迷い子は茨の獣道を見出す

 紫里が戻ってきた。

 襖をノックしてから実子の自室に入る。


「たのもー」


 お茶とお菓子の載ったお盆を持って紫里はやってきた。


「何しに来たのその台詞せりふ


 道場破りか何かかと実子がツッコミを入れた。

 一方で忍は紫里を凝視していた、ガン見である。


「先輩、どうしましたか?」


 紫里は忍の一つ上の先輩であり、紫里も来年には実子や忍と同じ高校に入学するのが決まっている。

 来年には忍の上の学年にも下の学年にも上の立場の人が居る状態になるのである。


「えーと、うーんと」


「まぁ、忍ちゃんが視えている物は事実で間違いないものよ」


 ぽん、と実子は肩を叩いた。


「アレ先輩視えるの?」


 中学の時視えてなかったよね?と紫里は忍に言う。

 

「今回の怪異事件に巻き込まれた影響で視えるようになったようだよ」


 まだ慣れてないから大変みたい、と実子が言った。


「なるほどねー、まぁ慣れるしかないよね……」


 私達は昔から見えてたからねー、と紫里は言った。


「いわゆる霊感があるってこんな感じなんですか?」


 忍は自分の体を視た後、周りをキョロキョロしながら言った。


「まぁ、視えてるってこう言う事なんだろうね」


 人によって視え方もどこまで見えるのかも違うんだろうけど、と実子が言った。


「先輩は私を視てどう思ったんです?」


 そういえば、と紫里が言った。


「何ていうか、オーラが凄いな、と」


 そう思った、と忍は言った。


「そうでしょう、私の体は特別ですからね!!」


 ドヤァの表現が合いそうな自慢げな表情を紫里はする。


「自分で特別って言うのはどうかと思うが、紫里の言ってることは間違ってはないよ」


「そうなんですかぁ」


 実子は嘘は言ってないと擁護し、忍は納得したと返事をした。

 その後忍は自分の両手をじっと見ながら口を開いた。


「……私はやっと死が纏わりついてることの意味がわかりました、確かに凄いですねコレ」


 忍の周りには黒の中に青いような赤いような色んな色が混じりながら見える。

 それは水に入れたドライアイスの冷気のようようで、それはコールタールのような触れたらなかなか取れない代物のように見えた。


「こんな手では若葉の道にはとてもではないけど進めない」


 どこか自身をせせら笑うように忍は言った。


 「私からは言えることは」


 実子は真面目な顔をして言い始める。


「今回の怪異事件で忍ちゃんは結果的に帰ることが出来た。それがきっかけで忍ちゃんは様々なモノが視えるようになったと思う。それを悍ましい呪いとして捉えるのではなくどうか、帰ってきた報酬だと受け取って欲しい。たとえ、死を纏い過ぎて引き起こした事象だったとしても視えてくる道はある筈だから」


 実子は忍をじっと見て言った。


「はい、私のこれからのことを模索していきます」


 忍も真顔になり実子をじっと見て返事をする。


「あ、そうそう、大人達の話し合いはそろそろ終わるんじゃないかな?時間的に」


 二人のやり取りを見ていた紫里がそういえば、と言い出した。

 時刻は十六時過ぎ、夏なのでまだ明るいが、道の状態や街の方までかかる時間を考えるとそろそろ終わらせたいタイミングだろう。


「あぁ、確かに」


「帰る時間を考えるとそろそろ終わりですかね?」


 紫里の言葉に対し二人はお茶セットを片付けて忍の帰る準備を始める。


「忘れ物は大丈夫?最悪後日学校で直接渡しに行くけど」


「はい、大丈夫です」


 そもそも倒れて寝かされてたので手に物を持ってなかった忍は即答した。


「先輩ホントに大変だったんですねー」


 遅れてお茶をする紫里はお饅頭を食べながら忍に言った。


「でも、実子様に良くしてもらえて、これからもやっていけそうです」


 忍はそう言い、湯呑み二個に茶筒とお茶殻入れとお菓子の包みが載っているお盆を持って実子と部屋を出た。

 急須と保温ポットは紫が後で持っていくからと置いていって良いと言われ部屋に置いて、忍と実子は部屋を離れたのだった。








 忍と実子は台所に行き篝にお盆ごと渡した。


「御馳走様でした」


「あら、ありがとうね」 

 

 お粗末様と篝はお盆を受け取り作業台に置いた。


「二人はお話ししてる大人達に『忍ちゃんが起きた』と挨拶に行ったほうがいいわ」


 篝はそう言ったあと、台所に引っ込みお盆一式の片付けを始めた。


「わかった、ありがとう」

「失礼しました」


 二人はそう言って応接間に向かった。







 コンコンコン――


 実子がドアをどこか適当に叩く。


「失礼します、実子と忍です」

 

「入って良いぞ」


 銀流が許可を出したので二人は応接間に入った。

 失礼します、と言って二人は入り、実子は口を開いた。


「忍さんが回復されたのとそろそろお時間かなと思い連れて来ました」


「ご迷惑をおかけしました」


 忍はそう言って頭を下げた。


「あら、顔色が大分良くなりましたね」


 銀流の隣で出入り口付近にいた楓が良かったと言う。


「そうか、今日は早く休むと良いぞ」


 銀流が見舞う言葉を掛ける。


「さて、今日はこれにてお開きとしようか」


 銀流の言葉で大人の話し合い家のやりとりは終了した。

 ゆっくり大人たちは立ち上がる。


「はい、今日は突然の訪問を受け入れてくださりありがとうございました」


「一応連絡はあったし問題は無いぞ」


「元々は常磐も下の方の分家でしたからあまりな事は」


「下の方の分家っていつの話をしているんだ?」


 大人の話し合いは終わっても大人の話は続いているようだ。


「実子様、寝込んだ忍の面倒を誠にありがとうございます」


 こんなことになるなんて、と産美も立ち上がり実子と忍のところまで近寄った。


「文字通りお世話になりました」


 忍はそう言って実子にお辞儀をした。


「あ、いえいえ、あ、それよりも忍ちゃんの目についてですよ」


「はい?忍の目ですか?もしかして……」


 あなたも視えるようになったの?と忍を見て言った。


「産美さんと同じように視えるようになったそうです」


「産美さんも視えるんですか?」


 実子が答え、忍は産美に訊いた。


「えぇ、昔から、慣れてないと家に帰ると頭を抱えることになると思うわ」


 色々情報量が多すぎてね、とさらに沈んだ顔をして産美は言った。


「まぁ、病院の類って聞きますよね」


 実子が言う。


「私は寝られるのでしょうか……?」


 忍は深刻な顔をして言う。


「本当に疲れてれば寝られるから、アイマスクもあげるし」


 慣れればしなくても寝られるようになるわよ、と産美は励ますように言った。


「とにかくだいぶマシになったようね。今日は早めに寝るようにね」


「はい」


 産美からの話はこれで終わった。


「顔色は確かにマシになったな……帰ったら休むように」


 礼二も準じた言葉を掛ける、大人の話は終わったようだ。


「此度は重ね重ね助けて頂き誠にありがとうございました」


 お別れの前に忍は一言告げて、常盤と若葉の当主と共に霊峰を去った。


「……例の少女はどうだったんだ?」


 萎縮させてしまうだけだと今回は殆ど関わってないが、銀流が実子に訊く。


「彼女は修羅の蔓延る獣道を掻き分けて行きそうな気配がしたけど、忍ちゃんなら前に進めるはず」


「そうか」


 きっと大丈夫、と実子は言った。


 夏の為十六時を過ぎてもまだ夕方は始まらす、西の日は明るく空も青いままだった。

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