第38話進軍しない第十師団


 戦場が近づいてきた。現在の最前線の様子を知るためにオットー監査官の魔法でその様子を確認している。彼の魔法は長距離では使えない。距離が近くないと使えないのだ。最前線で戦っているのは第一師団。率いるのはヴァルガス大将だ。力で全てをねじ伏せるタイプだ。魔族との相性は悪いだろう。副官のセルフィーナ准将がいるのがせめてもの救いだ。


 それにしてもおかしい。あの最強と謳われた第一師団が壊滅寸前なのだ。ヒーラーの俺には原因がすぐにわかった。第一師団のほとんどが状態異常で戦闘不能になっているのだ。彼らは元々敵を即座に殲滅するように鍛えられている。搦手に弱い。


 それを承知しているから北部防衛隊は第十師団にも救援を要請したのだろう。第十師団が進軍していればこの様な事態にはならない。彼らの役割は他の隊の治癒だ。傷を癒したり、状態異常から復帰させることだ。それが行われていないから第一師団が壊滅寸前になっている。





 まだ最前線には距離があるはずだが、本来最前線にいるはずの第十師団が何故いる。俺は話を聞いてみることにした。


「君たちは何故ここにいるんだ? 最前線で第一師団が壊滅寸前になっている。早く最前線に駆け付けてくれ」


「テオドリック大佐……それが……カスパー団長の指示でして……私たちもおかしいと思うのですが……」


 カスパーは何を考えているんだ。このような非常時に。第一師団が壊滅するのかどうかの瀬戸際だぞ。


「そうか、わかった。カスパーに話を聞いてくる」


 一隊員が団長の決定に逆らえるはずがない。ここはカスパー本人に話を聞かねばなるまい。





 第十師団の先頭が見えてきた。カスパーの姿を確認することができた。


「カスパー、何をしている? 第一師団が壊滅寸前になっている。急いで最前線に向かえ!」


「テオドリックか。何故貴様がここにいる? 壊滅寸前だと? 馬鹿なことを言うな」


「これを見てください」


 こいつは事態の緊急性がわかっていないのか……オットー監査官は魔法で最前線の様子を映し出した。


「な……なんだと……これは何だ……? いつかは壊滅寸前になるだろうと思っていたが、早すぎる……」


 こいつは第一師団が壊滅寸前になることを予見していたにも関わらず進軍しなかった。壊滅寸前状態になるのが早すぎることに驚愕しているのだ。


「カスパー、何故進軍しなかった? ここまでの状況になったんだ。聞かせてもらうぞ!」


「ヴァルガスに恩を売りたかった。俺の出世のためにな。奴のピンチを救えば大手柄だ。だが、ここまで早く壊滅寸前になるとは……」


 こいつは何を言っている。俺の中に怒りが込み上げてくる。


「ぐ――!? 何をしやがる、テオドリック!?」


 俺は気付けばカスパーの顔面を殴っていた。出世のためとかいうわけのわからないことで進軍しなかったからだ。別の隊とはいえ同じ軍の兵士の命がかかっている。こんなこと許されるわけない。


「軍法会議ものですね」


 オットー監査官が口を開いた。


「そうだ、そうだろ? オットー監査官! こいつは軍法会議行きだ! ははは、そうだ。戦場で仲間を殴ったんだから」


「違います。貴方ですよ、カスパー団長。第一師団が壊滅寸前になるのを予見しながら、救援に向かわなかった。合理的な理由でもあれば許されたのかもしれませんが、自らの出世のためとはね。これは戦争犯罪です。貴方は軍法会議で裁かれるのです。だが、私たちは今貴方に関わっている暇はありません。テオドリック隊長」


「ああ、俺たちは第一師団の救援に向かう。お前は後で来い、カスパー!」


 こいつは許せないが、俺たちが今やるべきことは第一師団の救援だ。急がないと。


「お、俺が軍法会議……? 裁かれる……? ははは、そんな馬鹿な……? 俺は将軍になる男ではなかったのか……?」


 カスパーは地面に崩れ落ちて使い物にならない。これから最前線に向かうに当たってヒーラーは一人でも欲しいのに。


「監査官の名において貴方たち第十師団に命じます。これから第一師団が待つ最前線に向かってください。カスパー団長はこの場で解任します。最前線に向かっても命令違反にはなりません。どうかお願いします」


 あのいつも冷静なオットー監査官が頭を下げた。この局面で衛生兵の人数が戦局を動かすと考えたからだ。


「俺からも頼む! 君たちはカスパーの命令に従っていただけだ。絶対に君たちの処遇が悪くならないようにする! だから、最前線に向かってくれ!」


「どうする? カスパー団長の命令に逆らうことになるぞ……」


「でもテオドリック大佐とオットー監査官が大丈夫だって……それに俺たち、テオドリック大佐に憧れて衛生兵になったんだろ? ここで行かなかったら、俺たちの今までを否定することになるぞ……」


「テオドリック大佐、オットー監査官、私たち行きます! 第一師団を助けに行きます!」


「ああ、助かる! ありがとう!」


 衛生兵たちにはまだ心が残っていたようだ。第一師団の状況を見るに俺一人では対応できそうもない。彼らが来てくれることで第一師団が助かる見込みが出てきた。だが、状況は予断を許さない。最前線に急がなくては。

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