第3話部下の成長

「隊長、仕事が終わったらいつも通りお手合わせお願いできますか?」


 ゴリアテが言ってきた。俺は部下に残業を禁止しているが、仕事が終わった後の訓練は禁止していない。残業を禁止している理由は翌日に疲労を残さないためであるから、本来の目的からしたら逸脱しているので、本当は禁止したい。


 俺たちの役割は戦闘兵なので、勤務時間中のほとんどの時間は訓練に充てられている。だが、血気盛んな若者たちだ。体を動かし足りないのだろう。こちらから強制することは一切ないが、訓練を希望する者を止めるのも酷だ。プライベートでの遊びの一環として付き合っている。


「あ、ずるい。私も」


 エイミーも訓練を希望しているようだ。


「わかった。修練場で待っててくれ」


 訓練の時間は多いが、書類仕事もないわけではない。特に隊長である俺は。部隊の編成や、訓練計画作成。他国との戦闘が近づけば特に忙しくなる。隊員には残業を禁止しているが、俺自身は結構残業している。


 部下が帰りにくいので、本来なら俺も残業しないほうがいいだろう。部下が帰った後、こっそり隊長室で残業しているのでばれていないとは思うが。


「かしこまりました。残業頑張ってください」


「隊長、残業がんばってください」


「ああ、ありがとう」


 滅茶苦茶ばれてた。部下に気を使わせないようにしていたつもりだったが、流石にばれるか。部下に示しがつかないので、俺も定時で帰れるように今後しないとな。





 仕事が終わって修練場に着いた。二人は既に待っていた。


「お願いします、隊長」


「お願いしま~す、隊長」


「ああ、こちらこそ頼む」


 ゴリアテは戦闘の準備をしている。彼の仕様武器はその肉体に見合った斧だ。俺は剣を使用する。ペンダントを手に入れた俺は気になることがあるが、ここでは何も言わずいつも通り訓練をすることにする。


「はあはあ、流石ですね、隊長。全くかすりもしない」


 ゴリアテの攻撃を読んでいる俺は軽々と彼の斧の斬撃をかわす。読みだけでなく、俺の方が敏捷性が上回っているのでかすりもしない。いつも通りの光景だ。だが、いつもと違う点がある。それは俺がペンダントを身に着けていることだ。


 ゴリアテの能力が表示されている。彼の得意武器欄に斧はない。代わりに表示されているのは槍だ。力×1.2、体力×1.3、敏捷性×1.5と表示されている。疲れて彼の攻撃が止まったところで俺は提案してみることにした。


「ゴリアテ、提案なんだが」


「はい。何でしょう?」


 言い出しにくいことではある。ゴリアテは自らの斧の扱いに誇りを持っている。それを変えろなどと気分のいいことではないだろう。長年使ってきた愛着もある。簡単な話ではないだろう。


「どういうことでしょう?」


 説明できることではない。ペンダントのことは他人には言わないと決めている。でも、諦めたくはない。部下の可能性を伸ばしたいのだ。


「お前の斧の一撃は迫力がある。当たれば凄いだろう。でも、当たらないと相手に勝てないのも事実。今後俺より素早い敵に出会う可能性もあるだろう」


「ご冗談を。隊長より素早い人間など見たことはありません。今後も出会う可能性もないと考えています。ですが、隊長の真剣さは伝わってきます。何かお考えがあるのでしょう」


 ゴリアテは修練場に配備している槍を手に取った。


「うおぉ……何だ……これは? 力が湧いてくる」


「いいぞ、ゴリアテ。そのまま突いてこい!」


 ゴリアテは激しい突きを繰り出してきた。全て躱せているが、斧の時よりは格段に鋭い攻撃だ。


「これが本当の俺の力……? 信じられないような速さで動けている!」


 いつも仏頂面のゴリアテが楽しそうにしている。いつも俺が軽々躱していることに慣れすぎていたのか、今は夢中で突きを繰り出してくる。それでも当たりはしないが、今までより格段に手応えを感じている様子だ。


「はあはあ……それでも当たりませんね。流石、隊長」


「いや、それだけ出来れば上出来だ。見違えたぞ」


「ありがとうございます。それにしてもどうして俺に槍の才能があると……?」


「お前の筋肉は斧より槍向きなんだ。俺は筋肉で適性武器を見極められるんだ」


 流石に何か理由を言っておかなければ納得しないだろう。急に武器を変えろなんて言っておいて。納得してもらえるかはわからないが。


「流石、隊長。筋肉にも造詣が深いのですね。お見それしました。やはり俺の目に狂いはなかった。一生ついていきます」


 その場で適当に思いついたことだったが、納得してくれて良かった。ゴリアテは自分の手を見つめ目を輝かせている。


「あー、ずるい! ゴリ先輩だけ。私も得意な武器が知りたいです」


 エイミーも興味津々だ。彼女の仕様武器は意外にもゴリアテと同じ斧だ。何でも力のなさを武器の威力で補うために斧にしたらしい。案の定、彼女の得意武器は斧ではない。


「エイミー、君の得意武器は格闘武器だ。そうだな、あそこにあるナックルを使えばいい」


 彼女の得意武器は格闘武器で、力×1.8、体力×1,5、敏捷性×1.2となっている。


「わ~い!」


 エイミーは嬉しそうにナックルを取りに行った。子供か!


「エイミー、手加減せず全力で来い!」


「は~い!」


 と言ったら本当に全力で来た。素早さはそこまで変わらないが、いつもより遥かに力強い攻撃を繰り出してくる。その拳圧で風が巻き起こっている。


「やぁ! とぉ! はいー!」


 エイミーも楽しそうだ。今までに聞いたことのない掛け声を発している。


「はあはあ、でも全然当たらない……隊長、やっぱ半端ないですね!」


「いや、いいぞ、エイミー。上出来だ。凄いぞ!」


「えへへ、隊長に褒められた~。嬉しい~」


 ゴリアテもエイミーも手応えを感じている様子だ。部下の成長を見られるのがこんなに嬉しいとは。早くもペンダントの効果を実感している。これがあれば最強の部隊が作れる。


 でも、言い知れぬ不安が拭えないのも事実だ。誰かの嫌な視線を相変わらず感じる。だが、考えてもしょうがないか。今は部下の成長を喜ぶことにしよう。


 その後はゴリアテとエイミーだけでなく、他の部下の適性を考えて武器を変えてもらったり、部隊の編成も考え直していた。おかげで仕事の量が増えて残業がやめられていないのだが、それは嬉しい悲鳴だ。隊員たちは自分の成長を実感し、今まで以上に活き活きと仕事に励んでいる。


 俺自身も今までの人生でないくらいの充実した日々を送っている。今までは一人で仕事を抱え込んでいたが、安心して部下に仕事を任せられるようになった。




 今日もゴリアテとエイミーと訓練を行っている。二人はめきめきと力をつけていき、そのうち俺を超えるのではという成長を見せている。嬉しい限りだ。その実力は他の隊の隊長や副隊長格だと俺は思っている。どこに出しても恥ずかしくない。


 二人は俺と離れたくないと言ってくれているが、いつか他の隊の隊長に推薦したいと思う。それだけ二人は力をつけた。それがいつかはわからないが、いつか二人がもっと大きな部隊で活躍してくれるのを俺は心待ちにしている。


「二人がここまで成長するとはな。これで俺はいつでも引退できる。はっはっは!」


「悪い冗談はやめてください。俺は隊長に一生ついていくと決めたのですから」


「そうですよ。隊長、変なこと言うのやめてください!」


「悪い、悪い。でも、それだけ二人が成長したんだよ。俺は嬉しいぞ。安心しろ、しばらくは俺はいなくならない」


「しばらくって何ですか? 一生一緒ですよ」


「そうです。隊長が嫌がっても一生ついていきますよ」


 部下から慕われて、こんなに充実した日々が訪れるなんて。いつまでもこんな日々が続いてほしい。

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