第23話エイミーとエイプリル


「それでは今度こそ本当に帰るぞ。皆、元気でな」


 ホワイティをこれ以上待たせるわけにもいかないし、これ以上いると名残惜しくなる。未練がないと言ったら嘘になるが、俺はもうラディアンス島の人間だ。帰るとしよう。


「え~! まだいいじゃないですか。もっといてくださいよ、隊長」


「そうですよ、ゆっくりしてください隊長」


 俺を慕ってくれるのはありがたいが、誰かに依存しすぎるのは良くない。ここは突き放すべきだろう。


「しっかりしろ、お前たち。俺はもう特別隊の隊長ではない。俺は誰かがいないとやっていけないような人間にお前たちを育てた覚えはない。お前たちは優秀だ。一人でもやっていける。そうだろ?」


 俺がラディアンス島に行けたのは、皆が俺がいなくてもやっていけると思ったからだ。特別部隊の隊員は他のどの隊より優秀だと胸を張って言える。俺に依存しすぎな面もあるが、能力は折り紙付きだ。


「そうでした、隊長。申し訳ありません」


「確かにしっかりしないと。隊長が安心できませんからね」


「俺は心配してないさ。お前たちは優秀だ。胸を張れ。俺なんていなくても大丈夫だ。お前たちは十分やっていけるさ」


「隊長……わかりました。頑張ります」


 これで心置きなくラディアンス島に帰れる。弱気な部分がでているが大丈夫だ。人間誰しもそういう時はある。俺が皆が大丈夫だと思った理由は体つきだ。俺がいなくなった後も訓練をさぼっていなかったようだ。皆体が引き締まっている。これなら他国が攻め込んできても大丈夫だろう。


「テオドリック隊長、ありがとうございました。私、テオドリック隊長のおかげで変われました。テオドリック隊長に見い出していただいた才能を大事にしていきます」


「頑張れよ、エイミー」


 エイミーに関して俺は心残りがある。彼女の適正武器は格闘武器で、俺が薦めたことでその才能は開花した。でも彼女には格闘武器の他に魔法の才能がある。その才能を俺は引き出すことは出来なかった。


 そうだ、オットー監査官を彼女に紹介するか。エイプリルを指導してくれたように彼女の才能も引き出してくれるかもしれない。いや、それも違うか。隊員に俺に依存するなと言ったばかりなのに、俺が隊員のことを考えすぎている。もう皆は俺の力がなくてもやっていけるんだ。俺が手を貸さなくても大丈夫だろう。


「皆、元気でな」


 今度こそ本当に帰ることにする。皆から見送られて隊舎を出るが、気付けばエイミーが付いてきていた。


「どうした、エイミー?」


 何か言い忘れたことでもあるのだろうか。


「テオドリック隊長に感謝を言っていないと思って……」


「それならさっき聞いたぞ。もうお前の気持ちは伝わっている」


「私のことじゃないです。エイプリルのことです。あの娘ったら能力は高いのに弱気なところがあったんです。それに衝突することもありました。お姉ちゃんと比べられて迷惑だって。私はどうしたらいいか悩んでいました。褒めても心にもないこと言わないでって怒られたり、色々試しましたけど逆効果でした。私はエイプリルと仲良くしたいだけなのに溝は深まるばかりでした。でもある日エイプリルの表情が明るくなり、発言も前向きなものになりました。テオドリック隊長がラディアンス島に赴任してからです。あの娘、毎日テオドリック隊長、テオドリック隊長って言ってるんですよ。あ……これは言わないほうが良かったですか? 感謝してもしきれません。もう一生関係は修復しないものと思っていました。私のことだけじゃなくてエイプリルの分も感謝を伝えたいと思いまして」


 そうだったのか。エイプリルの弱気のバッドステータスの正体は能力の高い姉と比べられたことからだったのか。こればっかりはエイミーのせいとも言えない。彼女は優秀になろうと頑張っていただけだ。だからと言ってエイプリルを責める気にもなれない。


 誰かと比べられることほど鬱陶しいことはない。エイプリルは鬱屈とした気持ちを抱えたまま誰にも吐き出せずに最終的にはエイミーに当たるようになった。少なくとも俺が見てきたエイプリルは怒りっぽい人間ではないが、家庭ではそうだったのだろう。人間というものは内と外では顔が違う。むしろ怒りをぶつけられるということは心を許していたとも言える。


 本当に関わりあいたくない人間とは距離を置く。コミュニケーションの方法を間違ってしまったのだろう。一時期は良くない方向に行ったみたいだが関係が修復してよかった。


「別に俺は何もしていない。部下を指導するのは上官としての当然の務めだろ」


「テオドリック隊長のそういう謙虚なところが好きです――って、なしなし、今のはなし! 聞かなかったことにしてください!」


 こいつは何を焦っているんだ。面白い奴だ。見ていて飽きない。





 街の入り口まで到着した。


「じゃあな、エイミー。元気にしろよ」


「お見送りさせてください。港まで付いていきます」


 そうか。こいつは俺が船でラディアンス島に帰ると思っているのか。それもそうか。普通の人間なら船で移動すると思うのが普通だ。どう説明しようか。


「いや、ここまででいい。俺は港には行かない。船で帰るんじゃないんだ」


「はい?」


 そういうリアクションになるよな。でも、そうとしか言いようがない。


「また今度説明する。とにかくここまででいい。ありがとう」


「気になりますね。いつか聞かせてください」


 エイミーは深く追求してこなかった。ありがたい。ラディアンス島に住んでいるエイプリルから人化する動物のことを聞いているか知らないが、この場は言わないでおこう。今後のリアクションが楽しみだ。


 そういえばエイプリルは人化する動物のことは知っているのだろうか。ダレンは時折見るといっていたが、エイプリルの口からは聞いたことがない。今度聞いてみるか。


「お元気で、テオドリック隊長」


「お前もなエイミー。元気でな」


 俺はエイミーに見送られながら街の外に向かう。

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