第4話左遷

 三人で訓練に励んでいたが、珍しい人物が修練場に現れた。第七師団団長のマルバン大佐だ。修練場にいるのは珍しいと言ったが、初めてかもしれない。


 俺は第七師団所属特別部隊の隊長なのだが、マルバン大佐は俺の上司に当たる。特別部隊は俺のヒーラーとしての能力を活かすために創設された部隊なので、隊長権限も他の小隊より強化されている。なので、現場の裁量は俺に任されている。


 ぼさぼさのだらしない髪に、ニキビだらけで清潔感のない顔。不摂生のせいか腹が出ている。訓練などしたことを見たことがなく、修練場にいるのがこんなに似合わない人物もいないのだった。まあ、日頃何をしているのかわからず、現場を俺に任せてくれているので、ありがたくはあるが。


「テオドリック、話がある。来い。ぶひひひぃ!」


「何の用だ? 隊長は忙しいのだ。帰れ」


「そうよ、そうよ。豚は豚小屋に帰りなさい」


「何だと? この下等種族が! ぶひひひぃ!」


 二人はマルバン大佐に対する不快感を隠すことなく、敵意むき出しだ。確かにマルバン大佐の部下からの印象は良くないが、ここまであからさまにされると上司である俺は困ってしまう。


「やめろ、二人とも。お前たちの上司だぞ」


「俺たちの上司はテオドリック隊長だけです」


「そうです、そうです。こんな豚認めません!」


「何だと? ぶひひひぃ!」


 困った奴らだ。まあ、俺も心の中は二人と一緒なんだが。表に出すわけにはいかない。


「申し訳ございません、大佐。二人には言っておきます。お許しください」


「ふん。まあいいだろう。儂は機嫌がいいのだ。不快な害虫を追い払えるのだからな。さあ、早く来い! ぶひひひぃ!」


「かしこまりました」


 害虫? 何のことだ? 意味はわからないが、ここは速やかについていくしかないだろう。


「隊長、待ってください! 嫌な予感がします! ここで行ってしまったら二度と隊長に会えない気がします! ついていったらダメです!」


「俺もです。ここはついていくべきではない。考え直してください!」


「二人とも何を言ってるんだ? 俺はすぐに帰ってくる。心配するな。でしょう? 大佐」


「ふん、そうだな。ただの害虫駆除だ。すぐに終わる。ぶひひひぃ!」


「だそうだ。安心しろ」


「待って、隊長……本当に待って……」


「お願いします、隊長……」


 二人が何をそんなに恐れているのかわからない。ゴリアテは俯き、エイミーは膝から崩れ落ちてしまった。


「二人ともどうした? 顔をあげろ」


 俺はエイミーに手を差し出すが受け取らない。ゴリアテも俯いたままだ。二人のことは気になるがここは大佐を無視するわけにもいかない。


「行きましょうか、大佐」


「そうだな、ぶひひひぃ!」





 大佐に連れられて団長室にやってきた。団長室には俺と大佐しかおらず、二人だけの話のようだ。


「で、大佐、どのようなご用件でしょうか?」


「ふん、悪い話ではない。貴様にはラディアンス島にいってもらう。そこでしばらくのんびりするがいい。自然豊かで悪いところではないと聞くぞ。安心しろ、そこでも隊長の地位は約束してやる。ぶっひっひぃぃ!」


 なるほど。そういうことか。左遷ということか。二人が恐れていたのは直感でこういう話がされるのを予感したのか、もしくは、大佐が常日頃から隊員を左遷している噂を知っていたせいかもしれない。急速に出世している俺に地位が脅かされそうで、邪魔になったのだろう。ここらで排除しておこうという算段なのだろうな。俺の嫌いな貴族そのものだ。だが、俺も黙っているわけにはいかない。


「大佐、それは正式な辞令でしょうか?」


「何? 儂が独断で決めたのかと申すのか? 皇帝陛下の勅命だ。こ・う・て・いの。ぶひひひぃ!」


 わかりやすい嘘を。万死に値する。皇帝は俺がいないと生きられないんだ。そんなこと言うわけがない。だが、それは極秘事項で俺と皇帝しか知らない。大佐はそんなことなど知らず、間抜けにも俺を左遷しようというわけか。


 物凄く間抜けな話だが、俺も事実を話せないのが癪だ。それに貴族派の大佐だ。ここは俺が断ったら俺の部下たちに不利益が出るように根回しでもしているのだろう。皇帝も貴族派は敵だと仰っていたが、今は力を蓄えるために奴らとの諍いは避けてほしいとのことだった。皇帝のためにも、ここは黙って受け入れるしかないだろう。だが、言うべきことは言わせてもらう。


「本当に本当ですか?」


「ほ、本当だと言っておろう? わ、儂を疑うのか? ぶ……ぶひ……ぶひひぃ!」


 大佐の額には汗が滲んでいる。わかりやすい男だ。


「本当に本当に本当ですか? 嘘なら不敬罪で死罪ですよ」


「ほ……ほ……本当なのかな? ほ……ほ……本当だっけな。あ……ああ、本当の気がする。ぶ……ぶひ……ぶひ……ぶひぃぃぃ!」


 もう、自白してるようなもんだろ。額だけでなく、全身汗だくで服がびちゃびちゃだ。不快感が物凄くて目を背けたい。


「ああ、ほんとうなんですね。うたがってもうしわけございませんでした。たいさがうそなどつくわけありませんものね」(棒読み)


「ぶひ……ぶひ……ほんと……ほんと……ぶひぃぃぃぃぃぃ!」


 大佐は正気を保っていられないようだ。これ以上は可哀想だ。ここまでにしておこう。


「かしこまりました。正式な辞令を待ちます。ラディアンス島、いいところだといいな。ですが、最後に一つ」


「な……なんだ……?」


 俺は大佐の襟をつかんだ。


「ぶ……ひ、ひいぃ!」


「私の部下に何か不利益があれば大佐の首と胴体はくっついてはいないでしょう。そのほど、ご承知おきください。ね?」


「ひ、ひいいいぃぃぃ! わかった! わかったらから放してくれ! ぶひいぃぃぃ!」


 俺は大佐の襟から手を離した。


「申し訳ございませんでした。ですが、お願いしますよ?」


「わかったと言っておる! もう行け! 行ってしまえ! ぶひいぃぃぃ!」


「失礼します」


 俺は団長室を後にした。そこで悲痛な叫びが俺に向けられた。


「隊長、これ、本当ですか? 嘘だと言ってください!」


 そこにはエイミーとゴリアテの姿がある。二人は何かの紙を持っている。俺のラディアンス島への左遷の辞令の紙だ。もちろん、辞令には左遷などと書かれていないが、実質左遷だ。既に隊舎のあちこちに張られているようだ。俺が団長室に入ったのを見計らって、大佐の部下が張ったのだろう。準備がいいことだ。


「本当だ。新天地でも頑張ってくるよ。お前たちも頑張れよ。ラディアンス島は長閑でいいところと聞いている。楽しみだ」


 心にもないことを俺は言ってるな。でも、強がっていないと部下と離れることに耐えられそうもない。ようやく手にした充実した日々。それを本当は手放したくない。


「い、嫌だ……隊長と離れたくな~い! うわーん!」


「俺もです。一生隊長についていくと決めたのですから……」


 名残惜しんでくれるのは嬉しいが、このまま二人が落ち込んでいるのを見過ごすわけにもいかない。


「しっかりしろ、二人とも! お前たちはこれからの特別部隊を背負っていくんだ。落ち込んでいる暇はないぞ!」


 厳しいかもしれないが、言うべきことは言わないといけない。


「そうだ! 私、隊長についていきます。それで万事解決です」


「俺もついていきます。一生隊長についていきます!」


 そう来たか。でも、それも認めるわけにはいかない。


「お前たちは隊に残れ」


「どうしてですか?」


「お前たちは若い。まだ地方でなく、中央で経験を積んだほうがいい。お前たちは可能性を多分に秘めている。地方でなく、中央の方が成長できるだろう」


「地方でも隊長といる方が成長できます! それに隊長だって若いじゃないですか? まだ、中央にいるべきです。私、団長に抗議してきます」


 エイミーは団長室のドアノブに手をかけようとしている。


「やめろ、エイミー。もう決まったことなんだ。俺のためなんだ。大佐がラディアンス島なら俺が成長できるとのことで異動を決めてくれたんだ。わかってくれ……」


 完全に詭弁だが仕方ない。こうでも言わないと二人は引きさがってくれないだろう。本当は貴族派への忖度で左遷を受け入れたなんてかっこがつかない。


「卑怯ですよ、隊長。そんなバレバレの嘘。そう言われたら引き止められないじゃないですか……うぅ……」


「隊長……」


 エイミーの頬には大粒の涙が伝っている。ゴリアテの目にも涙が滲んでいる。


「テオドリック隊長、さあ、参りましょうか」


 そこには大佐の部下が二人いた。辞令といい、準備がいいことだ。もっとゆっくりできるものと思っていたが、辞令を受けてすぐとはな。


「待ちなさいよ! 隊員に挨拶をしてからでもいいでしょ?」


「そうはいきません。船の時間もあるので」


「このケチ! そうだ、ゴリ先輩……ごにょごにょ……」


 エイミーは何かゴリアテに耳打ちしている。


「わかった!」


 その後二人は走ってどこかに行ってしまった。あれだけ名残惜しんでいたので、港までついてきて見送ってくれるのかと思ったら違ったようだ。寂しい気持ちもあるが、後腐れなくていい。これで心置きなく新天地に向かうことが出来る。大佐の部下は宿舎に戻って荷物を持ってくることだけは許してくれた。





 港に到着した。目の前にはラディアンス島行きの船が停泊している。俺はタラップに足をかけ船に乗り込む。汽笛が三回鳴っている。出航の時間だ。その時だった。


「隊長ー! ありがとうございましたー!」


「お元気でー!」


 隊員のみんなが出迎えに来てくれた。大勢で腕をぶんぶんと振ってこちらに近づいてくる。本来なら今頃宿舎にいる時間だが、エイミーとゴリアテが呼んできたのだろう。やばい。涙が出そうだ。でも、ここは毅然としないと。


「お前らこそ元気でなー! しっかりやれよー!」


 俺もみんなにぶんぶんと腕を振り返す。


「隊長、大好きですー! 愛してま~す!」


「隊長のおかげで成長できました! ありがとうございまーす!」


「ありがとうございまーす! 隊長のご活躍祈ってまーす!」


 俺はいい部下を持った。涙をこらえながらこれから新天地に向かう。

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