第10話ホワイティ

「ちょっと、いつまで待たせる気なの?」


「ん? 何だ?」


 皇城を出ると誰かに呼ばれた気がする。城門の前には男性の衛兵がいるが違う。女性の声だった。目の前に女性がいる。異様なほどに白い肌、肩まで伸びた白髪。上下白の服。何から何まで白だ。


 その異様な容姿に言葉を失うが、さらに異様なのが生の人参を齧っているのだ。若い女性が公衆の面前で人参をぼりぼりと貪り食う様は異様だ。関わりたくないので、目を合わせず通り過ぎることにした。


「ちょっと、どこに行くのよ? 貴方が待っていろと言ったのよ。それに私の背中に勝手に乗って」


 おかしい。俺に喋りかけているようだ。俺には人前で生の人参を齧る女性の知り合いはいない。しかも俺が女性の背中に勝手に乗っただと? ただのやばい奴じゃないか。周りの目もある。この場を早く去りたい。


 が、俺にもプライドがある。訂正しないと。


「私が女性の背中に勝手に乗った? 周りに人がいるんだ。冗談はやめてもらいたい」


 言うべきことは言った。俺は速足で街の外に向かう。


「あ、ちょっと!」


 それでも女性はついてくる。





 結局街の外までついてきてしまった。しつこいな。それにしても足が速い。巻くつもりだったのに。


「どういうつもりなの? 貴方が待っていろと言ったのよ? それに私がいないとラディアンス島に帰れないでしょ?」


 ん? ラディアンス島? 全身白ずくめ? 人参? 俺はある可能性に気付き、全身から汗が噴き出した。


「え……もしかして……もしかしてだけど、天馬?」


「だから、さっきから言ってるでしょ? 本当は背中になんて乗せたくないけど、しょうがなくよ。人参のためよ。ラディアンス島に着いたら、もう一本人参もらうわよ」


 いや、言ってないが。街の外に出て人気がなくなったところで、女性は姿を変えた。天馬の姿に。俄かには信じがたい。動物に姿を変える人がいるとは。いや、人の姿に変わる動物なのか?


「まさか、君が天馬だなんて思いもしなかった……」


 俺が言うと彼女は、また人の姿に変わった。


「何よ? 知らなかったの? まさか島外の人間? ああ、だからヴァルハイムまで来たのね。覚えておいて。ラディアンス島では人の姿に変わることが出来る動物がいるのよ。ああ、これも覚えておいて。私は動物のままでは話すことが出来ないの」


 衝撃的なことの連続に俺は唖然とすることしかできなかった。動物が人間の姿になれるなんてラディアンス島では常識なのだろうか。


「すまない。確かに俺が待っていろと言ったな。知らなかったとはいえ悪かった」


「まあいいわ。戻ったら人参もう一本で勘弁してあげるわ」


 意外とすんなり許してくれた。食堂の人参がよっぽど美味かったのかな。彼女はもう一度天馬の姿になる。


「ぶるるるぅぅぅ……」


 乗れということなのかな。女性だと知った今抵抗はあるが、本人が許可しているから遠慮なく乗らせてもらおう。


 空に飛び立った。相変わらず爽快感が凄い。そのままあっという間にラディアンス島に到着した。天馬は隊舎の前に着陸し、森の中までで歩を進めた。


「ありがとう」


「お礼はいいわ。それより人参よ」


「ああ、待っててくれ」


 俺は食堂まで人参を取りに来た。食堂の職員も一日に何回も人参を取りにきて、よっぽど人参が好きな新隊長だと思っていることだろう。俺は天馬の下まで戻り、彼女に人参を渡した。


「ぼりぼり……むしゃむしゃ……うん、美味しいわ」


 人間の姿で食うのかよ……中々シュールな絵面だ。最初は戸惑ったが、俺は次第に彼女のことが気になってきた。


「君のことを聞いていいか?」


「どうぞ。答えられることならね」


「名前は?」


「ないわ。勝手に呼んでくれていいわ」


 俺は考えた。彼女は全身真っ白だ。そこから取ることにする。


「ホワイティはどうだ?」


「どうぞご自由に」


 軽いな。あまり名前に執着がないらしい。


「隊で飼われているのか?」


「いいえ、一人で森に棲んでいるわ。気楽なものよ。隊で飼われているのは、私みたいな天馬じゃなくて普通の馬よ」


 ラディアンス島でも天馬は珍しいみたいだな。俺も初めて見た。


「それとこれは質問じゃなくてお願いなんだが、今後もヴァルハイムに連れて行ってくれるか?」


「構わないわ。人参をくれるのならね」


 そう言った彼女の表情は悪くないといったものだった。これで今度こそ皇帝の体の心配はなくなった。それにしても驚かされた一日だった。人化する動物がいるなんて。ラディアンス島にはまだまだ不思議があるのかもしれない。今後が楽しみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る