第6話方針決定

 しばらく馬車に揺られていると隊舎に到着した。勤務が終わったのか、宿舎に戻ろうとする隊員の姿が見受けられる。


「みなさん、新しい隊長のテオドリック中佐ですよ」


 エイプリルが俺をみんなに紹介してくれる。


「テオドリックだ。よろしく頼む」


「あ、こんちわ~す」


 気の抜けた返事が返ってきた。ラディアンス島は平和で隊に緊張感がないと聞いていたが、ここまでとは。新任の隊長がやってきたというのに敬礼もしない。先が思いやられるな。


「お前ら、敬礼しろ! 背筋を伸ばせ! 新しい隊長がやってこられたのだぞ! 申し訳ございません、隊長。自分は曹長のダレンです。よろしくお願いいたします」


 俺の目の前に坊主頭で融通が利きそうもないクソ真面目そうな男がやってきた。精悍な顔立ちをしており、綺麗な敬礼をしている。ダレンはその場にいる隊員を叱り飛ばした。規律に厳しい男なのだろう。規律に厳しくなくても上官に敬礼をしないのはまずいが。


 ゴリアテもクソ真面目そうな見た目だが、ダレンはゴリアテに輪をかけたようにクソ真面目そうな見た目だ。


「ああ、よろしく頼む。テオドリックだ」


 俺はダレンに握手を求めた。彼は力強く握り返してきた。


「ぐっ……」


 ダレンの表情は苦悶に歪んでいる。どうしたのだろう。


「流石です、テオドリック隊長。自分より握力が強い人間に出会ったことがありません。少なくともラディアンス島では」


 俺の握る力が強すぎたのか。そんな自覚はないのだが。


「すまない」


「いえ、謝らないでください」


 ダレンは何故か嬉しそうだ。


「ダレン先輩、噂のテオドリック中佐ですよ。有名人ですよ! 凄いですよね!」


「エイプリル、わかっている。今、自己紹介を受けたところだ。お前も聞いていただろう」


「えへへ、そうでした」


 ダレンはエイプリルの言葉を軽く受け流している。この様なやり取りも日常茶飯事なのかな。エイプリルはダレンに臆した様子もなく妹のようだ。二人のことはこれから知っていくとして俺は気になることを質問した。


「ダレン、君は副隊長なのか?」


 俺の目に映っているダレンの能力は、力89、体力86、敏捷性75だ。これほどの能力を持った人間が曹長とは納得いかないが、せめて副隊長でいてほしいという願望から質問してみることにした。


「自分は違います。副隊長はまだ隊舎にいらっしゃると思うのですが」


 別の人間なのか。残念だ。


「残念だ。君ほどの能力を持っている人間に副隊長を務めてもらえるとうれしいのだが。よほど副隊長は優秀なのかな」


「隊長、お言葉は嬉しいのですが、何故自分が優秀だと思われるのでしょうか? 自分はまだ何も隊長の前で成果をあげていないのですが」


 ダレンは怪訝な顔をしている。しまった。優秀な能力を見てつい心の声が漏れてしまった。


「俺ほどになると一目見てその人物の能力がわかるのだ。例えば、筋肉のつき方、体の動かし方で」


「凄いです、隊長! 隊長ほどの人物になると筋肉で他人の強さがわかるんですね、流石です!」


 エイプリルは感心している。ピュアな人間だな。


「かしこまりました。腑に落ちない点もありますが、そのお言葉ありがたく頂戴します」


 ダレンは納得いってないようだ。顔が真っ赤になっている。怒っているのか?


「あー! ダレン先輩、照れてる! 可愛いんだ」


「うるさい、エイプリル! 黙れ!」


 照れていたのか。確かにいかつい見た目なのに可愛いな。ここまで副隊長の話をしてきたが、それより先に気にすべきことがあった。前任の隊長だ。引継ぎがあるので会っておいた方がいいだろう。


「前任の隊長は隊長室に行けば会えるのか? 引継ぎを受けたいのだが」


「あ、それは……」


 エイプリルは口ごもった。何か言いにくいことでもあるのだろうか。


「前任の隊長はもうこの島にはいらっしゃいません。何でもテオドリック隊長が元いらっしゃった隊の隊長に就任するそうです。就任が決まり次第、中央に向かわれました。自分が引継ぎがあるので、もう少し待たれてはと申し上げたのですが、自分の言葉など聞こえてないかのように、急いで飛び出して行かれました。なので、この隊のことは自分に何でも聞いてください」


「ああ、ありがとう、ダレン」


 ダレンがこの隊のことを案内してくれるのか。前任の隊長はもういないにしても、副隊長はまだいるので、その人物が案内してくれるのかと思っていた。何か事情でもあるのだろうか。


「それでは隊長室に案内してくれるか、ダレン」


「かしこまりました」





 俺はダレンに案内されて、隊長室の前までやってきた。エイプリルも一緒についてきている。でも、おかしい。前任の隊長はいないはずなのに、人の気配がする。


「ダレン、中に誰かいるのか?」


「そのようなはずはないと思うのですが……」


「そうか」


 ここで考えていてもしょうがない。これからこの部屋は俺が使うんだ。俺は中の様子を確かめるためにドアを開けた。奥には机が置いてある。そして、椅子には誰かが座っている。鼻歌を歌って上機嫌だ。何者だ? その人物は俺の姿を確認するなり、敵意むき出しの視線を向けてきた。


「ふんふふんふ~ん、ん? 何だぁ、貴様は? ここは隊長室だぞ。何を勝手に入ってきている? んんぅ? ぶひひぃ!」


 目の前の人物は、ぼさぼさのだらしない髪に、ニキビだらけで清潔感のない顔。醜く出た腹といった不快感が抑えられない見た目をしている。まるでマルバン大佐のようだ。


「マルコム副隊長、こちらはテオドリック中佐です。新しくこの隊の隊長に就任されました」


「テオドリックだ」


「んんぅ……テオドリック……テオドリック……誰だって……何だって! テオドリック中佐だとぉぉぉ! ぶっひぃぃぃぃ!」


 マルコムと呼ばれた男は急いで立ち上がった。その額には汗が滲み、焦っている様子が隠しきれない。


「君は何故隊長室にいるんだ? そして、何故椅子に座っているんだ?」


 至極当然な疑問だ。新しく隊長に就任するために、隊長室に来てみれば、太ったおっさんが椅子に座っている。疑問しかない。


「んんぅ……これはですね……これは……ぶひっ……ぶひっ……」


「何だ? 答えられないのか?」


 マルコムの額にはさらに汗が滲む。服もびちゃびちゃだ。まるでマルバン大佐のようだ。不快感で一杯だが、ここは疑問をはっきりさせたほうがいい。


「これはですね……そうだ! 温めていたのです。新しい隊長が来られるそうなので椅子を温めていたのです。隊長に快適に過ごしていただくために! ぶひ、ぶひ!」


「頼んでいないのだが。それに、今は寒くない。むしろ、暑いくらいだ。ふざけていないで真面目に答えてくれ」


「そ、それは……ぶひ……ぶひ……ぶひぃぃぃぃぃぃ!」


 この男のやっていることは初めからわかっていた。大方、前任の隊長がいなくなって自分が隊長にでもなった気にでもなっていたのだろう。しばらく隊長気分を味わったら隊長室を出ていくつもりだったのだろうが、予想外に俺が早くついて焦っているのだろう。


「隊長気分を味わうのは気持ちよかったか?」


「ぶ、ぶひいいいいいぃぃぃぃぃぃ!」


 マルコムは今にも失神しそうだ。ここらでやめてやるか。


「隊長、そこまでにしてくださいませんか? ここまで惨めなのは可哀想です。自分も謝りますので。マルコム副隊長、今後は勝手な行動は慎んでください。かばいきれません」


 ダレン君、それは傷口に塩を塗っているよ。無自覚にここまで言ってしまうとは、この男恐ろしい。


「ダレン、うるさい! 黙れ! 貴様に言われる筋合いはない! ぶひ!」


「ほう……」


 俺はマルコムに冷ややかな視線を向ける。


「違う! 違います! 隊長には言ってません! ダレンに言ったのです! ぶひいぃ!」


「そんなことはわかっている。俺の部下に言うということは、俺に対して言っていると心得よ」


「そ、そんなぁ……私も隊長の可愛い部下ではないのですか? ぶひぃ!」


「可愛くはない。それに嘘をつく人間は信用できない。中央に報告しておく。そうすれば、君は俺の部下でなくなるだろう」


「そ、そんなぁ……ぶひぃぃ……」


 エイプリルやダレルのように優秀な人間に出会って、俺は意気揚々としていた。それが、マルコムの登場で一気に盛り下がった。行為自体より、嘘をつかれたことに腹が立った。そして、この男は能力も低かった。


 全体の能力が1~2程度。能力を見ないでもこの男の能力が低いことは容易に察することが出来る。有用な魔法やスキルも持ち合わせていない。こんな男が副隊長とはな。だが、マルコムに感謝していることもある。俺の方針が決まった。勘違いした人間を排除し、優秀な人間が報われるような組織を作っていくことにする。

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