第9話マルバンざまぁ回

 テオドリックがラディアンス島に帰った後、クラリスはマルバンを呼び出していた。


「何か御用でしょうか、クラリス中将? ま、まさか、私の婚約の申し出を受けてくれるので? ぶひっ、ぶひっ!」


 クラリスの実家にはお見合いや、婚約の申し出が大量に届いていた。だが、興味のないクラリスは内容を確認することもなく断っていた。


「何で貴方と婚約しないといけないの? ふざけないで! テオドリックのことよ。貴方でしょ? テオドリックを左遷したのは」


「ぶ、ぶひぃ」


 マルバンの額には汗が滲んでいる。クラリスと話せるということで意気揚々としていたが、一気に顔色が変わる。顔色からして自白しているようなものである。


「ちゃんと答えなさい。それに皇帝陛下の勅命を騙るなんて死罪ものよ。まあ、貴方みたいな小心者が一人でやったこととも思えないのよね。裏で糸を引いている人物がいるんでしょう? 答えなさい」


「そ、それは……ぶひいぃ!」


「まあ、そうでしょうね。答えられないわね。答えれば首が飛ぶ。馘首という意味でなく、物理的に首が飛ぶわね。まあ、それも楽しそうだけど」


「ぶ、ぶひいいいぃぃぃ!」


 マルバンは完全に追い詰められていたが、ここでクラリスを取り込もうとする。


「あ、あの、クラリス中将も貴族派なのですよね? 公爵家のご令嬢ですよね? 私は今回の件にクラリス中将も関わっていると思っていました。何故このようなことを仰るのですか? まるでテオドリックの肩を持っているようではありませんか? 同じ貴族同士あのような下賤な輩、地の果てまでも追いやりましょうではありませんか。ぶひ?」


 だが、完全に誤算だった。クラリスは公爵令嬢なので、貴族派と見られることが多いが、彼女は皇帝派を公言している。彼女は貴族派と勘違いされることに日頃から快く思っていない。そして、クラリスはマルバンの発言に完全にキレた。血が滲みそうな程に拳を握りしめ、額には血管が浮き出ている。


「よっぽど死にたいみたいね。ここには私と貴方しかいない。誰かが死んでも簡単にもみ消せそうね。覚悟しなさい」


「あ、あわわわわわ……ぶ、ぶひいいいいいぃぃぃぃぃぃ!」


 マルバンは泡を噴いて失神しそうだ。今までは何とか丸め込める方法があるか探っていたが、クラリスの雰囲気から無理だといまさら悟っていた。


「そこまでにしけおけ、クラリス」


「陛下……」


 そこには皇帝がいた。クラリスの行為を止めさせようとはしているが、皇帝の表情にも怒りが見て取れる。


「陛下、お助けください! クラリス中将が私を殺そうとしているのです。そうだ、法廷で裁きましょう。こんなのは犯罪だ! ぶひ! ぶひ!」


 マルバンは突然現れた皇帝に僥倖とばかりに助けを求める。だが、皇帝がクラリスを止めたのはマルバンを庇うためではない。


「勘違いするな、マルバン。クラリスを止めたのは、彼女の手が穢れるからだ。お前を殺したいのは儂も同じなのだぞ! 次同じことがあれば、お前の首と胴体はくっついてないと心得よ!」


「ひ、ひいいいぃぃぃ! ぶひいいいいいぃぃぃぃぃぃ!」


 皇帝はクラリスを止める気はさらさらない。むしろクラリスと同意見なのだ。マルバンは失禁してしまった。意識も飛びそうだ。さらなる窮地に陥っていた。


「私も陛下と同じ気持ちよ。次やったら必ず貴方の首を刎ねるわよ! 本当は今すぐ刎ねたいところだけど、陛下とテオドリックに感謝しなさい。今回だけは刎ねないでおくわ。今回だけはね」


「あわわわわわ……ぶひ、ぶひ、ぶひいいいいいぃぃぃぃぃぃ!」


 マルバンは失神してしまった。皇帝の言葉で意識を失いそうだったが、クラリスの言葉でとどめを刺した。


「すまないな、クラリス……納得いかないだろう」


「いえ、今は貴族派と揉めるべきではないというのはわかります。彼の所在がわからなければ、皇帝派の仕業との疑いが向くのは自然な流れでしょう。そうすれば、貴族派との全面対決は避けられません。貴族派からしたら、末端の人間で彼の利用価値はないと思いますが、貴族派へ付け入る隙を与えてしまうでしょう」


 クラリスはマルバンの首を刎ねようとしたが、その程度のこと、彼女にとっては貴族派と揉める内に入らなかった。殺さなければいい。もし、彼が貴族派に告げ口すれば、彼の首と胴体は切り離されることになるのである。


 それだけ彼女にとって、テオドリックの左遷は許せないことであった。それが実家と揉める結果になったとしても。

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