第2話 誰か説明してくれよ
誠の言葉を聞いて千尋はポカンと固まってしまった。まさか、今日初めて出会ったと思われる女子高生と体が入れ替わっただけでなく、その人物が自分と同じ幼馴染を持つとは偶然にしてはできすぎている。
最早、運命だとか引力だとか言う言葉を信じてしまうほどには、ありえないことが現実に起きてしまっているのだ。
「え、えーと……まさか、あんたも紫苑に自分の名前を言ったりしてない?」
「すみません……そのまさかです」
千尋は頭を抱えた。かなりややこしいことになった。頭がこんがらがり、痛くなってくる。
「え、えーと……とりあえず整理させてくれ。俺とあんたは体が入れ替わっている。俺の精神は音坂 千尋だけど、肉体は荒井 誠。あんたは逆に精神は荒井 誠だけど、体は音坂 千尋」
「はい」
「そして、俺……精神が千尋で肉体が荒井さんの状態で、紫苑に向かって俺は千尋だと言った。紫苑始点では荒井さんの肉体が千尋だってことになっている」
「そうですね。そして、私が音坂さんの肉体で、私は誠だと言いました」
「ってことは、紫苑の視点では俺たちは入れ替わって認識されているってことか? いや、もう既に入れ替わっているんだけど……もうわけわかんねえ!」
千尋は頭を搔きむしろうとする。しかし、それを誠が止める。
「や、やめてください。せっかくセットした髪が崩れてしまいます」
「あ、ああ。そうか。悪かった」
千尋としては、女子が髪にセットをする時間がどれだけのものかは具体的な実感はないが、なんとなく大変なんだろうなという認識程度はあるので素直に謝った。
「んで、とりあえず今後のことはどうするよ」
「え?」
千尋が誠に問いかける。
「これからのことだよ。また、頭ぶつけて戻れましたって言うんだったら、それ程問題はないだろうけど、もし戻れなかった場合……」
「あ……確かに生活とか困りますね」
「そうだよ。あんたも知らない男に体を乗っ取られたままって嫌だろ?」
「え? そういうもんなんですか?」
誠がきょとんとした顔で小首を傾げる。
「嫌だろ! 普通! もし俺がゲスの考えを持っていたらあんたの体に何をするかわかったもんじゃないぞ」
「具体的に私は何をされるんでしょうか?」
「え、えーと……いざ言われると思いつかねえな。と、とにかく。普通に生活するだけでも風呂とかトイレとかで見られたくないものが見られるっていうか」
「まあ、それは嫌ですけど、私も音坂さんのを見るわけだし、そこはお互い様ってことで気にしません」
「そこは気にしろよ! 俺だけ意識してバカみたいじゃねえか」
「ひ、ひい。ごめんなさい」
女子高生に怒られて小さくなっている男子高校生の図がそこにあった。
「ま、まあ。とりあえずこれからのことを考えよう。俺とあんたは見たところ同じ高校に入学するみたいだな」
「え、ええ。そうですね」
「ウチの高校は全寮制だ。明日から全寮制の生活が始まるということだ」
「はい」
「これは非常に大変なことだ。まず、俺は体こそ女子になったものの精神は男だ。つまり、そんな状態で女子寮で暮らせってことだよな?」
「私はその逆ですね」
「いや、無理だろ。俺だけ先生に言って特例で自宅から通えるようにならないか」
「事情を説明するんですか? 体が入れ替わったって?」
「信じてくれるかな?」
「無理でしょうね……」
千尋はため息をつく。そして、夕空を見上げてこれからの人生に想いを馳せる。
「どうするよ。俺……」
「諦めるのは早いですよ! 音坂さん! 私ともう1度ごっつんこして入れ替われば良いんです。そうすれば、この入れ替わりで面倒なことになるのは紫苑君の一件だけで済みます!」
「そうか。なら、やってみるか!」
千尋と誠はそれぞれ頭をぶつけてみる。がつんと鈍い音が響く。千尋(誠の体)がふらふらとよろめいて倒れ込みそうになる。
「いてて。なんつー石頭だよ。あんた」
「私のせいにしないでください。あなたの体じゃないですか!」
結局、再度頭をぶつけただけで入れ替わるなんてことはなかった。ただただ、頭を痛めただけの結果に終わり、2人は途方に暮れた。
「まあ、とにかく。今後のことで話を合わせよう。俺とあんたの話の整合性が取れなきゃ回りも無駄に混乱するだけだからな」
「はい」
こうして2人は暗くなりつつある公園で作戦会議を始めるのであった。
◇
高校入学当日。2人の幼馴染の気苦労も知らずに紫苑が登校をする。入学式を終えて各自の教室へと向かう。紫苑と千尋と誠。この3人はバラバラのクラスに配属されることになった。紫苑が廊下を出てから、1人の人物を見つけた。それは、中身が千尋(男子)で肉体が誠(女子)である。
「あ、おーい! 千尋!」
「え、ああ。う、うん。お、俺か。俺であってるよな……?」
「なんだ? お前は昨日、自分が千尋だって名乗ったじゃないか」
「あ、いや。その……実はな。確かに俺は昔は音坂 千尋だった」
「ん? どういうことだ?」
「その……色々あって改名した。荒井 誠に」
「は!? え? な、なに!?」
学校行事を送る上で流石に肉体と性別が違うのに、自分が千尋だ誠だの言い張ることは不可能に近い。しかし、紫苑に説明するにも色々とややこしいことになる。入れ替わりのことを信じてくれる保証はどこにもないのである。
「か、改名ってそんなに簡単にできるものなのか?」
「か、簡単じゃねえよ! 色々あったんだよ! 複雑な家庭の……? じじょーってやつがよ!」
「そ、そうなんだ。でも、荒井 誠って名前は困るな。俺の幼馴染にもいるんだよ。同姓同名のやつが」
「あ、紫苑君。丁度良かった。私から、言っておかないといけないことがあったんだ」
今度は千尋(男子)の肉体で中身が誠(女子)が紫苑の会話に入ってくる。紫苑は彼(彼女)を誠だと認識している。
「お、おい! 誠! 大変なことになったぞ。お前と同姓同名のやつが現れた」
「あ、大丈夫。私も改名したから」
「改名!?」
「そ。音坂千尋に」
「え、ええ……!? な、なにが起きてるんだ」
紫苑の頭が混乱している。全く別のところで知り合った幼馴染の性別が入れ替わったと思ったら名前まで入れ替わっているのである。
「ごめんね。昨日は言いそびれちゃって。私もまだこの名前になれてないんだ」
「そ、そうなんだ。へ、へー……」
紫苑は考えるのをやめた。完全なる思考停止。男子だと思っていた幼馴染が女子だったし、女子だと思っていた長馴染みが男子だったし、その実は女子だった幼馴染が男子の方の幼馴染と同姓同名に改名したとおもったら、実は男子だった幼馴染も同様に改名していた。
この状況を1度に客観的に受け入れられる人間がいたら、それはきっと人間という存在を超越しているのかもしれない。
「えっと……じゃあ、あれ? お前のことはなんて呼べば良い?」
紫苑は肉体が女子の方の幼馴染を指さした。
「改名した方。荒井 誠の名で呼べば良い」
「あ、そっか。じゃあ、こっちの男子が千尋か」
紫苑はまだ釈然としない感じで頭をひねっていた。彼の思考回路と情緒は完全にぐちゃぐちゃになっている。ある意味、この入れ替わりにおける一番の被害者なのかもしれない。
でも、紫苑は逆に思考を切り替えた。今まで男子だと思っていたものを千尋と呼んでいて、女子だと思っていたものを誠と呼んでいた。小さい頃からのその癖を継承すれば何の問題もないと。男子は千尋、女子は誠。そのことを頭にたたきつけて今後の高校生活を送ろうと指針を立てるのであった。
紫苑が1人で納得しかけているところに、千尋と誠は抜け出す。そして、お互いに顔を見合わせて、ドキドキとしながらため息をついた。
「あ、あぶねえ! なんとかごまかせたな」
「うん」
「紫苑。あいつ昔から天然で人の言うことを素直に信じるところあるからな。そこが変わってなくて助かったー」
これはまだ序の口であった。このすれ違いの学園生活はまだ始まったばかりなのだから。
昔一緒に遊んだと思っていた男友達が実は女だった。と思ったらやっぱり男だったし、女だと思っていた相手が男と見せかけてやっぱり女だった 下垣 @vasita
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