第21話クラリスの謝罪

「テオ」


 皇城を後にしようとしていると後ろから声をかけられた。クラリス中将だ。


「私は前々から気付いていたのよ。貴方が陛下の私室に頻繁に訪れていたことを。将軍でも簡単に入れない陛下の私室に当然のように訪れているなんて普通じゃないわ。それにオットー監査官も後から出てきたじゃない。気になるのよね」


 やばい。気付かれていたのか。案内してくれる衛兵はしょうがないとして、他の人間には気付かれないようには気をつけていた。まさかクラリス中将に気付かれていたとは。何か適当な言い訳でも思いつかないかな。


「クラリス中将、お疲れ様です。ああ、陛下とオットー監査官とは世間話をしていたのです。最近の天気とか、休みの日に何をしているとか。他愛のない話ですよ」


「そんなばればれの嘘が通用するわけがないでしょ? まあ、いいわ。今回は追及しないであげるわ。その代わり、ちょっと付き合いなさい。もう定時だから大丈夫でしょ?」


 確かに。咄嗟に聞かれたからあり得ないことを言ってしまったが、皇帝は軽々と世間話を出来るような人物ではない。だが、俺が言ったことはあながち嘘でもない。皇帝の容体を頻繁に診るようになってからは実際世間話をしている。世間話だけでなく、愚痴を聞いたり、悩みの相談を受けるようになった。こんな人間は帝国でも俺一人だけだろう。


 仕事は残っているが急ぎではない。どこに行くのか気になるが問題ないだろう。ホワイティを待たせているのは気になるが、後で人参を多めにやればいいだろう。


「はい、大丈夫です。上官の誘いを断るわけにはいきませんから」


「何でそんなにかしこまってるのよ。私と貴方の仲でしょ。前々から貴方は堅すぎると思っていたのよね。もっとフランクに話したいのに」


「そんなわけにはいきません。上官と部下の関係ですから」


 軍の上下関係は絶対だ。堅苦しすぎるのも疲れるが、ある程度の距離感は必要だろう。


「もう……私はそんな風に思っていないのに。まあ、いいわ。ちょっと待ってて」


 そう言うとクラリス中将はどこかに行ってしまった。




「お待たせ」


 戻ってきたクラリス中将は私服に着替えていた。先ほどは濃緑の制服を身に纏っていたが、今は白のブラウスにチェックのスカートを身に纏っている。制服もいいが、これはこれでいいかもしれない。




「いらっしゃいませ」


 クラリス中将が連れてきてくれた店はスイーツ店だ。店名はマリーという。


「いつもの」


「かしこまりました」


 クラリス中将は慣れた様子で注文する。常連なのだろうか。


「私はブラックコーヒーで」


「かしこまりました」


 スイーツも悪くないと思うのだが、糖質を摂りすぎると太ってしまう。一応俺は軍人だ。節制した生活を心がけている。それに、マルバン大佐やマルコムのような見た目にはなりたくない。


「ふ~ん、それだけなんだ……」


 何故かクラリス中将を失望させてしまったようだ。心当たりはないが。


「本題に入るけど、私が貴方を連れてきたのは謝りたかったからよ。本当にごめんなさい」


「はい?」


 意味がわからない。クラリス中将に謝られる覚えなどない。謝らないといけないことならいくらでも思いつくが。


「マルバンのことよ。いえ、彼一人の仕業とはとても思えないわ。裏には貴族派がいて糸を引いているわね。今回のことは私の責任よ。貴族派の動きを察知できなかった。謝っても許されることじゃないけど謝ることしか私にはできない。ごめんなさい……」


 理由を聞いてもクラリス中将から謝られる意味がわからない。マルバン大佐の動きを察知するのは俺のやるべきことだ。自分自身のために。それが何故クラリス中将が気に病んでいるのかわからない。


 俺はマルバン大佐を見くびっていた。彼の頭の中に俺を左遷しようとするなんて考えがあったのかと。俺の油断が招いたことだ。


「何故クラリス中将が謝られるのかわかりません。今回のことは私の責任です。私の油断が招いたことです。謝らないでください」


「謝るに決まってるでしょ。それに、物凄く腹が立った。奴をちょん切ってやろうかと思ったわ。私の愛するテオを――って、って、ちょっと待って! 今のは聞かなかったことにして!」


 ちょっと待ってくれ。今、何か不穏な言葉が聞こえたぞ。ちょん切る? 何をちょん切るんだ? 怖すぎる。それに今もっと聞いてはならない言葉が聞こえたような気がする。聞かなかったことにしよう。


「お待たせしました」


 ほ……良かった。店員さん、ナイスタイミング。店員さんが丁度良くスイーツを運んできてくれた。ん? それにしてもこの量は多すぎないか。


「待ってました。もう暗い話はおしまい。さあ、食べるわよ」


 クラリス中将は大量に運ばれてくるスイーツをあっという間に平らげてしまう。細い体のどこに入ってるんだ。


「テオは食べないの? どんどん注文していいわよ。今日は私の奢りよ。好きなだけ食べて。私が注文したものも勝手に食べていいわよ。まだまだ大量に来るから」


 俺がブラックコーヒーをちびちび飲んでいるとクラリス中将はスイーツを勧めてきた。テーブルに置いてあるだけで物凄い量なのにまだまだ来るのか。


「では、いただきます」


 太りたくないとはいえ、上官の差し出してきたものを断るわけにはいかない。仕方ない。普段甘いものを絶っている分今日は食うか。


「おお、言い食べっぷり。やるわねテオ、私も負けていられないわ」


 こんなことで負けず嫌いを発揮されても困る。でも、何故か俺の中に負けられないという気持ちが芽生えた。俺も運ばれてくるスイーツを平らげる。


「ふう、やるわねテオ。私と互角に戦えたのは貴方が初めてよ」


 もう腹がぱんぱんだ。ダイエット頑張らないとな。


「話しは変わるんだけどラディアンス島の生活はどう? 何か困ってることはない?」


「楽しくやっています。賑やかすぎるくらいですけどね、ははは」


「良かった。いつもテオのことが気になるのよね、私。元気にしているのかって。楽しそうで良かった。」


 最初はどうなるか不安だったけれど、いい奴ばかりで助かっている。ホワイティやレドラみたいに俺の理解の範疇外の奴がいて最初は困惑したが。クラリス中将が俺のことを気にかけてくれてありがたい。


「女性の隊員はいるの?」


「はい、いますよ」


「そう……そうなのね……」


 クラリス中将は悲しそうでもあり、苛立っているようにも見える表情をしている。俺、何か変なこと言ったか。




 テーブルの上のスイーツが全てなくなった。もういい時間だし、俺たちは店を後にすることにした。


「名残惜しいな。もっと話したかったのに。また付き合ってくれる?」


「いつでもお供します。上官の誘いなら」


「もう……上官として誘っているわけじゃないって言ってるでしょ。でも、また話せるのは嬉しいな」


 普段隊長として過ごしていると上官と過ごす機会が少なくなっている。新鮮な気持ちが甦ってくる。今回クラリス中将が誘ってくれたのはありがたかった。それにしてもクラリス中将があんなに大食いだったなんて。


 俺の腹はパンパンに膨れ上がっている。マルバン大佐やマルコムを馬鹿にしていたのにこんな腹になるとはな。ダイエット頑張るとするか。

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