第18話特別部隊の愉快な日常
テオドリックがラディアンス島に赴任すると同時に、元ラディアンス島部隊隊長マルリッチは第七師団特別隊の隊長に就任した。テオドリックが隊長を務めていた部隊だ。マルリッチの容姿はマルバンやマルコムと同様に、ぼさぼさのだらしない髪に、ニキビだらけで清潔感のない顔。腹が出ているだらしない体型だ。
「覚悟していろ、ぶひひひぃぃぃ!」
マルリッチは特別部隊を完全に牛耳るつもりだ。だが、その目論見は崩れることになる。
「貴様ら、走れ、走れ、走れ! ぶひぃ!」
その一環として隊員をしごくことにした。過酷な訓練を課すと隊員たちが泣いて許しを請うと思ったのだ。
「ゴリ先輩、気持ちいいですね」
「ああ」
だが、鍛えられた特別隊の隊員はこの程度のことで音を上げるはずがないのだ。
「む? どういうことだ? ぶひ?」
マルリッチは当てが外れた。隊員たちを支配する次の策を考えていたが、予想外のことが彼の身に起こる。
「な、何だ? 放せ、ぶひ!」
エイミーとゴリアテがマルリッチの腕を掴んで無理やり走らせようとしているのだ。
「隊長も走りましょうよ。気持ちいですよ」
「そうです。先ずは率先して隊長が走りましょう」
エイミーがマルリッチの左腕を掴み、ゴリアテが右腕を掴んでいる。二人は偉そうに指示だけするマルリッチを許さず無理やり走らせている。
「放せ、放せと言っておる! ぶひひ!」
「そうはいきません。隊長には隊のお手本になってもらわねば」
「そうです。お手本、お手本。はい、いっちにぃ、いっちにぃ!」
「はあはあ……はあはあ……はひゅう……はひゅう……放せぇ! ぶひぃぃぃ!」
マルリッチの息は上がっている。彼は普段だらしない生活ばかり送っている。走ったことなどいつぶりだろうか。彼の健康のためには良いことかもしれない。
「どうしました? テオドリック隊長ならこの程度余裕でこなしていましたよ」
「そうですよ。まだまだ行きますよ。はい、いっちにぃ、いっちにぃ」
「はあはあ……はあはあ……ぜひゅう……ぜひゅう……放せぇ! もう、嫌だぁぁぁ! ぶひぃぃぃ!」
マルリッチは地面に倒れこむ。適当な言い訳を考えて切り上げようとしたが、二人はそれを許さない。
「まだ終われませんよ」
「そうですよ。訓練を切り上げるには早すぎますって」
二人は倒れこんだマルリッチの腕を掴んで無理やり体を起こす。そして、無理矢理腕を掴んで走らせている。
「ああ、もう嫌だ……休みたい……甘いものが食いたい……もう、許してくれぇぇぇ! ぶっひぃぃぃ!」
「隊長、まだ休憩時間ではないですし、食事の時間でもないですよ。はい、いっちにぃ、いっちにぃ」
「そうです。それに、許すとは何ですか? まだまだ楽しい時間はこれからです。ああ、気持ちいいな」
体力バカのエイミーとゴリアテからすると、訓練など楽しいことでしかない。マルリッチが何故許しを請うているのかわからないのだ。もちろん、苦しんでいるマルリッチを見て楽しんでいるというのもある。
二人の中で隊長と言ったらテオドリックしかいないのである。テオドリックと同程度出来てくれなければ困る。尊敬するテオドリックがラディアンス島に行ってしまったのだ。同程度でも駄目かもしれない。テオドリック以上を期待していたのだ。
完全に二人からしたらマルリッチは期待外れだ。せめてランニングという初歩的なことくらい出来てくれなければ困るということから無理やり腕を掴んで走らせているのだ。
「放せ……放せ……はひゅう……ぜひゅう……もう嫌だと言っておるだろうが! ぶひぃぃぃ!」
「だから、まだ休憩時間は早いって言ってるじゃないですか。はい、いっちにぃ、いっちにぃ」
「口を動かすよりも足を動かしてください。まだまだ行きますよ!」
マルリッチが倒れこもうとする。それをエイミーとゴリアテは許さず、マルリッチの腕を掴んで上体を起こすという流れが繰り返されている。マルリッチの心は完全に折れていた。それでも二人は許さない。
「もう、嫌だぁぁぁ! ぶひぃぃぃぃぃ!」
マルリッチは就任当初、隊員たちを恐怖で支配すると決めていた。だが、その目論見は外れ、逆に恐怖を植え付けられていた。体力バカの特別隊の隊員たちに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます