
壁にかけられている時計に目をやると、時刻は午後三時前だった。いま昼ごはんを食べたら、夕食が食べられる気がしない。
「いいや。夕食まで我慢するよ。ゲームしてたら、あっという間だろうし」
「わかった」
「じゃあ俺、部屋戻るな」
そう言い残し、俺は自室に戻ろうとする。すると、霞に引き止められた。
「待って」
「どうした?」
「このあと、颯くんの部屋行ってもいい?」
ピシャーン!
俺の全身に落雷が落ちた。
霞さん! そのセリフはまずいですよ! 勘違いしちゃいますよ!
ラノベ、漫画で主人公にそういう期待をさせるヒロインの定番台詞の一つ。もちろん、その淡い期待、想像とは違いましたっていうのがオチだ。
別にそういう意味で言ってるわけじゃないのは知ってるけどさ! こう、期待させられるというか、意識させられるというか! とにかく、そのセリフは勘違いさせるから!
というか、なんで心配そうな瞳をしてるんだ、霞は? もしかして、断られるって思っているのか?
「別にいいけど」
「ほんと?」
「ああ」
「やった!」
俺の部屋に入れることがそんなに嬉しいのか?
「一回来てるから知ってると思うけど、大して面白いものもないぞ?」
「いいの。颯くんと一緒にいたいだけだから」
ズッキューンッ!
その可愛らしい笑顔で、そのセリフはよくない!
一度、アプローチするために俺の部屋に来た日があったが、今のはそれ以上の破壊力のある理由だ。
よく俺は、推しキャラに対して可愛いところを見ると、いい意味でズルいと言うことがあるが、今の霞の方がよっぽどズルい。
「じゃあ、着替えてから行くね」
ちょっとぉっ! また勘違いさせるようなことを! わかってる! わかってるよ! 部屋着に着替えるだけだって! でもさ、まるで、そういうことしたいから着替えるね、って言ってるように聞こえるんだよ! 勘違いしちゃうんだよ! いや、俺の欲望が出ているだけか……?
「……あ、ああ……」
霞は鼻歌を歌いなが自室へと着替えに行った。
動揺させられっぱなしだ……。多分、あれは霞の天然だ……。意識してあのセリフを言ってるなら、頬を赤くしているはずだからな。天然、強い……。
俺は先に部屋に戻って、攻略途中のゲームを開始する。
数分後。
「お待たせ、颯くん」
着替えた霞が部屋に来た。
ぶっ! な、ななな、なんでよりにもよってその服装なんだよ!
霞が着てきたのは、俺が好みとしているモコモコのルームウェアだ。さっきのセリフもあって、霞の真っ白い生美脚がエロく感じる。
俺はリモコンを置いて、床に額を打ちつけた。
「どうしたの、颯くん⁉︎」
「いや、なんでもないよ……」
「なんでもなかったら、床に頭を打ちつけたりしないよ⁉︎」
「は、はは……。とりあえず座ったら……」
「じゃあ……、颯くんの膝の上に座っていい……?」
「膝の上っ⁉︎」
どうしたんだよ一体⁉︎ 俺を悶え死にさせにきてるのか⁉︎ その服装で膝の上に座られたりなんてしたら、色々とまずいって!
「だ、だめ……?」
その目が駄目ですよ! そんな眉をハの字にさせて、瞳を潤ませてこちらを見ないでください! 断れなくなるじゃないか!
「……い、いいよ」
「じゃあ……、お邪魔します……」
ちょこん、と膝の上に座ってきた霞。髪からは良い匂いが鼻腔を燻り、視線の先には意識しないようにしていた大きく実った眺めの良い双丘と白い生美脚。もう、目も鼻も天国です。
「霞……、ちょっと距離感おかしくないか……? 付き合い始めたとはいえ、その……。いや、なんでもない……」
無理だった。霞は嬉しそうな表情をしている。それに勝るものはなかった。
仕方ない。俺が耐えれば良いだけの話だ。
俺はゲームに意識を戻す。霞はというと、膝の上で俺がプレイしているのをじっと見ていた。そして、この体制になってしばらくして、
「ねえ、颯くん。さっきからこのキャラクターでゲームしてるけど、こういう胸が大きくて、可愛い悲鳴をあげる女の子が好きなの?」
プクッと頬を膨らませ顔だけこちらに向け、そんな質問をしてきた。
「違うから! その! ゲームの使用上、今はこのキャラクターで進まないといけないだけだから!」
嘘です。好きです。キャラクター変えられます。でも、今、目の前で可愛く嫉妬している彼女には勝てません。
俺は頭を撫でながら、霞の方が好きだし、可愛いから、と言ってみる。もちろん、本音です。けど、
はっず!
自分の発言が恥ずかしすぎて体中が熱くなった。これを素でできる人尊敬するわ。
「じゃあいいや」
霞は機嫌を直し、前に向き直る。俺も再度ゲームを開始する。
「ねえ、颯くん」
「ん?」
「颯くんはさ、私とのことどこまで考えてる?」
もしかして、霞との今後のことだろうか? それなら、
「喧嘩しても仲直りできて、今みたいにずっと仲良くできるなら結婚したいとは思ってる」
俺は喧嘩しても仲直りできる関係がいいと思ってる。きっと、何年一緒にいても、喧嘩しないってのは無理だろうし。現にこの間まで喧嘩のなかった俺と霞が、今日までギクシャクした関係になってたわけだし。それでも、こうして仲直りして一緒にいられる人なら、俺は一生添い遂げたいと思う。
「そう言う霞は?」
「私はずっと前から、颯くんを好きになった日から決まってる。颯くんと結婚して、子供も産んで幸せな家庭を築くの」
表情を見ていなくても声で伝わってくる。幸せな未来を描いているんだと。
「そっか……」
これってもはや、婚約したのも同然では? 互いに結婚したいって思っているわけだし。
ちょうどいいし聞いとくか。
「なあ、霞。俺に直して欲しいところがあったら言ってくれ。直すようにするから」
「じゃあ、部屋にある女の子のキャラグッズを片付けて。あと、ゲームで女の子のキャラクター使うの禁止」
「ちょっと待ってくれ! それだけは勘弁してください!」
オタ活は俺の生きる希望なんだ! いや、霞という可愛い彼女ができた今、霞との幸せな毎日を送ることも希望だけどさ! でも、あんまりじゃないか!
「冗談だよ。嫉妬はするけど、そこまで心狭くないもん。それに、好きな人の趣味は尊重したいし」
「よ、よかったぁ……」
霞が彼女でよかった。中々、趣味にお金使っていいよ、って言ってくれる人なんて少数派だろうから。
「でも、颯くんに直して欲しいところなんてないよ?」
「いやいやいや、あるだろ。俺の欠点」
「ないよ? 仮にあったとしても、それ以上に颯くんの良いところの方が目立つから」
彼氏だからとかではなく、本当にそう思ってくれているようだ。俺自身は、欠点しかないと思うけど。
「じゃあ、見つけたら教えてくれ。直すから」
「わかった。そういう颯くんは、私に直して欲しいこととかないの?」
「ないな。容姿も可愛いし、性格も優しくて、努力家で、真面目で、頼りになって。欠点なんてどこにもないよ」
「あ、ありがと……」
褒められて照れているようだ。耳が赤くなっている。
「でも、私の甘えるところとか嫌じゃない? あと、瑠美ちゃんに言われたんだけど、愛情が重いって」
心配そうに聞いてくる霞。
「そんなことないよ。むしろ、甘えさせたいし、愛情が重いってのは、言葉通り、それだけ俺に愛情を持ってくれているってことだろ? むしろ、嬉しいよ」
「そっか……。じゃあ、もっと甘えるね」
「ああ」
「早速だけど、後ろからハグしてほしい」
うぐっ! いいとは言ったけど、初っ端っからハードル高くないか⁉︎ まあ、それで霞が喜んでくれるならするんだけど。
俺はリモコンを置いて、霞の体を抱きしめる。お腹の辺りを抱きしめているからか、服越しに柔らかい感触が伝わってくる。霞は俺の手の上に自分の手を置き、胸板に頭を預けてくる。そして「好きだよ、颯くん」と囁くように言ってくる。
俺の中で、幸福と愛おしさが込み上げてきた。
「俺も好きだ、霞……」
霞の体温が伝わってくる。自分の鼓動が早くなっているのがわかる。恥ずかしくて、体が熱くなっているのを自覚する。そして、愛おしいと思った。
しばらくの間、俺たちはずっとその体勢のままでいるのだった。
義姉の2つの告白 @annkokura
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