第7話天馬
「よろしかったので?」
ダレンは先ほどの俺とマルコム副隊長のやり取りを気にしているのだろう。マルコムは既に隊長室から出て行った。相当きまずそうに。
「やりすぎたと思うか?」
「はい。ですが、爽快でした。本来ならこんなこと言ってはならないのでしょうが」
クソ真面目で融通が利かなそうなダレンだが、意外と話がわかるのかもしれない。
「あ、私もそう思いました。私も副隊長嫌いですし。臭くて汚いから」
「俺は嫌いだなんて言ってないぞ」
「あ、ずるい、ダレン先輩!」
「はは」
こいつらは意外といいコンビなのかもしれない。悪い奴ではないのだが、エイプリルは正直すぎるところがある。姉のエイミー譲りだな。
その後はダレンから隊のことを教えてもらった。今日は着任早々だったので簡単なことだけだ。後日正式にレクチャーを受ける。
現在はダレンから宿舎や他の施設の場所を教えてもらっている。エイプリルは女子寮なので途中で別れた。宿舎に行く途中で気になることはあったが、ダレンとは関係なさそうなことなので、今は素直に部屋まで案内してもらう。
「ここです」
「ああ、ありがとう」
俺は部屋に荷物を置いて先ほどの気になった場所に向かうことにする。
「どちらかに行かれるのですか?」
廊下にはまだダレンがいた。
「ああ、気になることがあって。心配するな。仕事ではない。俺はそこまで仕事人間ではないからな、はは」
「自分が案内しましょうか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
「かしこまりました。お気をつけて」
ダレンがお節介焼きだということがわかった。俺はダレンを優秀なポストにつけたくなった。いい奴だから。能力も高いし。
宿舎の周りには森が鬱蒼と生い茂っている。そこで気になることがあった。いつもなら気にすることではないのだが、今日は何故か気になった。馬がいるのだ。中央でも馬はいた。厩舎に。別に普通のことだ。
気になった点でいえば白毛なのだ。騎馬兵が乗る馬は鹿毛か栗毛が多かったので、あまり見たことのない毛色だ。俺は疲れていたかもしれない。その馬を見て癒されたかった。ついでに頭を撫でたくなった。
本来俺は戦より動物が好きなのだ。軍人にならなかったら動物関係の仕事に就きたかった。近づいても逃げないので、頭を撫でる。気持ちよさそうだ。
「そうだ」
俺は食堂で人参をもらってきた。白馬の口元に近づけると美味そうに食べ始めた。
「よしよし、美味いか」
美味そうに人参を食っている白馬を眺めていたが、あることに気付いた。
「え?」
背中に翼が生えているのだ。天馬という奴か。初めてみた。子供のころ読んだ童話に出てきた。
「おお、お前は天馬なのか。凄いな」
俺は天馬の頭を撫でる。
「そうだ」
今度は厩舎で馬具を借りてきた。天馬の背中に乗る。暴れることもない。俺を主人と認めてくれたのかな。
「お前は空を飛べるのか?」
半分冗談で言ってみたが、天馬は翼を羽ばたき空に舞い上がった。
「おお!」
空からラディアンス島が一望できる。爽快だ。
「気持ちいい……」
そこで俺はあることに気付いた。このままヴォルハイムに行けるのでは? ヴォルハイムとはヴォルカニアス帝国の首都で、皇城のある場所だ。俺が数時間前までいたところでもある。
「ヴォルハイムまで行ってくれるか?」
俺は天馬が人間の言葉を理解していると予想した。実際その通り、天馬はヴォルハイムに向かって飛んでいるのだ。
「凄いな、人間の言葉がわかるのか」
そのまま天馬はルートを外れることもなく、そのままヴォルハイムまで飛んできた。
「ここで待っててくれ」
「ぶるるるぅぅぅ!」
天馬を街の外で待たせることにする。頭がいい子だから逃げることもないだろう。
「ほら、人参だ」
天馬は美味そうに人参にかじりついている。しばらく眺めていたいが、そういうわけにもいかない。俺は皇城に向かう。
皇城の目の前までやってくると衛兵が俺を出迎えてくれた。
「テオドリック中佐、お待ちしてしました! ささ、早く中へ! 陛下が探しておりました」
城に入るとそこには鎧を身に纏った女性兵士がいた。クラリス中将だ。美しい金髪を靡かせ、その容姿は鎧を身に纏っていなければ、女優といったほうがふさわしいだろう。いつもはもっと余裕があるが、今はかなり焦っていた。
「テオ! 良かった、心配したのよ」
クラリス将軍は目に涙を滲ませている。
「申し訳ございません」
「なんで貴方が謝るのよ! 謝るのはこちらのほうよ!」
クラリス中将は公爵家出身だ。本人は皇帝派を公言しているが、周りはそうは思っていない。俺もどちらか計りかねているが、今回の貴族派の動きには関わっていないと信じたい。
「貴族派の動きを察知できませんでした。私の落ち度です」
「それはこちらもよ。急速に出世しているテオが貴族派から狙われるのは容易に想像できたはずなのに。でも、信じて。今回のことに私は関与してないわ」
「ええ、心得ております」
まだ完全に信じたわけではないが、ここはこう言うしかないだろう。
「でも、安心して。すぐに中央に戻すから」
「それは出来んのだ……」
クラリス中将の背後から声を発したのは皇帝だ。
「陛下! どうしてですか?」
クラリス中将は納得いっていない様子だ。
「貴族派の中で既に儂がテオドリックに左遷の勅命を出したとの噂だ。もちろん、そんなことはありえん。だが、儂が今からそれを訂正したところでもう遅い。話が広まっていて、いまさら訂正できん。訂正出来んように事前に動いておいたのだ。貴族派め! マルバンがテオドリックに左遷を言い渡した瞬間それを広め訂正できんようにしたのだ。それに、テオドリックを中央に戻せば、奴らはテオドリックやテオドリックの元部下たちに不利益が被るようにするだろう……儂の力不足だ……真に申し訳ない、テオドリック……」
皇帝は申し訳なさそうに俺に頭を下げている。
「おやめください、陛下。頭をお上げください」
皇帝には恩しかない。頭を下げられると俺の方が申し訳なくなる。
「陛下! 貴族派は陛下の勅命を騙ったのですよ! 訂正するべきです!」
クラリス中将は完全に頭に血が上っている。目の前の人物が皇帝陛下だということを忘れているかのように。
「クラリス中将、おやめください! 陛下に対してなんという口の利き方ですか? 陛下が決めたことです。私は従うしかありません」
「テオ……わかったわ。ごめんなさいね」
「クラリス、すまない……テオドリックも……」
「陛下、頭をお上げください。それに、私は新天地で楽しくやっております。ラディアンス島には楽しい人間ばかりです。これからさらに楽しみです」
今のは本音だ。エイプリルやダレンの今後の成長が楽しみだ。
「ありがとう、テオドリック。だが、貴族派め、次はないぞ! 今後このようなことがあれば奴らの首と胴体を切り離してくれよう!」
「陛下、私も同じ気持ちです! 奴らの首全て斬り落としてみせましょう!」
二人とも、恐ろしいこと言っている。逃げて、貴族派のみなさん。
「では、参りましょうか、陛下」
俺が登城した目的は、この話をしにきたわけではない。皇帝の体を診るためだ。
「ああ、そうだったな。テオドリック、お前が帰ってきてくれたのは儂のためだったか。腸が煮えくり返って本来の目的を忘れておった」
「?」
クラリス将軍は怪訝な顔をしている。俺が皇帝の私室に通っているのは知っているかもしれないが、何をしているのかは知らないはずだ。将軍にも極秘のことだから。
「では、行くか、テオドリック。すまないな、クラリス。男同士の話があるのだ、わはははは!」
「かしこまりました。失礼します」
クラリス将軍は気になっている様子だが、詮索はしてこなかった。
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