第19話貴族派
「ほ……良かった」
俺は現在ホワイティのいる森に来ている。レドラは俺との約束を守っているようだ。ホワイティは元気そうにしている。
「何が良かったの?」
「お前が元気そうで良かったってことだよ、ホワイティ」
「別にそんなこと当たり前じゃない。変な人。それにしても、ホワイティ……ホワイティ……」
ホワイティは自分の名前を何度も呟いている。今まで名前で呼ばれたことがないから不思議なのかもしれない。
「ホワイティ、相談なんだが、隊に入らないか? 俺が人参を持ってこなくても、隊に入れば食うに困らないぞ」
ホワイティとレドラを会わせることはどうか考えたが、レドラが竜にならないと約束してくれたので、俺はホワイティを隊に勧誘してみることにした。彼女もレドラと同様変身すると能力が向上するようだ。
人型の時は30前後の能力だが、天馬に変身すると能力がおよそ10倍になる。特に敏捷性が目を見張るものがあり、基本能力が300で、スキルで敏捷性×4がついている。入隊してもらったら心強いし、彼女の飯の心配もなくなる。
「私は一人が好きなの。でも、考えておくわ。貴方は人参をくれた。人間は好きではないけれど、貴方は悪い人ではなさそうだから」
「そうか。ありがとう。入隊したくなったらいつでも言ってくれ。それでは今日も頼む」
ホワイティは天馬に変身した。
「ブルルルゥゥゥ」
俺が人参をやると美味そうに食っている。俺が背中に乗ると翼を羽ばたかせた。
ヴォルハイムが見えてきた。ホワイティは着陸する。
「では、私は街の外で待っているわね」
「なあ、ホワイティ、街に入らないか? たまには観光でもどうだ?」
「結構よ。私は人間が大勢いるところは好きではないの」
「そうか、わかった」
気分転換と思って誘ってみたが、必要なかったらしい。人それぞれだしそれもいいだろう。
「お待ちしていました」
皇城の目の前までやってくると衛兵がいつものように出迎えてくれる。そして、皇帝の私室まで案内してくれる。俺のことをどう思っているんだろう。頻繁に皇帝と謁見するものなどそうはいないだろう。要件も聞かずにスムーズに案内してくれるのは助かっているが。
「テオドリック様、到着しました」
「そうか、通せ」
衛兵は俺を案内するとそそくさとその場を去る。絶対に俺たちの会話を聞いてはならないという意思を感じる。
「テオドリック、噂は聞いているぞ」
「はて、何のことでしょうか?」
俺はとぼけてみる。心当たりしかない。
「ふん、とぼけおって。随分派手にやっているだな」
「申し訳ありません……」
俺はもう二度と貴族に媚びないと決めた。その信念は曲げるつもりはない。でも、そのしわ寄せがいくのは皇帝だ。申し訳ないという気持ちもある。
「何を謝ることがある。痛快だ! 愉快だ! 儂も覚悟を決めてそうすればよかった……他人の顔色ばかり窺って……まったく嫌になる。テオドリック、お前は儂の誇りだ!」
後悔を口にした皇帝の頬には涙が伝っていた。でも、皇帝のしてきたことも間違ってないと思う。皇帝が貴族派に忖度してきた理由、それは帝国の実態が関係している。皇帝はペンダントの力で能力のある人間を引き上げてきた。
それが皮肉にも能力のない人間も出世させないといけない事態になってしまった。どういうことかというと、平民出の人間だけで能力の高い人間がいて、その人物だけを出世させていれば話は早かった。
だが、実際は能力の高い人間は貴族派に集中していた。もともと魔力の才能がある人物が多く、高度な教育を受けてきた貴族派の方が優秀な人間が多いのは当然の話だ。そこで、皇帝は貴族派の中の優秀な人間を出世させてきたのだ。
それだけなら良かったが、その者たちが派閥を作り始めた。誰がいつから言い始めたかはわからないが、その者たちを貴族派と呼ぶようになった。派閥は次第に巨大になり、貴族派は発言力を持つようになった。
そこで貴族派が行ったのは、能力の低い近親者を出世させるように皇帝に求めたのだ。能力の高い貴族派を敵に回すわけにもいかず、渋々皇帝は能力の低い貴族派を出世させないといけないことになったのだ。
ペンダントの力で能力の高い者を出世させてきたのに、その者たちが能力の低い者を出世させるように働きかけてきたという皮肉な結果になってしまった。ペンダントの力は絶対ではない。その数値は正確でも、起こる結果は予測しがたい。
皇帝の心労は計り知れないだろう。だから俺にペンダントを託したのかもしれない。それでも俺は退かない。もう心に決めたから。
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