第40話圧倒的劣勢からの勝利


「何をしている? 貴様たちは退け。ここからは第一師団だけで進軍する」


 ヴァルガスは何を言っているんだ? 先ほどまで壊滅寸前だったのに。第十師団とラディアンス島部隊が救援に来て息を吹き返したばかりだと言うのに。先ほどまでのことなど忘れたようである。


「私たちが駆け付けたおかげで第一師団は息を吹き返したと承知しています。衛生兵がいない状態で進軍するのは危険だと進言させていただきます」


 ここは上下関係がどうとか言っている場合ではない。言葉を選んでいる場合でもない。第一師団だけで進軍するなんて無謀すぎる。


「ラディアンス島部隊と第一師団の力を借りるべきです、ヴァルガス団長。私たちでは回復手段に乏しいです。彼らの力がないと先ほどまでの状態になるのは自明。ここは賢明なご判断を」


「黙れ、セルフィーナ! 第十師団はいざ知らず、ラディアンス島部隊などという僻地の部隊の力など借りようものなら末代までの恥。私の意思は変わらん!」


 なんという強情な男だ。自殺願望でもあるのか。隊員の命や国民の命より自らのプライドが大事だと言うのか。底が知れた男だ。こんな男の下につかなければならない部下が可哀想だ。


「ラディアンス島部隊並びに第十師団が進軍するのは軍機違反でないと考えております。ラディアンス島部隊はセルフィーナ副団長から救援要請を受けました。彼女の要請は正式なものです。記録もあります。第十師団は北部防衛隊から救援要請を受けました。これも正式なものです。ですので、ラディアンス島部隊は進軍させていただきます。正式な救援要請を撤回するには正式な手続きが必要です。今はその時間はない。なによりこんなところで言い争っている場合ではないはずです」


「オットー監査官……忌々しい男め……何故貴様がラディアンス島部隊の方を持つ……?」 


「私はラディアンス島部隊の方を持っているのではなく、国民の命を優先させただけです。それにヴァルガス団長、貴方の判断を後ほど審議させていただきます。壊滅寸戦の状態で第一師団を無謀にも進軍させようとしたことを。軍事法廷で貴方は裁かれることになるでしょう。覚悟してください。もちろん、第十師団を進軍させなかったカスパー団長もです」


「く……私が裁かれるだと……ふざけたことを……!」


 オットー監査官、敵に回したら怖い男だが、味方にしたらこれほど心強い男もいない。兵士なら誰もが物怖じするヴァルガスに対してここまで言うとは。





「テオドリック隊長、お待たせしました」


 船で戦場に向かっていた隊員たちが合流した。俺たちの方が遥かに早く到着したはずだが、随分時間が経っていたようだ。ヴァルガスやカスパーといった奴らのせいで時間を取られてしまった。ここから巻き返すぞ。


「おやおや、人間も中々やるようではないですか。だが、それもここまでです。ご覧なさい、私たちのこの数を」


 明らかに雰囲気が違う魔族がやって来た。魔族を従える者だろうか。その魔族は空一面を覆うほどの魔族を率いてきた。


「これはこれは失礼しました。私は魔王軍妖魔軍団団長メフィラオスと申します。貴方たち人間を絶望の淵に落とす者です。以後お見知りおきを。と言っても、無駄でしょうか。貴方たちは間もなく亡くなるのですから」


 俺はメフィラオスと名乗った魔族に斬りかかった。だが、部下の魔族が奴の前に現れ、盾のように庇った。魔族の数は多い。こんな奴に関わっている場合ではないので、早々に片づけたかったのだが。


「おやおや、随分無作法な人間ですね。いきなり斬りかかってくるとは。動けなくなってもらいましょう」


 メフィラオスは俺に状態異常攻撃を仕掛けてくる。無駄だが。


「それがどうした?」


「む……? 動けているですと……? そんな馬鹿な……」


「俺に状態異常は効かない。残念だったな」


 俺は士官学校時代に自分の体で色々な実験をした。そのおかげで状態異常は効かなくなったのだ。


「なるほど、興味深いですね。だが、我が軍の数をご覧なさい。戦力差は歴然。いつまで持ちますでしょうか?」


 癪だが奴の言うことは事実だ。数が多すぎる。斬っても斬っても数が減らない。第一師団もラディアンス島部隊もなんとか持ちこたえているといったほうがいい。敵の数は減っているが、それよりも増援の方が多い状態だ。正直鬱陶しいな。


 第十師団が進軍してきたのは助かったが、ヴァルガスが第一師団を強引に進軍させているせいで彼らの魔力が尽きるのも時間の問題だ。第一師団が進軍し状態異常になる、それを第十師団が回復させ魔力が尽きるという負のループに陥っている。


 それでも俺たちの勝利は揺るがない。今のうちの油断でもしていろ、魔族。


「宣言する、魔族。お前たちはこれから撤退することになる。この戦いは俺たちの勝利だ」


「何を仰っているのです? 馬鹿馬鹿しい冗談です。この絶対的な有利な状況で撤退する? 我々、魔族を見くびりすぎです。絶望的な状況なので、はったりで退かせようとしているのでしょうが、そうはいきません」


「メフィラオス様、大変です! 即刻魔王城に引き返してください!」


 来た。この時を待っていた。


「何を仰っているのです? 今は絶好の機会ではありませんか、人間たちに私たちの恐ろしさを見せる」


 部下の魔族はメフィラオスに耳打ちをしている。


「何ですと……このような状況で退かないといけないとは……仕方ありません、今回は見逃してあげますが、次はこうはいきませんよ……」


「次のことなんて言っている暇があるのか? 立場が逆転したことなど自明なはずだが?」


「くっ……人間風情が……」


 メフィラオスは撤退していく。空を覆いつくすほどの大勢の魔族を引き連れて。

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