第20話監査報告

「オットー監査官がお見えです」


「入れ」


 今日はオットー監査官が来ることは聞いていた。監査報告があるのだ。本来、監査報告というのは、隊の人間の行為に関して違法性や不適正な行為がないかを監査院に監査官が報告することだ。俺のラディアンス島での業務に問題がないか評価と報告があるのだ。


 監査院に報告された問題で重大なものは代表監査官が皇帝に報告するが、今回みたいに皇帝に監査官が直接報告することなど本来あり得ない。さらには評価を受ける側がそこに同席しているなど考えられないことだ。


 本来であれば俺の行為は違法性があり、とてもではないが適正と言えるものでもない。オットー監査官は皇帝の命で俺の行為を全て容認するようになっている。監査報告が必要ではないような気もするが、形だけでも行っているという弁明にはなるだろう。


「どうだ、オットー? ラディアンス島の生活には慣れたか?」


「私は監査官です。職場がどこであろうとも職務を全うするだけです」


「ふん、そうであったな。あくまでもそのスタンスは崩さないのだな」


 オットー監査官はいつもの通りだ。あくまでも淡々と業務をこなしてる風を装っている。オットーという個人ではなく、一人の監査官でしかないという。俺の評価は全く逆だが。


「それで事前に通達してある通り今日は監査報告を受ける。ラディアンス島に赴任したテオドリックの業務に関して適性なのかどうかをだ」


「かしこまりました」


 オットー監査官は分厚いファイルを取り出す。いつも俺の言ったことをノータイムで許可するのでこんなに記録しているなど知らなかった。どのようなことが書いてあるのか気になる。


「先ずはラディアンス島部隊元副隊長マルコム伍長に関する報告です。彼は普段から訓練をさぼり、隊員には横柄な態度を取っていました。能力も著しく低いです。体力面や頭脳面で他の隊員より遥かに劣っていました。以上のことから副隊長解任と五階級降格をテオドリック隊長は命じました。私は彼の判断は正しかったと監査院を代表して報告させていただきます」


 言ってることは合っているのだけど、こうして監査報告として客観的な意見として報告されているのは残酷だな。俺は監査報告に同席するのは初めてだが、能力が劣っているとか報告があるのか。まあ、実際マルコムは能力が劣っていたからいいが。


「確かにそれは正しい判断だな。流石テオドリック。お前の業務には何も問題がないな。無能な人間など解任するなり、降格させるなり好きにするがいい。お前は何も間違っていない」


 問題はあるだろ。副隊長解任はともかく、五階級降格は流石に違法だろ。まあ、命じたのは俺なんだが。


「続いての報告ですが、新しい隊の副隊長に関してです。テオドリック隊長は副隊長にエイプリル中尉とダレン大尉を選びました。エイプリル中尉は副隊長就任と同時に伍長から中尉に昇格、ダレン大尉は曹長から大尉に昇格しました。副隊長の人数ですが、元々一人だったのですが、それを二人体制にしました。そのことにより副隊長一人一人の負担が減り、業務が円滑になっていると私は評価します。新副隊長就任についても私は問題ないと考えています」


 エイプリルとダレンを選んだことについては確かに何の問題もない。ペンダントの力もあるが、それがなくても俺は二人を高く評価していた。それに、オットー監査官が業務が円滑に進んでいると評価してくれているのはありがたい。


「思い切った昇格だな。気持ちのいい判断だ。それに副隊長を二人にするとは。他の隊では一人が常識だ。他の隊長とは発想が違うな。やはり儂の見込んだ通り、テオドリックお前は優秀な男だ」


 優秀な人間は認められるべきだ。なので、二人を昇格させたことは俺にとって当たり前のことだ。


「続いての報告です。先日ラディアンス島を火竜が襲ったのですが、実はその火竜は人化する火竜だったのです。テオドリック隊長はその火竜を入隊させました。国の防衛のためにも隊員の人数は確保したいのが実情です。それが竜族であろうとも優秀な人間であれば登用する。テオドリック隊長の判断は正しかったとこのことについても言えます」


 オットー監査官にはレドラの正体が火竜であることは言っておいた。隊員たちに言うと混乱するかもしれないが、オットー監査官なら当然のように受け止めてくれるだろうと判断したからだ。案の定何の問題もないと言っていた。


 レドラについては流石に皇帝でも許さないだろ。だって竜族だぞ。一応、竜族は人類の敵ということになっている。国家元首が魔族側の勢力を認めるのだろうか。


「確かに国の防衛に関しては、悩ましいところではある。最近ではエーレシアが勢いづいておる。一人でも優秀な人間が入隊してくれるのであれば儂も嬉しい。それに多様性は大事だ。その者が何者であろうとも認めねばなるまい。まあ、敵対するのであれば容赦はしないが、仲間になるというのであれば、儂はその人間を認めることにする」


 皇帝は随分心が広い。まあ、敵には容赦ないが。


「最後の報告ですが、テオドリック隊長は監査官である私に隊員の訓練を任せてくださいました。本来は監視業務だけのために派遣された私にです。このことについても問題ないとしか言いようがありません。監査官は監視業務しかしないという常識を疑ったのです。この点、テオドリック隊長は優秀な人間と評価せざるを得ないでしょう。以上今回の監査報告の議題は四点でしたが、テオドリック隊長の行為に不適正な点は見当たりませんでした。流石としか言いようがありません。ですが、これからも彼の発言や行動を注意深く監視していきたいと思っております」


 随分皮肉交じりに言うな。まあ、何も問題ないと言ってくれたのはありがたい。本来なら問題だらけだからな。


「報告ご苦労だった、オットー。むぅ、確かに儂も常識を疑わなければな。監査官は監視業務だけするのではないか……隊員の思い切った昇格といい、テオドリックは常識にしばられないところがあるな。流石だ。短期間でこれほどの成果をあげるとはな。これだけの成果をあげながら、業務に何の問題もなかったのには驚いたぞ。儂が望むのは今後もその調子で続けていって欲しいことだけだ。優秀な人間は評価し、無能な人間はとことん解任するなり、降格させればいい。痛快ではないか、わっはっは!」


「かしこまりました」


 これだけのことをやってきた俺に対して何の問題もないとは、皇帝もオットー監査官も心が広いのか、恐ろしいのかわからない。最初は半信半疑だったが、本当に二人とも俺のやることを全て認めるようだ。


 初めてペンダントの力を聞いた時は信じられない話だったし、それを使えばどこかで反発がくるだろうと思っていた。それを力でねじ伏せるとは。俺はもうこのことに関わってしまった。もう引き返すことは出来ない。前に進むしかない。


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