霊峰の社への訪いと再会と得たモノ

お昼時を過ぎた頃に、神社に予定していた来客があった。

 当主の銀流と妻の楓、そして家に居た関係者でもある実子の三人が本殿の前で出迎える。


「常盤と若葉です、お待たせいたしました――」


 来客の三人――四十代見た目の渋いような甘いような不思議な容貌を持つ男の常磐礼二と三十代の小綺麗な気の強そうな麗人の若葉産美、さらに極限に緊張している上に車酔いまでして顔色の悪そうな髪を二つに分けたおさげの高校生の少女の忍――がやってきた。


「こんなところまで大変ご苦労だ」


 是非ゆっくりしていってくれ、と銀流は言った。

 すると少女が少し間を開けてから話しかける。

「あ、あの――」


 慌てて産美が忍を止めようとするも銀流が忍を注視した後、産美を止めた。


「……大丈夫か?トイレ行くか?」


 銀流が忍を見れば、既に忍の顔色が凄い事になっていて銀流は何の言葉を掛けるべきか困っていた。


「この度は、大変ご迷惑をお掛けしました――」


 忍は思い詰めた顔をして頭を下げる。するとそのまま意識を失い、頭から前のめりに落ちて倒れ込んだ。

 

「危ない危ない、駄目だったか」


 銀流が忍の両肩を掴みそれ以上倒れるのを止め、慌てて礼二がで一度直ぐ側の廊下で横にして容態を診る。


「申し訳御座いません、忍を少し休ませる部屋を――」


 礼二が忍の容態を確認する中、産美が言った。


「それが極限の精神状態と寝不足と車酔いのようで」


 常盤の見立ての結果、とりあえず休ませる事となる。

 紆余曲折あり実子の自室に布団を持ち込んで忍が目を覚ますまで取り敢えず見ることとなった。






「うーん……」


 寝かされていた忍が魘されてるような声を上げる。


「おや」


 実子は声が聴こえて忍の方を見る、すると可愛らしい少女が苦悶の表情を浮かべていた。


 これは起こしたほうがいいかと実子は悩み出す。


 トトドドドド――


 すると廊下からと駆け足の音が響きこの部屋にやがて大きくなる。


 パァァァァァン――


 駆け足の音の主はこの部屋の襖を開け放った。


「ただいまぁぁぁー」


 やってきて大音声を上げるは紫里である。


「ふぁぁぁぁぁぁ!?」


 忍は飛び起きて更なるパニックを起こす。


「…………」


 眼の前の状態に何から突っ込めば良いのか対処すべきか考える気が起きず天井を見上げたあと、起きた忍を見た。


「あ、起きたようだね?忍ちゃんお茶飲める?」


「え、あ、あ、あ、ハイ!! ありがとうございます」


 熱いから気を付けて、と実子は忍にお茶の入った湯呑みを渡す。お茶一式と保温ポット毎お湯を貰ったので温かいお茶が飲める状態になっていた。


「お姉ちゃんー無視しないでー」


「寝込んでた人が居るのに叩き起こすような狼藉を働いたのは誰?」


 開け放った後やってきた紫里は無視しないでーと言ったが実子にピシッと切り捨てる。


「えっ?あっ、本当だー、稲美先輩だー、こんにちはー、やだー、ごめんなさーい」


「え!? あ!! こんにちは、お邪魔してます」


「……挨拶と謝罪するだけマシか」


 実子は小学生みたいな所業の紫里に突っ込みを入れたいが諦めて話を進める。


「紫里も自分の分のお茶とお菓子を台所で貰ってきたら?」


「じゃあ行ってくるー」


 客人が来てるのにあんなに煩く騒いでたから後で怒られるだろうな、と思いつつ応接間がある方向に行くことを誘導した。

 もれなく台所で待ち受ける母親に怒られるだろう。

 そして紫里は何の迷いもなく飛び出して行った。先に怒られるか後で怒られるかの違いでしかないが、更に走ってるので怒りの加点対象だろう。


「これは紫里暫く戻って来ないかな?」


 まぁいいか、と実子は呟き、お茶を飲む忍に話しかける。


「先程魘されてたようだけど、大丈夫?」

 

 するとお茶を飲むのをやめて、湯呑みをお盆の上に置く。


 「夢を見てました……」


「兄が首を吊った日の夢でした」


 布団の上で起き上がった状態で忍は話し始めた。


「そうか……」


 忍の歳の離れた兄のまことは両親に医学部に行くことをずっと強いられて何浪かした後自殺してしまったそうだ。


「そもそも兄は医者になりたかった訳では無かったようですし」


「その話はしても良い話か……?」


 大丈夫か? それ、と実子は言った。


「良いんです、今の私の後見の当主も私が事実を話すことを固く禁じる事は出来ません、それに私の実家は既に評判落ちきってますし」


 忍は暗い顔でせせら嗤う。


「まぁ、今聞いた話は聞かなかったことにすれば良いかな?」


 うーん、と唸るも実子の表情は変わらない。


「別にみだりに面白可笑しく喋らなければ、構わないかと」


「……笑える要素あったか?」


 忍の言葉に実子は現実逃避混じりに突っ込んだ。


「そして、夢ではぶら下がってる兄が大きな音とともに何処かへ吹っ飛んで行ったところで目が覚めて。さらに見覚えのない天井が見えるわでパニックでした……」


 今思うと醜態晒して恥ずかしい、と忍は苦笑いをする。


「そ、そうか、ごめん」


「い、いえ、決して実子様が悪いわけではないので」


 忍は真顔で言った。


「……そういえば、紫里さん戻ってきませんね」


「あれだけ騒げば捕まって怒られてるだろうよ」


 客人来てる上に寝込んでる人を叩き起こす真似したら普通に怒られるわ、と実子は言った。


「あ、えーと、あ……」


 忍は言葉に詰まった、自分も醜態を晒して居たからだ。


「私も他人ひとのこと言える立場ではありませんね……」


「怪異事件に巻き込まれて精神を病んだり一時的に発狂したりする事は珍しくないし、君は悪くないさ」


 別に誰も怒ってもいない、と実子は慰める。


「結局、列車の中で助けて頂いた人に何も言えずじまいでしたし」


 忍が一番気に病んでいた事はそのことだった。


「だったら、後で帰る時に謝罪の言葉ではなくて感謝の言葉を口にしてくれれば良いよ」


「えーと? わかりました」


 少し首を傾げながらも忍は助言を受け止めた。


「そのときは頭から倒れてはいけないよ」


「あ、あ、あ――」


「コレ食べて落ち着こう」


 忍はどうして寝かされていたのか完全に思い出して声を上げようとしたが、実子に口に小さい茶菓子を突っ込まれ新たにお茶を淹れた湯呑みを渡された。

 暫くモゴモゴ言った後、お茶を飲み干し忍は真顔になっていた。


「落ち着いたか?」


「すいませんでした、ありがとうございます」


「それでいい、どういたしまして」


 涼しい顔で実子は返事をした。


「昨晩の事件に関してだけど不運だったと思うしか無いと思うよ、それとちゃんと視てから電車に乗ること――」


「え」


 実子の言葉に忍は固まる。


事態だからね」


「半、月……さん?」


は供儀だから問題ないと言っただろう?」


 忍の目にはあまりにも長い髪を三つ編みにしてさげてループさせて纏めている女性らしさを兼ね備えた文字通りゾッとするような美貌の美少女に中性的な長い髪を高い位置で一つに束ねた美人が重なる。忍には顔も違う二人が重なって見えるのだ。


「え、なんか重なって見え……る?」


 口の辺りを両手で多い訝しげに実子を凝視する。

 いきなり、ガワと中身が重なって視える様になって焦りだした。

 普通の人間を視ても中身と外側が明らかに別物に視えることはまずないだろう。

 人間の本性や文字通りの中身を理性や化粧で装い隠したとしてもあくまで同一人物に過ぎない。

 それに対して実子を注視すると抜け殻に明らかな別人の霊が入ってる状態に視えるのだ。

 乗っ取っているのとは異なり本当の持ち主であろう霊は見えない、残滓ざんしもない。

 どういうことなのか、と事態が飲み込めず泡を食った表情になる。


「あれ、視えるようになったんだ、忍ちゃん」


 実子も驚き忍を見る。


「これで間違えて怪異列車に乗るような事も無くなるだろうね」


 一安心かな?と実子は言った。


「えー? と?」


 視覚情報が急に増えてそれどころじゃない上に実子=半月みのりこイコールはんげつという事実にも驚いて頭の受け入れが間に合っていないようだ。


「まぁ、落ち着いて聞いてくれ」


 そう言って実子は空になった湯呑にお茶を淹れて渡す。


「は、はい」


 忍は大人しくはなった。


「先程、私は怪異事件から巻き込まれた人は精神を病んだり発狂する人が少なくないと言ったけど、一方で眼が良く見えるようになったり、妙に勘が良くなったり、物覚えが良くなったりする人が達も居るんだ」


 実子もお茶を飲む。


「目が良くなる、は視力が文字通り鷹の目みたいに良くなるのもあれば、忍ちゃんみたいに視えるモノが増えるのもあるし、勘が良くなるの中にも未来視というのがあるそうだ」


 まぁ、他にも変化自体はあるんだけど、と一度実子は話を端折った。


「これらは怪異事件の後遺症というよりは体験による成長の一種、あるいは界渡りから託された物だと私は思ってるんだけど」


 そう言って実子はその話を止めた。


「なんか目を瞑っても違和感が凄いですね、閉じても何か輪郭?オーラ的なモノが視えます」


 目を閉じながらうーんと唸るような顔をしている。


「もしかして、感知能力が上がっている……?」


 呟いた後、口を閉じて実子は静かに手を上げる。


「忍ちゃん。私が今何をしたか、目を開かずに視えたりした?」


「えっと、視える形が変わりました、手を挙げたりしましたか?」


「正解、その通りだ」


 目が開けられるなら開けてみて、と言われて目を開けると忍の色が付いた視界には右手を挙げた実子が居た。


「これは……私は夜眠れるんでしょうか?」


 目を閉じても何かが視えるなんて、と忍は困惑する。


「うーん目隠しというかアイマスクしてどうにかなれば良いかな?」


 後で大人達と相談しないとね、と実子は言った。


「はい、産美さんや長老に相談します」


「これから、どうするのかも含めて、ね」


「……はい」


 わかってます、と重々しく忍は口にした。

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