第13話オットー監査官の指導力

 訓練が始まる前、俺はエイプリルとオットー監査官と一緒にいた。ダレンと隊員たちは先に修練場に移動してもらっている。俺が修練場に到着するまで休憩だと言っている。


「申し訳ないです、オットー監査官。監視業務以外のことを頼むのは気が引けるのですが、お願いを聞いていただけないでしょうか?」


「かしこまりました」


 まだ何も頼むかも言ってないのに……完全に俺のイエスマンになってるな。


「エイプリルに魔法を教えていただけないでしょうか?」


「かしこまりました」


「理由は聞かないのですか?」


「テオドリック隊長のお願いを適正と判断したので従うのみです。適正でないと判断したら断っていました」


 よくここまで嘘がつけるな。俺にとっては都合がいいが。


「あの……隊長……魔法って……?」


「ああ、すまない。勝手に話を進めて。エイプリル、君に魔法を習得してもらおうと思って」


 エイプリルはエイミーと同じく魔法の才能がある。その才能を眠らせておくのがもったいないと思ったので、俺はオットー監査官にエイプリルの指導を頼んだのだ。オットー監査官に監視業務以外のことをさせるのは気が引けるが、監査官本人が断らないのでここは良しとしよう。


「何で私……? 魔法の才能なんてこれっぽっちもないのに……」


 弱気のバッドステータスのせいで気持ちが後ろ向きになっている。彼女に才能を気付かせてやりたい。


「俺は中央で色んな人間を見てきた。君の性格は魔法が得意と俺の経験と勘が言っている。強制はしない。嫌だったら断ってくれ」


 本人が望まないことを強要しても才能は開花しないだろう。俺はエイプリル本人の意思を尊重することにする。


「お願いします。折角隊長が私のことを思って考えてくれたことです。不安ですがやってみます」


 エイプリルから弱気な発言が時折発せられるが俺は咎めない。バッドステータス弱気のせいで弱気になっているだけで、彼女のせいではない。腰を据えて彼女と向き合っていきたい。


「よし、では始めよう。俺も手伝う」


 俺は攻撃魔法は使えないが、回復魔法は使える。魔力自体は使えるから、何かアドバイスできることがあるかもしれない。


「では、オットー監査官お願いします」


「かしこまりました」


 オットー監査官は魔法の理論をエイプリルに教えている。まあ、教えられてすぐできるようなら苦労しない。じっくり見守るとしよう。


「エイプリルさん、体中を魔力が巡っているのを感じますか? それを感じ取って集中します。そして、魔力を体外に放出するのです」


 オットー監査官は初心者にかなり難しいことを要求している。だが、俺は彼のやろうとしていることを否定することは出来ない。彼に任せたのだから。オットー監査官の指導能力の数値は90とかなり高いので期待しているというのもある。


「はい。確かに今までに感じたとがない力を感じているのですが、体外に放出するまではいきません」


 確かにエイプリルの周辺に魔力の奔流を感じる。凄い才能だ。それと、オットー監査官の指導能力もあるのだろう。それからエイプリルは何度も魔法を放とうとしているのだが、実現には至っていない。


「ヒール」


 俺はエイプリルに回復魔法をかける。エイプリルに疲労が溜まっているだろうから。


「あ、ありがとうございます、テオドリック隊長。隊長の魔法のおかげで気分が持ち直しました」


 それからエイプリルが魔法を使おうとするが出来ない、俺が回復魔法を使うという流れを繰り返していた。そろそろ切り上げて修練場に向かうかと思っていたところ、エイプリルの様子に変化があった。


 エイプリル本人というよりも、俺が見ているエイプリルの能力だ。弱気のバッドステータスが消えたのだ。


「行けます! エアロブラスト!」


 エイプリルの手のひらから突風が巻き起こる。


「素晴らしいです、エイプリルさん。たったこれだけの短時間で魔法が使えるとは」


 オットー監査官はぱちぱちぱちと拍手をしている。確かにこれだけの時間で魔法が使えるようになるとは大した才能だ。


「やったな、エイプリル。凄いぞ!」


 俺もエイプリルを褒めたたえる。心残りだったんだ。エイプリルの姉のエイミーには風属性魔法の才能があった。その才能を開花させてやる指導力が俺にはなかった。エイプリルの才能が開花して本当に良かった。


「う、うう……ありがとうございます……ありがとうございます……私にこの様な力があったなんて……嬉しいです」


 エイプリルは嗚咽を漏らして喜んでいる。中央でもそうだったが、部下の成長を見られるのは嬉しいことだ。


「オットー監査官、ありがとうございました」


 オットー監査官の指導力には感謝しかない。


「なあに、私はテオドリック隊長の判断が適性だと判断したから手を貸したまでです。不適正と判断したら手を貸しませんでした。それだけです」


 あくまでもオットー監査官は俺の監視役という立場は崩さない。実際は隊の指導役と言ってもいいほどなのに。


「オットー監査官、ありがとうございました……感謝してもしきれません。それにテオドリック隊長もありがとうございました」


「なあに、これも監査業務の一環です。お気になされず」


 オットー監査官、それは無理があるぞ。まあ、感謝しているのは俺も同じだが。


「俺は何もしていないぞ、エイプリル。お前の努力のたまものだ」


「いえ、隊長が回復魔法をかけてくれたから前向きになれました。ありがとうございました!」


 まあ、ここまで出来れば上出来だろう。だが、俺のやろうとしていることはまだ終わっていない。


「だが、まだだ。これからお前にやってもらうことがある」


「え?」


 今までのことは事前準備に過ぎない。ここからが本当に面白いことだ。絶対に皆にエイプリルのことを認めさせてみせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る