5・オムライスとデリバリーバッグ

 そのメッセージが店に届いたのは、昼のラッシュが一段落した十四時過ぎだった。

 

【ごめんなさい、減災科学研です。急で申し訳ないのですが、オムライス三つお願いします。忙しいのでできれば研究室まで持ってきてください。沢】

 

 やれやれ、沢先生は人使いというか鬼使いが荒いんだから。前も閉店際にナポリタンを注文してきたっけ。

 私はお客様が店から全員出たのを見計らい、扉に「十六時頃までお休みいただきます、店主」と張り紙をした。

  

【少しお時間いただきますが、十五時までにはお伺いする形でよろしいでしょうか。巌】

【助かります。お気をつけて。沢】

 

 人参と玉葱を刻み、解凍しておいた鶏肉を一口ほどに切り分ける。それらをオリーブオイルで炒めたら、バターとケチャップを加える。急に赤の世界がまろやかに広がるフライパンの中では、鶏肉がクツクツと動いていた。そして白ご飯を投入し、ケチャップと絡める。次第に赤に染まる白米がバターのつやも相まって美味しく変身する。


 次は卵。ボウルに割り入れた卵を、白身のかたまりがなくなるまでほぐす。一面に黄色い液がとろりとフライパンに流し込まれたら、少し固めに焼き上げる。程よいところで先程のチキンライスをそこによそう。

 卵で軽く包んだあとはパンをひっくり返すように、宅配用の容器に移す。そして清潔なクッキングシートで形を作り、ラグビーボールのような黄色いオムライスの形態を整えて、やっと完成。


 これを三人前、突発の発注で作った。注文が入るのは嬉しいが、少し手間暇がかかった。そんな食べ物も、急いでかっこむと数分で食べ終わる。


 わかってはいるが、労力をかけてご飯を作るものとしては、少しばかりの空虚を感じることがある。それでも、自分の存在が求められるのであれば明日もまたフライパンを振り続ける。


 いけないいけない。独りで落ち込んでいる場合ではない。約束の十五時まであと二十分。保冷保温材の敷き詰められたデリバリーバッグに、先程作ったオムライスの入った容器を三つ詰め込み、ファスナーで蓋をする。それをリュックのように背負い、店を出る。


 かつて本土で流行り病が流行ったときに、自転車に乗りデリバリーバッグを背負い、街を駆け抜けた食品配送業者が活躍したという。それから今、研究室にこもりきりの先生のところにオムライスを配達する自分がいる。


 時代も場所も、人であるかどうかも違うが、身体の強いものが世の中の都合をつけるのは変わらないのかなと思いつつ、喫茶店から研究所の通用口までてくてくと歩いた。

 

 茶色い山に沿うように建てられた、グレーの地学研究所。本土にある房総公立大学という機関の附属施設として作られたらしい。

 その学校の教授が、ここ岩尾島で代々地震と火山の研究を進めていたことから大学に地球科学の研究者が集まるようになり、いっそのこと集約して効率的な研究活動をしよう、ということでこんな大きなコンクリート造りの建物をたてて、こもりっきりで何かを調べているようである。


 研究室の中は白で統一されていて、どこか冷たさを感じさせる内装である。ここに来るとどこか緊張させられて、背筋がビンと跳ね返る思いをする。沢先生のいる減災科学研究室は、三階の奥。

 エレベーターの扉が開き、室内の鏡に映った自分の姿が、どこか元気の無いように見えた。髪の毛のハリもなく、気をつけていないと猫背になる。額から伸びる角すら弱々しい印象で、心が落ち着いていない自分を自覚した。


 三階に着き、真っすぐ伸びる廊下を歩く。日差しは廊下の窓から降り注いでいるのに、やはりどこか凍るような建物の中、窓ぎわのベンチで放心している三人の研究者の姿を見つけた。沢先生と、隣には共通実験室に勤める、片貝くんと笠間さんだ。


「あの、大丈夫ですか? オムライスお持ちしましたが。」

「ああ、ありがとう。」

 気だるく返事をする女性教授の姿があった。長い髪の毛が少しぼさついており、目の下のクマが少し伺えた。


 皆で研究室に入る。紙が散乱して荒れた部屋。どうやら先程まで研究発表の準備の大詰めであったらしい。ペーパーレスの時代になっても、やはり最後は紙のメモで残す人が多いし、書籍やプリント、データシートもまだまだ現役である。沢先生の研究室はそういうタイプの、散らかりやすいラボであった。


 デリバリーバッグに詰めていたオムライスを取り出すと、三者ともささやかな歓声を上げた。いただきます、とともにかきこまれるオムライス。先程は手間暇かけて作っても、数分で食べ終わられることへの虚しさを覚えていたが、三人のみるみる生き返るような姿を見て、注文を断らなくてよかった、と満足することができた。

 

「昔はね、半熟の卵をふわっとかけるオムライスもあったんですよ。」

 沢先生の昔話に助手の二人が驚く。

「今はお店では半熟卵を出してはいけないって、ニュースでやってましたね。」

「食中毒のリスク回避で、美味しいものがどんどん減っていくのはさみしいですねえ。」

 食中毒の心配の少ない、固焼き卵のオムライスは、もう殆ど食べ尽くされていた。


「私もお店で半熟卵のオムライス、時々お願いされるんですけどね、やはり今では作れないですし……。」

「ですし?」

 少し会話に含みをもたせた。

「やっぱり純喫茶のオムライスは、固焼き卵できっちり作らなくちゃって、昔おっちゃんに教えられまして。」

  

 おっちゃん。私、純喫茶始めてやっぱり良かったよ。

 かつての師に心のなかでお礼を言いながら、食べ終わったあとの空容器を片付けた。

 

「巌さんいつも済まないね、お代は振り込んでおくから。」

 沢先生の申し訳無さそうな笑顔も、今は許せる。デリバリーバッグを背負い、研究室の出口で一礼をし、帰路についた。

 この島を見守るために、純喫茶をやりたい。忘れかけていた決意を思い出させてくれる、今日の慌ただしさであった。

 

「沢先生、研究しているときは、怒鳴ったりさ。鬼のようだって評判だよ、って鬼のお兄さんに言っても仕方ないか。」

 守衛室の窓口越しに、南谷さんのタレコミを聞く自分。あの注文メッセージを送ったときの先生は、どのような状況だったのだろう。


「今日の沢先生、幸せそうにオムライスを召し上がっていましたが?」

 ひとまず、マイナスイメージを打ち消す。あのオムライスは、研究を頑張ったあとのご褒美であったはず。あの味を満足な形で楽しむために、発表準備のラストスパートをかけたはずだ。


「いやあ、感情の起伏が激しい人なんだって。巌さんも気をつけたほうがいいよお。」

 奥様同様に、噂話が好きな性格のようである。


 人間の気難しさには、いまだ慣れないでいる自分がいる。それでも私は料理を作り、コーヒーを淹れていきたい。


 店に着く。不在を告知した張り紙を剥がし、ドアの鍵を開けて中に入り、またいつもの純喫茶のマスターに戻る。

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純喫茶キシン〜島・鬼・コーヒー〜 赤岩 渓 @akaiwa_kei

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