星夜の悪魔

統一歴、八五四年。実の月。

それは星の綺麗な新月の夜だった。

闇の中に無数の星だけが瞬いていた。


真っ暗な、寝静まった村が騒がしくなる。

地上に新たな星が生まれたように見えた。

その星は次々と点り大きくなっていく。


火の手の上がった家々はごうごうと燃えた。

悲鳴と怒号が先程までの静寂を破壊する。

平和が、秩序が、尊厳が崩壊していく。


傭兵くずれの盗賊団が村を焼いた。

人の命など麦の穂より軽く投げ捨てられる。

皆殺しの夜は更けていった。


焼け跡から這い出した少女は朝日を睨む。

心にも体にも火傷を負った子供。

魂が灼けるような怒りが身を焦がす。


統一歴、八五八年。雪の月。

森の隠者の庵の庭で農具を振り回す少女。

火傷痕が痛々しい、鍛え上げられた肉体。


師匠たる隠者は諦めた様子で告げた。

「復讐を求めるなら復讐で死ぬ覚悟をせよ」

負の連鎖を繋げること自体は止めない。


木樵の斧を餞別に少女は隠者の庵を旅立つ。

流れ着いた都市の人々は思わず目を背ける。

火傷痕の不気味な身に余る斧持つ子供から。


冒険者の酒場、不吉の匂いを纏った少女。

指名手配の人相書き、目に焼き付ける少女。

異様な雰囲気に冷やかす者もなし。


生死問わずの賞金首の死体がひとつどさり。

衛兵詰所に走る動揺、若き娘に疑念の目。

斧と傷跡の一致により賞金は支払われた。


統一歴、八六二年。風の月。

誰が呼んだか星夜の悪魔、斧担ぐ賞金稼ぎ。

火傷の目立つ大女、言葉少ない不気味な姿。


指名依頼の殺しの仕事、的は極悪非道の徒。

綿密な計画など不要、根城に殴り込むのみ。

手下も用心棒も標的も真っ二つ。


殺せば殺すほどに高まる名声、増える敵。

悪党共に恨まれて、殺し殺してまた殺す。

八年越しの復讐の情報集めも忘れない。


ついに判明した真実は呆気なく。

あの夜襲った盗賊団は既にその手で断罪済。

復讐は終わり、残ったのは恐怖の異名。


依頼も敵も星の数ほど湧いて出る。

仕事も手広く、頼まれれば戦場にも出る。

星夜の悪魔の名は恐怖の代名詞と化した。


統一歴、八六六年。霧の月。

騎士殺し殺しなる珍妙な二つ名を持つ標的。

その敵を求めて遠き戦場へと至った。


大斧と大斧が打ち合い異音が響き渡る。

兵たちは遠巻きに決闘を見守っていた。

合戦どころではない異常事態だ。


日が落ち兵は引いても勝敗は決さず。

星空の下戦い続ける戦鬼がふたり。

疲労の末にどちらも動きが鈍い。


「ここは引き分けで手打ちにしないか?」

騎士殺し殺しが音を上げて提案する。

依頼だからと引かぬは星夜の悪魔。


そこに飛来する凶手の太矢。

恨みに恨まれていることは重々承知。

星夜の悪魔の脇腹に死が突き刺さる。


決闘を邪魔され怒ったのは騎士殺し殺し。

十字弓持つ暗殺者に斧が投擲される。

武器を手放した彼に悪魔の手が伸びた。


疲労と失血がなければ仕事は達成だった。

しかし、実際は標的に介抱される羽目に。

騎士殺し殺しの笑顔は温かかった。


統一歴、八六九年。霧の月。

星夜の悪魔は死んだと言われていた。

騎士殺し殺しは悪魔殺しに呼び名が変わる。


復讐を求めた少女は母となっていた。

殺す生き方しか知らない女が生を育む。

その奇跡に感謝する日々。


娘は知らない、母が悪魔と呼ばれたことを。

娘は知っている、父は英雄、悪魔殺しだと。

戦士と戦士の娘は戦士として育てられる。


統一歴、八七四年。芽の月。

悪魔殺しが卑劣な騙し討ちに倒れた。

復讐の環から降りたはずの悪魔が目覚める。


娘を置いて母は旅立つ、手には大斧。

悪魔の再来に世は震撼し、悪党がざわめく。

次々に襲撃される容疑者の根城。


相も変わらぬ正面突破、両断の死屍累々。

だが、いささか丸くなり過ぎた。

子供を目にして動きが止まる。


隙を見せれば殺される。

殺し殺されの世界で生きてきた。

殺し続けて最後には殺されるのが道理。


甦りし悪魔は討ち取られた。

これで悪党共は枕を高くして眠れるだろう。

悪魔に娘がいることなど知らずに。


森の庵の隠者は呟く。

「この子も復讐を求めるだろうか?」

ふたりめの養女にも武技を教えるのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泉井夏風ファンタジー掌編集 泉井夏風 @izuikafu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る