眷属は人の皮を被る

「さて、帰るか」


 暁の頃、空がまだ暗く白みだす直前。

 それは麓よりも早めにお天道様を拝むことができる場所で半月もようやく霊峰いえに戻る事が出来たのだった。







 霊峰を祀る神社のある部屋に半月は向かう。

 そこには、怪異に連れ去られた忍の捜索のために、意識を体から飛ばしていた少女が居た。

 彼女は山の社の祝の娘でほうり神子みここと実子みのりこである。

 抜け殻になった体は無防備なので、妹である祝の弟姫おとひめこと紫里ゆかりが見守っている。

 実子の体は布団に横たわっていて射干玉の黒く一本一本が絹のような艶のある髪の毛はとてつもなく長く大まかに横に纏められていた。目を閉じたその容貌はビスクドールめいていてとても美しくそしてとてつもない不気味さがあった。

 横たわる実子の体に折り重なるようにして半月は消えたのだった。


「……ふう」


 今まで死んだように布団の上で身動き一つ取らなかった実子の体が動き出し、微かに目を開き緑の瞳を覗かせる。そして言葉を発したのも紫里が感知する。横たわる体もとい死んだように寝ていた実子に近づき声をかけた。


「あ、お姉ちゃーん起きたんだー大丈夫ー?」


 紫里は長めの髪を左右で分けて纏めて下ろし、活発そうな美少女である。実子とは違い身長もとある部位も成長していて、そんな見た目とは裏腹に何処か幼いような緩い話し方をしていた。


「とりあえず、事は収めた……寝る」


「わかったーおやすみー」


 だるいとボヤきそのまま実子は再び目を瞑った。

 紫里はお休みーと言って、実子が寝息を立てだしたのを見てからソロリソロリと部屋を抜け出し、スタスタと本殿へ父である当主の元に向かった。










「おはようございます」


 まだ日が南中に差し掛かるよりは前の頃、まだ気怠げそうな感じではあるが実子がノロノロ起き出した。

 髪の毛を緩く三つ編みにしたあと三つ編みの先の縛った所を根本に持ってきて輪っかにまとめてあまり振り回さないようにしてある。

 暗いクロム透輝石の様な緑眼はかろうじて覗かせてフラフラ居間のスペースにやってきた。

 居間には畳に胡座の当主の銀流と隣に椅子に座った銀流の妻で当主代理も務める楓が居た。二人で新聞を読んでいた。卓袱台にはお茶の入った湯呑みが二つ置いてある。

 因みに末っ子の紫里は学校に既に行った後である。


「あら、昨晩はお仕事お疲れ様、大変だったでしょう?」


 優しく声をかけて労ってくれる楓は一応実子の実の母親である、髪は長いようだが髪の先から入れ込んで纏める形に整えてあるため日本髪同様本当の長さはわからない。彼女が産んだ長子は三十を超えているが、そんな大きい子供が居るようには見えず、並んでも姉弟に見えてしまうだろう。


「……起きたか、実子。遅い時間だがご飯は食べられるか?」


「……色々と消耗したので食べたいです」


「そうか」


 銀流は新聞を読む楓の声が止まってしまったのを残念がった後、思い出したかのように話しかけた。

 このワンマンで傲慢な当主は五十を超えて六十近くの筈だが一回り近く歳の離れた妻と一緒に居てもそれを感じさせない神秘の美貌を持つある種の化け物である。


「じゃあ、用意して来るわね」


 そう行って、楓は椅子に力をかけて立ち上がり杖をつきながらスタスタと台所へ向かった。


「……大丈夫か? 私も行くべきか?」


「いや、俺等が行っても大差ないだろう。婆が居るはずだから大丈夫だろ」


 邪魔になるだけだからやめとけ、と実子を留め自嘲気味に話す。


「それもそうか」


 ただでさえ色んな場所にぶつかるのに寝ぼけた頭で行っても邪魔かとこの場に留まる。


「婆ちゃんは朝何作ってた?」


「大体いつも通り、卵焼きと筑前煮とほうれん草のお浸しと御飯と味噌汁だったか」


「そっか」


 お腹空いたなと実子は卓袱台の前に座った。


「昨晩の件については食後に詳しく訊くとするか」


 暗に怪異関連の話を楓に聞かせないようにすると銀流は言った。


「わかった」


 反対する謂れも無いので実子もそれに従う旨を示す。


「それで今日の予定はどうなってる?」


「午後に常盤の当主と若葉の当主とくだんの少女忍が此方に御参りするそうだ」


 まぁ想像はつくか、と銀流は言う。


「御参りというか……いや、いいや」


 実子は思わず言いたかったが突っ込まないぞ、と半分は思い留まった。


「ご飯用意出来たよー」


 杖をついた楓とその後ろにご飯とお茶と急須が載ったお盆を持ち運ぶ婆ちゃんこと銀流の母のかがりが此方にやってきた。


「食べ終わったら台所まで持ってきて頂戴ね」


 そう言って篝は台所へ戻っていった。


「わかった、では、頂きます」


 実子は手を合わせた後いつもの朝食を食べ始めた――







「ご馳走様でした」


「お粗末様でした」


 実子はご飯を食べ終えお盆一式を台所の篝に渡しその場を離れる。

 そして洗面所に向かい歯を磨いてから社務所に向かった。


「お待たせしました」


「来たか」


 実子は銀流に昨日の件について詳しく話す為に社務所に来た。

 

「お母様は?」


「集落へ買い出しに車で出た」


「なるほど」


 実子は普段書類や細かい雑事を銀流の代わりに行う楓が見当たらず、訊けば出払っていると銀流に返される。おおよそ理由をつけて遠ざけたのだろうと実子は解釈した。


「それで、昨晩はどうだったか」


「正直、最初は手掛かりが無くて困ったが、連れ去りの犯人が霊峰ヤマの領域に近付いてから異界へ渡ったからどうにか介入する事が出来た」


 不幸中の幸いというべきか、と実子は続ける。


「今回の件は怪異絡みで正解だった様だが、果たしてどんな怪異だったんだ?俺はヤマで見た外見しか把握してないんだ」


 銀龍は怪異について問う。銀流も夜が明けるまで起きていて霊峰ヤマの領域周辺を把握していた。街の一部まで神社ココに居ながら自力で調べることもある程度は可能なのだ。


「比良坂鉄道と名乗る列車型の怪異だった。本来は死んだ人間を連れて行くだけの存在の筈だったが、忍ちゃんは一度死にかけてから死を纏っているようで列車に引き寄せられて連れ去られそうになってたようだ」


「比良坂……なるほどな」


「廃車にしようか悩んだけど、躾けて釘刺して首輪付けて表面上は野放しにしておいた。」


「廃車?あぁ、存在を消すということか」


 怪異の場合は殺すというより消すが正しい、車は運転出来ないし電車もほぼ使わないため銀流は廃車という言葉にピンとこなかったようだ。


「消した所でどうせ新しいのが何処かで発生するだろうし、だったら釘を刺してあわよくば扱き使えれば良いと考えた」


 消した所で何処かしらで発生するのが怪異である。


「そうか」


「呪物と化してた例の遺体を厄介払い兼時限爆弾として押し付けたりしたが、思いの外死体の扱いが上手く爆発させずに持ち帰れたようだ」


「あの死体を始末できたのは僥倖だが……さっき扱き使う為に躾けて解放したって言って無かったか?」


 あれ、と銀流は言及した。


「そこがある意味分岐点だな、霊峰ヤマ自身も認めて正式に『入山許可証首輪』の所有貸与となった。だから見た目放免になった」


「そういうことだったか」


「それなりに使える怪異ヤツだと判断したから機会があったら扱き使おうかと思っている」


「そうか」


「列車の怪異という点で、大量輸送や長距離移動に優れててさらに次元をズラして潜行する事も出来るようで、本当に霊峰ヤマの領域に片足でも入って無ければ忍ちゃんを助けられなかったかもしれない」


「そうだったのか」


 厄介すぎるなと銀流はこぼした。


「ただし、戦闘力は怪異の中で乏しいようで図体もデカく取り回しが利かないから良い的だろうな」


 タフな方ではあるようだけど、と実子は告げた。


「対処が出来ない訳ではないと」


「あとは、怪異自身が怪異側の拠点に戻るには駅と線路が必要で、霊峰ヤマの領域に差し掛かる駅だとそこからコチラ側も介入は可能だった」


 細かい実験とかやってないからわからないことも多いが、と実子は言った。


「次来たらどうするべきか」


「道理が通らなければ、廃車にする存在を消す不法投棄物ゴミを押し付けるかだな」


「そうか」


列車の怪異アイツを廃車にするだけなら霊峰ヤマ怪異モノが片手間でも出来るからな」


 実子ははっきりきっぱり言った。


「因みに、列車の怪異は『霊峰入山許可証』を正式に所有しているから、霊峰こちらに気軽に来ようと思えば来られるけど霊峰ヤマの領域からある程度離れていても此方から『霊峰入山許可証』で把握出来るようになってる」


「だから首輪か」


 なるほど、と銀流は言った。


「気懸かりになってるのは今回の事件に巻き込まれた忍ちゃんの精神がどうなってるのかなんだが正直わからないのが本音だ」


「そうか、実子は少女忍が戻った後の確認はできていなかったからか」


「怪異の後始末に忙しくて半刻程時間取られてしまった」


「そうだったか、それでどうなったんだ?」


「とりあえず、危険物含めて多めの対価で今回の件は手打ちにした」


「それはそれで喧嘩売ってるような気がしないでもないが――」


 途中で口を閉じた後再び開き、それはご苦労、と銀流は言った。


「今回の件はそんなものかな……ところで、午後から来客だったか、具体的に何時なんだ?」


 身支度しないと、と実子が言い出す。


「午後としか決まってないな、ここまで来るのに時期や天候で時間が読めないから決めて遅れてしまうと先方が失礼になってしまうし気を遣われてしまう」


 時間を守ろうとして死に急がれても困るしな、と身も蓋もない事を銀流は言う。トンネルから村や集落の道もあまり綺麗な道でもなければ山道は鬱蒼と繁っていて昼でも薄暗く徒歩で登るにしてもしっかりと気を持たないといけない。ここまでの道は化かされたり異界に連れてかれないだけマシな程度である。


「だがまぁ、逆に先に昼食を摂ってからこちらに来る事はわかっているから、まだトンネル潜ってるかどうかだろうな」


 逆算すると、と銀流は推測を立てる。


「なるほど、僕達と同じで仮眠をとってから来る為に昼食を早く摂るにも限界があると」


「……とりあえず身支度整えるか」


 そう言って実子は自室に戻った。

 暫くして、楓が買い出しから戻って来て実子の髪を纏めるのを手伝っていた。

 

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